white minds

第十八章 追い求めるもの‐1

 穏やかな朝。昇り始めたばかりの太陽が、雲の間から顔をのぞかせている。
 柔らかな光が窓から差し込み、ベッドを優しく照らす。
 梅花は外を眺めていた。
 窓から見えるその光景はまるで春そのもの。これで小鳥のさえずりでも聞こえたら最高だろう。
「でも寒いわよね、きっと。もう十一月だし」
 しかし彼女はそうつぶやいた。他の町ならいざ知らず、ここではもう冬が間近に迫っているのだ。
 彼女は窓から離れ軽くベッドに腰掛けると、髪をまとめ始める。
 今日は十一月一日。
『総当たり戦』の開始日である。
 いよいよ今までの修行の成果を出すときが来たのだ。
 いつもとは違って今日はみんな早起きかもね、と思い、ちょっと苦笑してから彼女は立ち上がる。
 本来、彼女は夜中の待機組の一人なのだが、特別に昨晩だけは免除されていた。彼女だけではない、皆が。条件は公平に、ということらしい。寝不足を負けの理由にされては困るからだろう。
 彼らの代わりはアースたちが果たしてくれていた。とりあえずは何事もなかったのが幸いである。
 梅花はドアの前まで行くと、ノブに手を掛けた。と同時に、そのドアは開いた。彼女の意志に反して力強く。
「梅花! おっはよう!」
 ドアを開けて元気に挨拶したのはリンであった。動きやすい服装ではあるが、まだ戦闘用着衣ではない。彼女はにこにこ笑いながら梅花の手をギュッと握る。
「リン先輩……ノックぐらいしてください。それにこんな朝早くに大声は止めた方がいいと思いますが」
「大丈夫だって! 今日はみんな早いみたいだしさ。起きてはいるけど部屋でもそもそしてるみたい。それに、梅花が出てくる気配がしたからノックはしなかったの」
 リンは悪びれた様子もなく、ウインク一つでそう答えた。梅花はただ、はあ、とだけもらして目を伏せる。
「食堂行くんでしょ? 一緒に食べよ!」
 そう言ってリンは歩き出した。当たり前のような調子で梅花の手は引いたままだ。梅花は仕方なく抵抗せずについていく。
 と、その時、
「あ、梅花! それにリン先輩!」
 向かいのドアが開いて、青葉が慌てて飛び出してきた。支度途中だったとみえて、バンダナを無造作に頭に巻いている。
「あ、おはよう青葉!」
「おはよう」
 リンは元気よく、梅花はいつも通り素っ気なく挨拶した。青葉は何か言いたそうに口をぱくぱくさせた後、結局あきらめて、おう、と一言だけ返す。
 また先を越された……。
 青葉は心の中でそうつぶやいていた。
 食事くらい誘わねばと思い、朝早い梅花にあわせて起きること約一週間。しかし彼がそれに成功したのは、たったの一度だけであった。
 理由は簡単。いつもリンに先を越されていたのだ。
 何とか一緒の食事にはありつけても、二人きりにはなれない。彼のいらいらはつのるばかりである。しかもそれに加えて――――
「よ、オリジナル。今日も早いな」
「あ、レーナ。おはよう。また昨日も無理してたでしょ? アース怒ってたわよ?」
「あーそれはいつものこと」
「たまには休まなきゃ。倒れるわよ、レーナ」
 もう一人、彼にはとんでもないライバルがいた。
 レーナ。
 梅花と瓜二つで、しかも何だかんだ言いながら彼女が最も頼りにしている人。
 ぬわぁー! シンにい、アース! ちっとは管理してくれ!!
 彼は心中でそう絶叫する。
 そんな彼の心境など知らずに、梅花は二人と談笑していた。リンが時折彼女にじゃれつき、そのたびにレーナが何かを言う。
 だが遠のく意識の中で、青葉はそれらの言葉を判別できなかった。
 何だか楽しそう、と感じるだけで。
「青葉、食堂、行かないの?」
「へ?」
 青葉の意識は急に現実に呼び戻された。彼の目に、不思議そうに見上げる梅花の顔が映る。
「あ、もちろん行く行く!」
 彼は満面の笑みでそう答えた。




