white minds

第十九章 意識‐2

「あれか!?」
 シンが叫んだ。彼の指さす方向に二つの光がある。目を凝らすと、白く輝く球のようなものが二つ、ゆっくりと地表に近づいてきているのがわかる。
「あのままいくと……丁度宮殿の前か」
「まずいですよね。こっちに注意向けさせます?」
 ホシワの言葉にリンがそう提案した。彼は目で相槌を打つ。それを確認すると、彼女は走りながら右手を前方につきだした。
「風よ!」
 声とともに彼女の手のひらから突風が吹き出し、二つの球体を直撃した。球体の動きが止まる。
「来る」
 シンがそうささやくと同時に球がはじけ飛んだ。そしてそこから炎の矢が飛んでくる。が、それらは呆気なくミツバの結界に阻まれた。
「貴様ら……神か!?」
 二人の魔族のどちらが言ったのかはわからなかったが、そんな声がした。だが返事を聞く気はなかったらしく、彼らは間をおかずに二人揃って地上に降り立つ。戦闘準備は万全といった風だった。
「さあてどうだかね」
 シンはそう答えながら低く構えた。魔族との距離は、一番先頭のシンでさえ何とか声が聞こえるといった程度だ。宮殿まではまだ少しあるが、若干基地からも離れている。これと言った障害物はなく、見晴らしはよい。
「邪魔をするなら消すまでだ」
 二人の魔族のうち、黒髪の男がそう言い放った。
 それが戦闘開始の合図となった。
 まずは黒髪の男、その手から放たれた炎球がシンを襲う。だがシンはそれを軽くかわしてお返しとばかりにうねる炎――炎竜を放った。
「シン!」
 リンの声にあわせてシンは姿勢を低く保ったまま右へ飛ぶ。その彼の頭上を透明な刃が複数通り過ぎていった。
「ぐっ――!」
 炎竜に気を取られていたその魔族は直撃を受けたらしかった。小さくうめきながら彼は大きく一歩後退する。
 しかし簡単に逃がす二人ではなかった。
 さらに追いつめるかのごとく、シンの炎竜がその男を飲み込まんと襲いかかる。
「ディド!」
 おそらく黒髪の男の名前だろう。それを叫んでもう一人の茶髪の男が右手の短剣で炎竜を叩き切った。そしてすぐさま大小様々な岩盤を生みだし、四人めがけて飛ばしてくる。
「任せて!」
 リンはそう言いながら大きく左手を振り上げ、巨大な竜巻を生み出した。それは岩盤を巻き込み、木端微塵にして吹き飛ばす。
 次に動いたのはホシワだった。狙いは茶髪の男。彼はその男の足下に向かって巨大な銃を向ける。銃口が光り、そこから白い弾丸が飛び出した。
「なんの!」
 茶髪の男はそれをかわす。
 しかし突如弾丸の軌道がずれ、見事に男の腕を貫いた。どうやら弾丸はミツバが瞬時に張った結界によって弾かれたようである。男から低い悲鳴が上がる。
「シン、一発!」
「おう!」
 シンが駆けだした。彼の右手にある剣が青白く光る。彼の攻撃を阻もうと黒髪の男が迎え撃ち、その炎の剣とシンの剣とが激しくぶつかり合った。
 だがシンはふいに力を抜き押し切られる形で後ろへ下がった。一気に責め立てようとする黒髪の男。
 しかし――――
「――――!?」
 次の瞬間、彼は言葉を発することなく光の粒子となって消えていた。
 上空から白く輝く柱が彼を直撃したのである。その柱が消えると、リンがどこからともなく優雅に降りてきた。どうやら彼女の攻撃らしい。
「精神系!? ディドっ!」
 悲痛な叫びを上げて茶髪の男がうろたえた。ホシワがその隙を逃すまいと銃口を向けるが、彼が弾丸を放つより早く、その男は飛び上がる。
 そしてそのまま上空の見えないところまでまで飛び去っていった。
「……逃げたの……?」
 怪訝な顔でミツバがつぶやく。
「みたい……だな」
 ホシワが答える。
 あの魔族の気は既に感じられない。おそらく巨大結界の外へ出ていってしまったのだろう。
「……なんだか、呆気なかったわね」
 リンのその言葉は、四人の気持ちをよく表していた。



「初勝利おめでとうー!」
 夕食時、話題といえばそのことで持ちきりだった。浮かれているという表現がこれほどぴったりくる時は他にはないだろう。
「見守ってる方がどきどきしましたもんねー」
 そう言ったのはコブシだった。モニターには戦闘の様子がはっきりと映し出される。見てるだけの状況はかなり辛いはずだ。待機中のメンバーはさぞ肝を冷やしたのだろう。
「でも本当勝ってよかったぁ」
 コスミもそう言いながらにんまりする。
 みんな話ばかりがはずんで食事の方はなかなか進んでいないようだ。そのせいでこの食堂は今までにない程混み合っている。席を探すのが一苦労なぐらいに。
「うん、よかった。本当よかったよなあ」
「……あの」
「やっぱり最初が肝心だもんなあ」
「……あの、青葉」
「うんうん、って、何だ? 梅花」
「よかったのはわかるんだけどこの手の意味がわからないわ。放してくれる?」
 窓際の席。そこに満面の笑みで座っている青葉は隣の梅花をぎゅっと抱き寄せていた。当の梅花は困惑した様子で彼を見上げている。
「え? 意味? そりゃあ嬉しさの共有というかなんというか」
「はあ」
 青葉が主張するわけのわからない理由に、梅花は首を傾げるのみ。
「なに馬鹿なこと言ってるんだお前は」
「青葉、変」
 二人の向かいにいるシンとリンは次々と手痛い言葉を彼に浴びせた。それでも青葉は気にしていないようで、抱き寄せる手はゆるめない。
 皆が浮かれてるにしても程がある。何考えてるんだ、こいつは……?
 これがシンの本音だった。
 第一戦闘したのは青葉ではなくシンたちである。泣きそうなぐらい緊張していた面々が浮かれるのはわかるが、どう考えても――少なくともシンにはそう思えたのだが――楽観視していた青葉が浮かれる理由は彼にはわからなかった。
「おい青葉、アースの真似しても意味ないぞ?」
 そこで青葉の背後からそんな声がかかった。いたずらっぽい笑みを浮かべたレーナが、彼の顔をのぞき込んでいる。青葉は思わず咳き込む。
「お前ちけぇよ。っていうかいきなり話しかけるな!」
「んー、図星かぁ?」
 レーナはくすくすと笑う。
「それにしてもたった一勝ですごい浮かれようだなお前たちは」
 彼女は上体を起こすと食堂を見回しながらそう言った。とりあえず青葉は梅花を放して、同じようにあちこちに目を向ける。
「今の意味、どう思う?」
「青葉だから意味ないのか、そういう行為自体に意味ないのかでアースの哀れ度合いが違ってくるわね」
 シンとリンは青葉たちの方をちらちら見ながらそんなことを言い合っていた。聞こえてはいるはずだがレーナは何も言わない。
「あの男がどこの所属かはいまいちよくわからないが、いずれイーストに情報が回るのは確かだ。油断はできない」
 レーナはつぶやくかのような口調でそう言った。
 意識は全てに現れる。
 油断はできない。見透かされればおしまいだ。そう、全てが。
 彼女は無意識に目を細めた。

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