white minds

第十八章 追い求めるもの‐9

「そこまでだ!」
 冷たい空気を通して、レーナの声が響き渡った。
「この勝負、アキセ、サホ組の勝ちだ」
 続く彼女の言葉に、見物人からどっと声があふれ出す。二人をねぎらう声やら何やら、とにかくうるさい。
「これをもって、全試合は終了だ。さーてお待ちかねの結果発表と行きたいところだが――――ってとにかく黙れ」
 彼女はビシッと指を突きつけ――いや、何かを投げつけた。ガツッという鈍い音とともに、悲鳴が上がる。
「どぅえっ! 何すんだレーナ!」
 見事に小石を命中させられたダンは、怒りの表情でつかつかと彼女に歩み寄った。彼女のすぐ目の前まで近寄ると、彼はその肩をつかんでこれでもかと言う程の勢いで揺らす。
「注意にしても、もう少し方法ってもんがあるだろうがよぉぉ!」
 真っ赤な顔で怒鳴りつけるダン。が――――
「!?」
 先ほどよりも大きな音を立てて、彼は地面に倒れ込んだ。草の匂いが全身を包む。涙でかすんだ視界の端で、彼は仁王立ちするアースの姿を捕らえた。だが蹴られた後頭部がひどく痛み、なかなか声が出せない。
「おい、アース。今、グキッとか何か音が……」
「気にするな、われは平気だ」
「平気じゃないのはオレだっ!」
 怒りにまかせてダンは勢いよく立ち上がった。痛みも忘れる程だったらしい。周りに炎すらまとっていそうな彼を、いつの間にか側まで来ていたミツバがなだめようとする。
「まあまあ、ねえ、ダン。騒いでた僕らも悪いんだし、みんな待ってるしさ。ほら、早くしないと、待ちくたびれてるラフト先輩あたりにまた蹴りくらうよ?」
 確かに、せっかちな数人が今にも飛びかかりそうな目でダンをにらんでいた。彼らも先ほどまで騒いでいた一員ではあるはずなのだが、そんなことは気にしていないらしい。ダンは、すいませーん、と言いながら首をすぼめた。
「とまあ、何とか場が収まったところで結果発表だな」
 何はともあれ皆が静まったので、レーナはいつもの笑顔で人差し指を掲げる。
「まずは第一巡目の順位の発表だ。これで力押しナンバーワンが決定だな。と言うわけで、第一位! 滝、レンカ組が十四勝零敗、つまり全勝で、文句なしのナンバーワンだ」
 どよめきが生じた。驚きと言うよりは、やはりな、という空気の方が強かったが、それでも拍手がわき起こった。滝は適当に愛想笑いを浮かべるが、レンカはいつものように穏やかに微笑んでいる。拍手が止んだところで再びレーナは口を開いた。
「そして第二位は、十三勝一敗の青葉、梅花組。続けて第三位は、十二勝二敗のシン、リン組だ。第四位は十一勝三敗のよつき、ジュリ組、第五位は十勝四敗のホシワ、ミツバ組。この辺は接戦だったな」
 彼女がすらすらと順位を述べていくと、あちらこちらから声が上がった。
「おう! よし、二位だぞ二位! シンにいたちより上だ! な、梅花!」
「……そりゃ、直接対決を制したからね」
「お姉ちゃんすごいよ! 四位だよ!」
「隊長すごいです!」
「ぐあぁぁぁーミツバに負けたぁぁ!」
「耳元でうるさいよ、ダン」
 皆が思い思いのセリフを発している。自分の戦績はわかっていたはずだが、それでもやはり発表されると気分が違うのだろう。いや、単に他人の戦績を把握していなかっただけかもしれない。
「じゃあ六位からは順位と名前だけを言うぞ」
 場を収める意味も込めて、レーナは力強くそう述べた。しかしそれと同時に声が上がる。
「何で? 何勝とかは? 面倒だから?」
 声の主はラフトだった。何だか省略されているようで気に入らないようだ。眉根を寄せる彼を見て、レーナは嘆息する。
「いや、そうじゃない。二勝十二敗とか発表して欲しいと思うか? 嫌だろ普通?」
「……あ、はい、なるほどね」
 あっさりと答えられて、ラフトはむなしそうな顔で何度もうなずいた。レーナはそんな彼ににっこり微笑みかけると、再び人差し指を掲げる。