「おーし! 来たぜ来たぜこのときが!!」
 ラフトは拳を振り上げて叫んだ。
 ここは修行室。遠近感をなくしそうなこの白い空間にも、彼ら神技隊はもう慣れてしまっていた。時間は九時を過ぎた辺り。もうすぐ始まるであろう総当たり戦に備えて、彼らは全員集合している。無論、戦闘用着衣には既に着替えていた。後はレーナが来るのを待つだけである。
「お、ちゃんと揃ってるな」
 そのレーナがやってきた。彼女は入り口で立ち止まって、その側に集まっている神技隊を見てにっこりと笑う。後ろにはやはりいつも通りアースたち四人がついてきている。
 一歩前に出て、滝が口を開いた。
「ああ、準備はもうできてる。後は肝心のルール説明とかなんだか」
「了解」
 滝に微笑みかけると、レーナは歩み出た。高揚した様子の神技隊を前にして、彼女は言う。
「じゃ、これからルール説明をする。まずは概略だ。『総当たり戦』の名の通り、全ての組と戦ってもらう。それも二回だ。一巡目はここ、修行室での戦い。二巡目は外での戦い。そして、それらは若干ルールが異なる」
 彼女の放った言葉に、神技隊は顔を見合わせた。二巡するというのは予想外であったから。
「一巡目のルールは至極簡単だ。相手の組のどちらかを戦闘不能にすること。手加減はするな。殺しそうになってもわれが止めるから大丈夫だ。あ、われは一応審判な。で、二巡目の方だが。もちろんこの場合もどちらかが戦闘不能になれば負けだ。しかしもう一つ条件がある。それはお互いある物を守らなければならないことだ。それを奪われたり壊されたりすれば負け。わかるな?」
 そう続けて行われた説明に、ダンが手を挙げた。
「二つ行う意味は? それに『ある物』って何だ?」
 彼のもっともな疑問に、神技隊の大半がうん、とうなずく。レーナは人差し指を振りながら微笑んだ。
「意味は簡単。前線で戦うのが得意なのか、それとも後方援護が得意なのかを把握するためだ。『ある物』ってのはまだ決めてないが、正直何でもいい。まあ、たぶん、木の枝か何かになるだろう。弱ければいいんだ」
 答えながら彼女はどこからともなく缶を取り出した。鉛筆のような物が立ててある缶を。
「というわけで早速始めようか。対戦順はくじ引きで決める。戦闘開始は九時二十分。終わり次第次の組だ。対戦表は後で張り出しておくからちゃんと見ておけよ。ま、いざとなれば基地内放送だが」
 彼女はすらすらそう言いながら、はい、と缶を前に差し出した。神技隊は気圧されたように黙り込んで、再び顔を見合わせる。
「んじゃ、カエリ、オレ引くな」
「はいはい、どうぞ」
 その中で最初にくじに手を出したのは、ラフトだった。彼は引いたくじを見て、声を上げる。
「げ、最初の対戦だ」
「ちょっとねー」
 ラフトは、ははは……と乾いた笑みを浮かべてカエリを見た。カエリは大きくため息をつく。
「ほら、誰でもいいから引いたらどうだ? まさか怖じ気づいたわけではないだろ?」
 レーナはそう言っていたずらっぽく笑った。




