white minds

第十八章 追い求めるもの‐3

 試合は順調に進んでいた。
 神たちの来訪も手伝って外野が騒がしかったのは事実だが、それでも大した怪我人、混乱はなかった。治療室行きとなったのは、大概一時的に気を失った者たちだけである。
「じゃ、次は第八試合。アキセ、サホ組対ラフト、カエリ組だ」
 レーナが叫んだ。もう聞き慣れてしまったその声を背にして、カエリが立ち上がる。頭をつつかれたラフトも彼女に続いた。
「頑張るのよ、サホ!」
 その丁度反対側では、アキセとサホが待機していた。肩程の髪に優しそうな顔の青年と、柔らかな髪に線の細い印象の少女。やや緊張した面もちの二人を案じてか、リンが声をかける。サホは振り向いた。
「あ、はい。頑張ります」
「大丈夫よ、あなたなら。ばっちりいいとこ見せてよね」
 リンはいたずらっぽく笑って軽く拳を前に出す。長い銀髪を二つに結いながら、サホは微笑み返した。
「おっせー早く来いよ!」
 修行室中央では、元気が有り余ってるらしいラフトが、腕を振り回しながら叫んでいた。カエリはその隣で屈伸をしている。彼らはこれで二試合目だ。少々余裕があるのだろう。
「はい! じゃっ、行くかサホ」
「はい」
 アキセとサホも中央へ進む。不敵に笑っているラフトを見据えながら、アキセは深呼吸した。
「サホさーん! 頑張ってー!」
 するとまたもやサホにエールの声が。
 アキセが声の方を見ると、リンの隣で茶髪の小柄な少女が飛び跳ねながら手を振っていた。
 メユリだ。
 そのさらに左隣に立っているジュリも、にこにこしながら二人の様子を見守っている。十二離れた姉妹故、印象は大分違うのだが、それでも二人はやはり似ていた。くせのある髪が一番の特徴だろう。
「えーと、サホってひょっとして人気者?」
「いえ、そんなことないですよ、アキさん。ただリンさんファミリーの一員っていうだけです」
 サホの方を見て、アキセは尋ねる。だがサホはそう言いながらただただ微笑んで首を振るばかりだ。彼は少し視線を落とす。
「準備はいいか?」
 レーナが問いかけた。試合の始まりだ。
「こっちはいつでもオッケー!」
「大丈夫です」
 ラフトとアキセは同時に口を開いた。そしてお互い見合う。次第に空気が張りつめていく。
「それじゃあ始めるぞ。第八試合、アキセ、サホ組対ラフト、カエリ組。――――始め!」
 ついに勝負は始まった。
 まずはラフトが攻撃に出る。彼は地を蹴って間合いを詰めると、アキセに向かって拳を振り上げた。
「ちっ!」
 しかしその拳は難なくかわされる。やや体勢を低くしたままで、アキセは刃を生み出す。指程の長さの細い刃を数本、彼はラフトに投げつけた。
「バカ!」
 ラフトの左腕を狙ったその刃は、カエリの水によってはじかれた。苛立つ彼女の背後にサホが回り込む。その右手には青白く光る短剣が握られている。
「っ!」
 サホの短剣とカエリの水の剣が合わさって、奇怪な音を立てた。しかしサホはすぐにあきらめたのか、一旦後ろへ下がる。そして左手を真っ直ぐ上へ突き上げた。
「?」
「うげっ」
 疑問を感じた瞬間、左で放たれた声を聞き、カエリはちらりと横を見た。声を上げたのはラフトだった。彼の目の前には、得体の知れない鉄のかたまりのようなものを持ったアキセの姿がある。その鉄のかたまりが、不気味な程強い青い光を放っている。
「行きます!」
「よし!」
 アキセとサホの声が重なった。同時に鉄のかたまりから青白い弾丸らしきものが飛び出す。無数に。
「でででーマジか!?」
「そっち!?」
 二人は慌てた。その弾丸が何かはよくわからないが、生やさしいものではないだろう。ラフトはひたすらそれらを避ける。カエリは薄い水の幕でもって防いだ。 が、
「な! 勝手に動きやがる!」
 その弾丸は自由自在に動けるらしかった。しつこく襲いかかるそれらに、ラフトは小さく舌打ちする。
 アキセの意識はカエリの方にある。ってことは……。
 ラフトは、弾丸をを操っているのはサホだと判断して、彼女に向かって走った。彼の後ろを弾丸の群れが追いかける。
「サホ!」
「大丈夫です!」
 アキセの叫びにサホは答えた。アキセはカエリと距離を保ったまま、鉄のかたまりを構えている。サホは彼を一瞥してからダッとラフトの方へ飛び出した。
「はっ!?」
 ラフトは一瞬躊躇した。
 自分は接近戦向き、対してサホは補助を中心とする遠距離戦向き。彼女はおそらく間合いを取ろうとするだろうと踏んでいたのだ。
「ラフト!」
 カエリの叫びに、反射的に彼は右へ飛んだ。
 それと同時に多数の弾丸が上空から振り落ちる。彼の元いた場所へ。
「残念。失敗です」
「ぬぇ〜容赦ねぇ奴!」
 さりげなく短剣を構えていたサホは、そうつぶやいて後ろへ大きく飛んだ。カエリの声に反応しなければ、ラフトは弾丸か短剣、どちらかの餌食になっていただろう。どちらにしろかなりの痛手だ。よほど弾丸のコントロールに自信がなければできない芸当である。一歩間違えればサホ自身も危ないのだから。
 ラフトはとりあえずカエリの元へ走り寄って体勢を立て直した。
「バカ! あの子見た目に反して強いっぽいわよ! 油断しないでね!」
「お前だってしてただろ!」
 ラフトとカエリは小声で毒づき合った。そして深呼吸し、再び気を研ぎ澄ませる。
 同じく体勢を立て直すためか、アキセとサホも合流した。
「すいません、失敗しました」
「いや、十分」
 二人は言葉を交わすと目の前の敵を見据えた。二人の『気』がふくらむ。
「サホさんすっごーい! かっこいい!」
「それでこそ私のサホね!!」
 再びギャラリーから声が上がった。興奮した様子のメユリと何故か得意げなリンだ。リンの右隣で観戦していたシンは、眉根を寄せながら前髪をかき上げる。
 その『私の』ってのは何だ……?
 最近やたらと聞いてる気がするその類の言葉に、シンは目眩を覚えていた。だが当のリンは全く気にしていないよう。
「ラフト! まさかそんなところで負けるわけじゃないよな!?」
「頑張ってくださいねえ、ラフト!」
 すると対抗してか、ゲイニとヒメワも声を張り上げた。ラフトは何も言わずに右の拳を振り上げる。
「負けるわけにはいかないわよ、ラフト」
「おう、もちろん!」
「行けるよな?」
「はい! アキさん!」
 外野の視線を感じつつ、四人は対峙していた。
 アキセの持つ鉄のかたまりが、青く光った。