「ということで第六位! 北斗、サツバ組とアキセ、サホ組だ。続けて第八位はラフト、カエリ組、そしてダン、すい組。第十位はサイゾウ、レグルス組。第十一位はゲイニ、ミンヤ組とアサキ、よう組、そしてたく、ときつ組だ。第十四位はコブシ、コスミ組。第十五位はヒメワ、ローライン組。やはり一巡目は接近主体が有利だったな」
 何となく重い空気が漂い始めた。すかさずレーナは、じゃあ二巡目に行ってみようか、と声を張り上げる。
「早速発表といこうか。栄えあるいやらしい戦法の持ち主ナンバーワンは、よつき、ジュリ組! 十四勝零敗で、これまた全勝だ」
 再びその場はどっとわいた。褒め称える声やら驚きの声やらが、あちこちで飛び交い始める。
「お姉ちゃん一位だよ一位! すごいよすごいっ!」
「これもそれもメユリがいるおかげですよ」
「ってジュリ、それはいいんですが、いやらしい戦法とか何とか言われてますけど?」
「まあ、その辺は無視です、隊長」
 だが当人たちはどうやら落ち着いているらしかった。ジュリは微笑みながらメユリの頭をなでている。その隣でよつきは苦笑しながらわき起こった『隊長コール』を意識の外に追い出していた。
「っていちいち騒ぐな、お前ら。じゃあ、二位以下の発表といこう。第二位は十三勝一敗の滝、レンカ組。第三位は十二勝二敗でシン、リン組。第四位は十一勝三敗で青葉、梅花組だ。第五位は十勝四敗でホシワ、ミツバ組。上位陣のメンバーは一巡目とそう変わらないな」
 レーナが先ほどと同じように順位を告げると、またもや同じように神技隊は騒ぎ始めた。さすがに止めるのも疲れたのか、レーナはため息一つついて、肩をすくめる。
「ってお喋り止めー! これじゃ子どもでしょ!?」
 そんな彼女の代わりに場を静めたのはリンだった。その迫力のせいか、はたまた何かを感じ取ったのか、皆は一瞬で口を閉じる。その様子に満足そうにうなずくと、リンはにっこり笑ってパタパタ手を振った。
「と言うわけで、続きをどうぞ」
「うむ、ありがたい」
 レーナは微笑み返した。
 神技隊の女、やっぱり強い……。
 後方で全てのやりとりを眺めていたネオンが心中でそうつぶやく。彼が今後の生活を思案し始めるのと同時に、レーナの声が響き渡った。
「では、残りの発表だ。第六位は、ヒメワ、ローライン組! さすが後方支援専門って感じだな。第七位はアキセ、サホ組。第八位はサイゾウ、レグルス組。第九位はゲイニ、ミンヤ組とアサキ、よう組、それにコブシ、コスミ組だ。第十二位がラフト、カエリ組にたく、ときつ組。第十四位がダン、すい組と北斗、サツバ組。この辺は一巡目とかなり違うな」
 この順位にかなり満足そうだったのは、ヒメワたちだった。ローラインなんかは目を閉じて、美しい、とさえつぶやいている。反対に不満そうなのはラフトやダン、サツバたちである。不甲斐ない自分への苛立ちを処理できずに、彼らはただムスッとしているようだった。
「これで、自分たちがどういう戦いが得意なのか、大体わかっただろ?」
 レーナは微笑んだ。そのすがすがしい笑顔がやけにしゃくに障ったのか、ラフトが口をとがらせる。
「でもこれで、本当にあの魔族と戦えるのかよ?」
 皆の心中に突き刺さる、鋭い言葉だった。誰もが不安に思いながら、しかし口に出せなかった言葉。突如鉛のようになった空気が、神技隊の体にのしかかる。
「大丈夫だよ」
 レーナはうなずいた。
「お前たち自身が気がつかなくとも、われにはわかる。お前たちがどれだけ強くなったのか。雑魚レベルなら十分すぎる程だ。大丈夫、われが保証する」
 そして彼女はやはり微笑んだ。暖かく、けれど力強い微笑み。彼女独特の、どこか不思議な空気をまとったその瞳が、光をたたえている。
「そこまで言われたんじゃ、期待に応えるしかないな。乗り切るしか」
 苦笑一歩手前の笑顔で滝が言った。だが彼の目には何か強い意志が宿っている。得体の知れない確信、そして決意。それ故彼から放たれる気は力強かった。
 そのおかげだろうか、まるで魔法が解けたみたいに神技隊に安堵の色が戻っていく。
「お前たちは、それでなくちゃな」
 レーナの言葉は皆の耳に染み込んでいった。

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