「お疲れさまですわ」
「ん? ああ」
 声の方を振り向いて、ラフトは答えた。ヒメワがタオルを差し出している。それを受け取って彼は額の汗をぬぐった。
 丁度九時半。第一試合が終わったところである。最初の試合ということで、神技隊全員が見物していた。さすがの彼も緊張したようだ。ちなみにその相手はたくとときつのコンビ。
「さっすがに後輩には負けらんねーもんな。勝ってよかったー」
 彼はタオルを首に掛けてそう声をもらした。そして何となく周りを見渡す。修行室の中央では北斗とサツバ、サイゾウとレグルスが戦闘準備をしている。四人に向かってギャラリーと化した数人が叫んでいた。
「北斗ー! サツバー! かっこわるいとこ見せたら承知しないからね!」
「とりあえず頑張れよー、サイゾウ」
「修行の成果を見せたれ! レグルスはん!」
 その大概は、彼らと同じ『隊』の仲間であった。リンの叫びに、サツバは、「わかってらー!」と叫び返す。北斗は黙って手を挙げるだけ。サイゾウは青葉に向かって「何だその適当な応援は!」と怒っているし、レグルスはただ不安そうな笑顔を浮かべている。
「ほら、そろそろ始めるぞ。準備はいいか?」
 外野の方に気が向いている四人に向かって、レーナは尋ねた。真顔になって対峙する彼らを確認すると、彼女は地を蹴って軽く後ろへ飛ぶ。
 そして右手を大きく上に掲げた。
「始め!」
 試合開始の合図。
 彼女の声が響くと同時に、彼らは動き出す。
 先に攻撃に出たのはサツバだった。
 彼の放つ鋭い水の刃が、レグルスめがけて突き進む。レグルスは横に飛びながら氷の剣を生みだし、それらを薙ぎ払った。
「行け!」
 サイゾウが叫ぶ。レグルスと入れ替わるように前に飛び出した彼は、水の短剣を投げつけた。と同時に、自分も飛び出す。普通の短剣を右手に構えて。
 否。レーナが作った特殊金属でできた短剣を、である。
 水の短剣をはたきおとし、サイゾウの一撃を受け止めたのは北斗であった。北斗の持つ棒とサイゾウの短剣が合わさり、ギシギシッと音を立てる。二人の視線がぶつかり合う。
 その横を氷と水の刃が行き交っていた。
 お互い、相手の刃を薙ぎ払っては自分のを生み出し、放つ。
 隙をうかがいながら。
 しばしこうした戦いが繰り返された。
 時には相手を変え、接近し、また離れる。そして牽制する。
 彼らの実力が僅差であることは、誰の目にも見て取れた。自然と、見物している人たちも声を失っている。
 そうした膠着状態の中、チャンスを得たのは北斗たちだった。
 疲労したのか、サツバの放つ無数の刃を受けきれずに、レグルスが負傷する。それを北斗は見逃さなかった。
 サイゾウと対峙していた彼は、瞬時に地を蹴り、レグルスの背後を取る。無論、そう簡単にやられるレグルスではない。北斗の棒をすれすれでかわし、彼は横に飛んだ。
 しかしその彼を、左から渾身の一撃が襲う!
 低空をかっ飛んだサツバの頭突きを、彼はくらった。
 フォローにきたサイゾウも、北斗に阻まれる。
「レグルス!」
 サイゾウが叫んだ。
 しかしその声をレグルスが判別することはできなかった。
 立て続けに繰り出された拳を腹に受け、気を失ったからである。
「そこまでだ!」
 レーナの声が響き渡った。
 その迫力に、思わず三人は動きを止める。その途端、重力に引かれたレグルスの体が音を立てて床に倒れた。
「この勝負、北斗、サツバ組の勝ちだ」
 彼女は静かにそう告げた。
「よっしゃー! 勝ったぞやったぜ北斗!」
「ああ、そうだな!」
 一瞬の間の後、サツバと北斗が歓喜の声を上げた。ギャラリーにもざわめきが戻る。
「大丈夫かレグルス!?」
 サイゾウは倒れたままのレグルスのもとへ駆けよった。その二人に近寄ってから、レーナは入り口の方を振り向く。
「おーい、救護班出番だぞ! ケガは切り傷だけだから応急処置は頼む。気絶してるからとりあえず治療室で寝かしておいてくれ」
 彼女はそう叫んだ。するとカイキとネオンが素早く駆けつけてくる。いつの間にやら救護班に任命されていたようである。
「へいへい、了解!」
「運びまーす」
 二人はそう言いながらレグルスを慎重に担ぎ上げた。そして軽い足取りで修行室を出ていく。
「それじゃあ、次の準備をしてもらおうか。第三試合はダン、すい組と青葉、梅花組だぞ」
 レーナはそう言ってからにっこり微笑んだ。
「お手並み拝見だな、お二人さん」
 そう小さく付け加えて。
 だがそのつぶやきは、誰の耳にもとまることはなかった。

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