white minds

第十八章 追い求めるもの‐6

「そろそろだよな、時間」
 独りつぶやいて、青葉は立ち上がった。バンダナを締め直し、気合いを入れる。
 今のところ全勝。そして次の相手はシン、リン組だ。どうしても負けるわけにはいかない、いや、負けたくない。
 彼はそう思い、一度深呼吸する。
「おし!」
 そう叫んでから、彼はドアを開けた。すると同じように隣のドアが開く。
「あ……」
「お……」
 思わず青葉は声をもらした。隣は、そう、シンの部屋。そこから出てきた住人も、同じく言葉を失っている。だが――――
「あれ? 青葉、一人?」
 後ろからひょこっとリンが顔を出した。彼女はわざとらしい程の笑顔をたたえながら、そのままシンの腕にからみつく。
「あらら、梅花はー?」
「うっ……」
 痛いところを突かれて青葉はうめいた。梅花は今食堂でメユリの相手をしているはずだった。子ども好きではあるらしい。放っておかれた彼がこっそりいじけていたことなど、彼女は全く気づいていないだろう。
「青葉、そろそろ時間だけど」
 そこへタイミングよく、梅花が駆けてきた。シン、リン、青葉が一斉に彼女の方を見る。
「どうかしたん……ですか?」
 顔をしかめながら小首を傾げて、梅花は尋ねた。対戦相手と鉢合わせしたことはすぐに察したのだろうが、それ以外の妙な空気がそこにはある。
「あ、いや、何でもない。今行こうとしたところ」
 青葉は笑顔で首を横に振って、そして梅花の手を取った。眉をひそめる梅花。
「何? この手」
「え? 何って……いや、ほら、何となく」
「……」
「そう、スキンシップって奴!」
 青葉は強引にそのまま歩き出す。
「まあ、お互い頑張りましょう? ねえ、シン」
「ん? あ、ああ」
 はたからその光景を見ていた者の証言では、とても近づける雰囲気ではなかったという。