「そこまでだ!」
 レーナの制止の声が響き渡った。
 鉄色のいびつな短剣を突きつけられたまま、ラフトが両手を挙げる。短剣には白く光るムチのような物が巻き付いていた。アキセが手の力を抜くと、そのムチはすーっと消えていく。彼は後方に顔を向けた。
「オレたちの勝ちですか?」
「そうだ」
 問いかけられて、レーナはにっこり微笑む。
 そのムチの持ち主はレーナだった。本気の戦い故、命の危険が迫ったときには彼女はそれを使用する。おそらく精神系の技の一つなのだろうが、威力は強く、それで止められない攻撃は今のところなかった。
「やりましたね! アキさん!」
 カエリと向き合っていたサホが、笑顔で彼の方へ駆けてきた。やや乱れた服を直して、彼は微笑みかける。
「結構きつかったけど、何とかなったな」
「すいません。私かなりドジ踏みましたね」
「いや、オレも大分助けてもらったし。相手が強いんだから仕方ないだろ?」
 二人はそう言葉を交わすと目の前で座り込んでるラフトを見た。うなだれた様子で彼はから笑いを浮かべている。
「あーあ、悔しい。負けちゃったわね、ラフト」
 短い髪を整えながら、カエリがやってきた。ラフトはようやく立ち上がり、ホント悔しいー、と言って頭をかく。
「ほらほら、そこ、お喋りは後。次の試合があるんだぞ?」
 何かまた会話が始まる気配を感じたのか、レーナがそう声をかけた。四人はうなずいて、とりあえず壁際に移動する。すると――――
「サホー! おめでとう!」
「かっこよかったよーサホさん!」
「本当、ちょっと見ないうちに強くなりましたね」
 リンとメユリがサホのもとへ走り寄ってきた。その後からはジュリがついてくる。リンはサホの体を力一杯抱きしめると、その頭をなでた。
「あー、えっと、リンさん?」
 サホは困った表情でおろおろし、隣のアキセをちらりと見上げる。アキセは複雑そうに顔をしかめて頬をかいている。
「リンさん、サホさんももう大きくなりましたし、色々あるみたいなんで放してあげてください」
「あら、そう?」
 見かねたジュリがそう言うと、リンは渋々サホを手放した。そしてアキセの顔をちらりと見ると、意味ありげに微笑みかける。
「な、何ですか? リン先輩」
「んーん、何でも」
 リンは満面の笑みでパタパタ手を振ると、くるっと向きを変えてまたシンの方へ走り出す。
「じゃっ、とりあえず全員の戦い方は一通り見たわけだし、一旦出ましょう?」
「ん? ああ、そうだな」
 そう誘いながら、リンはシンの腕にからみついた。いたずらっぽくクスクス笑うその横顔を、シンは盗み見る。彼女の柔らかい髪が、体の揺れにそって空中を踊っている。
「リンさん、相変わらずすさまじいです」
「え? どういうことお姉ちゃん?」
「何でもないですよ、メユリ。気にしなくていいです」
「ええー気になるよ!」
 全てを理解してるジュリは、感嘆とも諦念とも取れるようなため息をつき、サホを見た。わけがわからないメユリはその袖を引っ張ってせがんでいる。
「皆さんも一旦外に出るみたいですね」
 ジュリは出入り口の方に目をやった。その言葉通り、ゾロゾロと人が修行室を後にしていく。
「サホさん、アキセさんも一度出ませんか? 休んだ方がいいですよ? あ、ラフト先輩もカエリ先輩も」
 ジュリは努めてほがらかに微笑んだ。ごまかされたことを感じ取ってメユリが頬をふくらませる。ジュリはラフトたちに顔を向けたまま、そんなメユリの頭をなでた。そのうちに、という意味を込めて。
「だな。何か飲みたいし!」
 ラフトは声を上げて歩き始めた。カエリも続く。
「じゃ、行くか、サホ」
「はい、そうですね」
 アキセとサホも歩き出した。ジュリはメユリを促して、彼らの後を追う。
 次第に修行室は静寂に包まれていった。
「何か……すっげー寂しいんだけど」
「オレもだ、北斗」
「同じく」
「あーあ」
 次の試合を控えたサツバ、北斗、たく、ときつがそんなつぶやきをもらしていたとは、誰も知らない。

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