white minds

第十八章 追い求めるもの‐7

 互いに譲らない戦いが続いた。
 決定打となるはずの攻撃でさえ、効をなさなかった。声をなくしたギャラリーは、固唾を呑んで見守っている。
 このままじゃ私が先にダウンする。
 梅花は頭の片隅でそう思った。一番持久力がないのは自分だろう。このまま行けば、そのうち足下をすくわれる。彼女はそう考え、決意する。
「青葉!」
 梅花は叫んだ。シンの剣をはじき返し、青葉は一瞬彼女を見る。
 目でうなずき合う二人。青葉が大きく飛び上がり……いや、本当に『飛ぶ』のと同時に、梅花は駆けだした。リンとの距離を一定に保ちながら中央へ向かうと、梅花は再び剣を生み出す。ただし今度は長剣。
「リン!」
「――うん」
 シンとリンは警戒する。上空の青葉を気にしつつ、二人は梅花に目をやる。
「行けっ」
「炎竜!」
 梅花と青葉の声が重なった。梅花の左手からリンに向かって、青白い光弾が放たれる。
 上からは、シンに向かって炎が降り注いだ。その名の通り、『竜』のごとくうねる炎が。
 リンは結界を張って防ぎ、シンは横に飛んで避けた。光弾は霧散する。だが炎はなおしつこくシンを追う。
「シン!」
 リンが叫んだ。その声に反応して、彼はとっさに剣を振るう。
 剣が悲鳴を上げた。
 梅花の一撃を、シンは何とか受け止めたのである。だがその彼に炎竜が迫る。
「風よ!」
 言葉と同時に、リンの右手から一筋の風が放たれた。淡く光るその風は、炎にまとわりつく。振り切ろうとする炎。風と炎、双方の『竜』が争うかのようだ。
 炎竜を逃れたシンは、力一杯剣を打ち付けた。やや後退しながら梅花は顔をゆがめる。が―――
「――――!」
 ひどい違和感を覚えて、シンは左へ飛んだ。その次の瞬間、梅花の目の前を炎が通り過ぎる。シンが元いた場所を、『もう一匹の炎竜』が。
「な!? あいつ、炎竜放ちやがった!」
 シンは毒づいた。
 どうやら青葉はもう一方の手で炎竜を生みだし、それを自由にさせてしまったらしい。勝手に動き回るその細長い炎は、放っておいてもそのうち消えるだろう。だがやっかいなのには違いない。
「リン!」
 今度はシンがその名を叫んだ。後方から迫る炎竜に目をやり、リンは別の技を使う。
 炎竜は結界にはじかれ向きを変えた。リンは結界を張ったまま飛び、青葉から一旦距離を置く。
「行け!」
 すかさずシンが攻撃した。赤い光弾が青葉を狙う。だが青葉はそれを剣ではたき落とす。
 それと同時に、いや、一瞬早くか、駆け出す梅花。彼女は目前に迫る暴走した炎竜を剣で切り裂き、分裂させる。炎の残骸、はじかれた光弾を、シンは避ける。
「うまくよけてっ!」
 一瞬とまどうようなかけ声とともに、梅花は技を放った。突きだした手のひらからリンに向かい、白い光が扇状に広がる。空気が震えるような、否、空間その物が波打つかのような、得体の知れない感覚の後、『それ』はやってくる。
「――――!?」
 リンは声にならない悲鳴を上げた。結界があるにもかかわらず、体の内から焼かれるような痛みが走る。
 彼女は耐えきれずに、勢いよく壁に叩きつけられた。体中が痺れたみたいに動かない。が、それでもリンは立ち上がろうとする。
「リン――!」
 シンの声が響く。ぼやけた視界の中で、何かが近づいてきているのを彼女は理解した。
 だが、その何かが彼女に触れることはなかった。
「そこまでだ!」
 レーナが告げる。リンは何度か瞬きをし、かろうじて状態を把握する。
 はじき飛ばされた剣。自分を覆っている結界――これはおそらくレーナのものだろう。
 自分が危ういところをレーナが助けてくれたのだと、彼女は理解した。
「この勝負、青葉、梅花組の勝ちだ」
 ギャラリーがどよめいた。どうやら彼らには『あの技』の被害はなかったらしい。
 梅花が力無く膝をつく。シンが急いで駆けてくる。青葉もようやく上から降りてきた。
「梅――」
「何してんだお前は――――!?」
 梅花に駆けよろうとする青葉の後頭部に、シンの蹴りが炸裂した。あまりかんばしくはない音を立てて、青葉は床と対面する。
「なっ――――!」
「殺す気か!? 殺す気かお前は!? あのままお前の剣が命中してたら、確実にリン死んでたぞ!? レーナの結界なかったらどうする気だったんだ!?」
 それでもすぐに起きあがった青葉の襟首を掴んで、シンはまくし立てた。珍しく怒り狂ったシンの顔を見上げながら、青葉は口を開く。
「いや、絶対レーナが助けると思ったから」
「だぁぁー何て奴だ! あーもういいっ!!」
 乱暴に青葉を放り投げると、シンは急いでリンのもとへ走る。青葉は何とか体勢を立て直すと、今度こそと言わんばかりの笑顔でその名を呼んだ。
「梅花!」
 息を整え、かろうじて立ち上がった梅花はちらりと彼に目をやる。が、彼女が彼の姿を見たのはほんの一瞬であった。がばっと勢いよく抱きしめられて、彼女の視界は暗闇に覆われる。
「よっしゃ、やった、勝ったぞ梅花! よくもった!」
「う、あー苦しいんだけど……」
「うんうん、よくやった! 可愛い可愛い!」
「嬉しいのはわかるんだけどね……ねえ青葉……」
 このまま天国に召されるのではと思うような極上の笑顔の青葉。後方では滝が、理性壊れてるぞ、と突っ込んでいるのだが、そんな言葉も青葉の耳には届かない。
「うーん柔らかい」
「んんー!」
 するとまたもや彼の頭部に蹴りが入った。床に突っ伏す青葉。
「梅花が苦しがってるでしょ! 放してあげなきゃだめ!」
 そう言って梅花の肩を抱き寄せたのはリンであった。梅花は驚いた顔でリンを見上げ、そして同じように目を丸くしているシンを視界の端に捕らえる。
「い、いきなり立ち上がって跳び蹴り……。しかも器用に青葉だけを……」
 シンがつぶやく。
「だ、大丈夫なんですか?」
「え? あ、うん。まあ、何とかね」
 リンはにっこり微笑んだ。横で青葉が床にはいつくばったまま何やらうめいているが、それは完全に無視である。
「おい、次の試合があるんだが?」
 レーナがあきれた眼差しでそう言った。リンは、わかっていると言わんばかりにパタパタと手を振る。
「梅花」
 リンに引っ張られる格好で通り過ぎようとした梅花に、レーナは声をかけた。リンと梅花は立ち止まる。
「多用はするなよ」
 レーナは真顔で一言そう口にした。梅花は微笑んでうなずく。リンは一瞬顔をしかめた後、その言葉の意味を理解して苦笑する。そして二人は歩いていった。シンはその後を、後頭部を押さえたまま動かない青葉の首根っこを引っ張りながら、ついていく。
 破壊系。
 レーナは胸中でつぶやいた。
 あのとき梅花が使ったのは、間違いなく、精神系よりはむしろ破壊系よりの技だ。
 まだ早すぎる……。
 体が慣れていないと、かなりの負荷が生じる。それは危険だ。
 無理はさせたくないと、彼女は思っていた。いずれその反動が戻ってくるから。
 レーナは目を細め、去っていく四人の後ろ姿を見つめた。

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