 修行室、そのドアを開けると、丁度試合が終わったところらしかった。青葉がちらりと横を見ると、観戦していたらしい滝とばっちり目が合う。
「お、青葉か。次はようやくお楽しみのショーだな。ほら、こんなに集まってる。楽しみにしてるぞ」
 滝は満面の笑みでそう告げる。
 た、楽しんでる! ぜってー本気で楽しんでる!
 青葉は適当に相槌を打ちながら、心の中で絶叫した。隣の梅花は何事もないかのような顔で、頑張ります、とだけ答えている。
「あ、滝先輩」
「ってシン、リン、お前らも一緒だったのか」
 続けてシンとリンが入ってくると、滝は表情を一変させた。声をかけたリンはその理由がわからずキョトンとしている。
 ああ、廊下の皆、悪い。
 その時彼が心中でそうわびていたことを、当の四人は知らない。
「あらあら、仲がいいのねえ。うふふ……次の試合、楽しみにしてるわよ。頑張ってね」
 しかしそんな滝とは正反対に、依然として微笑んだままのレンカがそう言って手を振った。
「はい、頑張りますよー! ねえ、シン?」
「おう」
「まあ、程々に」
「程々って梅花、お前!」
「死なない程度にってこと」
 レンカはやはりまだ笑っている。それからもしばらく四人の妙な会話は続いたのだが、それはレーナによって中断された。
「おい、そろそろ始めるぞ?」
 あきれ顔のレーナに、四人は一斉に返事する。レーナはうなずくと、にっこり微笑みかけた。梅花に。
「……」
 閉口している青葉の側で、梅花も微笑み返す。
 ぜってぇ勝つ!
 青葉は胸中で固く決意した。
 これで負けたら、何故だか妙な因縁をつけられかねない。相性が悪い、とか何とか。彼にはそんな気がしてならなかった。
 青葉は息を大きく吸うと、シンをにらみつけながら中央へ向かう。シンもにらみ返す。中央へ行くというただそれだけの行為のはずなのに、周囲の空気には鋭さがあった。
「準備はいいか?」
 対峙する四人に向かってレーナが聞いた。壁際にいるはずなのに、相も変わらずよく通る声だ。うなずく四人。
「では第七十二試合、シン、リン組対青葉、梅花組を開始する。――――始め!」
 ついに戦闘が始まった。
 まず動いたのは青葉だった。挨拶とばかりに放った炎は、シンとリンの間をすり抜けていく。そしてすかさず梅花が波状攻撃。無数の見えない刃が空を舞う。
「リン!」
 駆け出しながら叫ぶシンに、リンはうなずいた。彼女は右手を前に突き出す。
「風よ!」
 いつものようにそう叫ぶと、彼女の手から風が生み出された。小さな竜巻上になったそれは、梅花の刃を霧散させる。
「遅い!」
「甘いっ」
 その時既に、シンと青葉は剣を交わらせていた。レーナの特製品であるそれらは、通常は柄部分だけある。
「行けっ!」
「!」
 リンはそのまま竜巻を二人の方へ向かわせた。危険行為としか言いようがない。しかしリンは不敵に笑っている。
 当たらない自信、否、当てない自信があるのだろう。
 梅花はダッと駆けだした。この距離では、彼女が竜巻を消滅させる前にそれは二人のもとへ届いてしまう。ならばその次を考えなくてはいけない。
「でぇぇ!?」
 竜巻の来襲に気づいた青葉が声を上げた。剣を交えてままのシンが動じないことに気づき、彼は舌打ちする。そしてすぐに横へ飛ぶ。
「結界!」
 竜巻が迫る中、青葉と入れ替わる状態でその前に駆けよると、梅花は叫んだ。竜巻を結界が包む。一歩遅ければ彼女が完全に巻き添えだ。
「はぁぁぁ!」
「!」
 梅花に向かって、シンの刃が繰り出される。梅花は一歩後退すると、短剣を生み出した。
 一撃の重さが違う!
 剣を打ち付けられて梅花の表情が険しくなった。このままでは彼女に勝ち目はない。力で押し切られると同時に地を蹴り、梅花は後方へ大きく飛ぶ。
「梅花!」
「シン!」
 青葉とリン、二人の声が重なった。叫びながら、しかし駆け出す二人。梅花は視界の端にそれを捉えながら、右手を大きく掲げた。
「シン、上! 私が!」
 リンは短い言葉でそう伝える。うなずいたシンは、梅花の動きは気にせず青葉に向かって炎を放った。青葉は剣でそれらをはじく。
 上空で、何やら奇妙な音がした。首を傾げるギャラリーとは違い、当人たちはわかっているようである。おそらく、上で技のつぶし合いでも行われていたのだろう。
「梅花!」
 青葉がその名を呼んだ。梅花は目だけでうなずいて、短剣を低く構える。
 彼はそのままの勢いで彼女の背後を通過した。そして彼は小さな火の玉を数個、シンに投げつける。続けて梅花が左手で技を放つ。目には見えないがおそらく精神系のもの。
 直感的にはじききれないと感じたシンは、横へ飛んだ。火の玉は床に着弾する。が――
「ちっ!」
 どうやら消滅してなかったらしい精神系の刃がシンの頬をかすめた。チャンスとばかりに青葉が突っ込む。しかしリンがそうはさせない。
「風よっ!」
 強力な風が砲弾のようになり、青葉を襲った。体勢を崩す青葉に、シンが剣を繰り出す。
 しかし青葉はその妙な体勢から体をひねり、片手でもって横へ飛んだ。動きとしてはあり得ないものだが、それすらも読み切っていたシンは、炎を放つ。
「青葉!」
 しかし炎の前には梅花が立ちはだかった。そのスピードも尋常ではない。彼女が短剣で炎を切り裂くと、その後ろから青葉が飛び出した。再び青葉の剣とシンの剣がぶつかり合う。
 その横では同じようにリンと梅花の短剣がかわされていた。
 リンが風の短剣を次々生みだし、放つと、梅花は舞うようにそれをさける。梅花の繰り出す急所を狙った一手を、リンは柔らかな動きでやり過ごす。
「すごすぎる……」
 ギャラリーは静まりかえっていた。そのあまりに華麗な戦いに。
 相手を入れ替え、そしてまた入れ替え、時には接近し、また離れる。その様には、ただただ圧倒されるばかりであった。連携も反応も読みも、どれをとっても人間のものとは思えない。
「決着……つくんやろうか……」
 見とれるすいのつぶやきは、あっと言う間に修行室に吸い込まれた。

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