white minds

第十九章 意識‐7

「風よ!」
 リンの手のひらから青白い風が生み出された。それが土煙を飲み込んで押さえつけ、茶色く濁った空気を浄化していく。
 世界が晴れた。
 そこにあったのは戦場だった。
 五十以上と言われる魔族と神技隊がそこにはいた。リンの後ろからも数人の神技隊が駆けつけてきているが、それを抜きにしてもすごい数である。リンは右隣のシンを見た。
「レーナが言ってた。ばらばらにされたのがまずいって。とにかくペアと合流させるようにしなくちゃな」
 シンは彼女の方を一瞥してそう言う。リンはうなずいて戦場に視線を移した。飛び交う攻撃に爆煙で、誰がどこにいるかを肉眼で確認するのは難しい。
『イーストの奴、考えたな。こちらが経験不足なのを見抜いたらしい。ばらばらにされるとやばいってのに気づかれた。瞳に恐怖をうつしてはいけない。不安をうつしてはいけない。負けを意識したら負ける。心はそのまま精神に影響する。とにかく一人になるな』
 レーナの言葉をシンは反芻した。確かにその通りだと思う。しかし何故そのことがそのイーストとかいう奴にわかったのか、という方が彼には疑問だった。
「考えてる暇なんてないけどな」
 走りながらシンはつぶやく。
「ときつ、頭下げて!」
 目前に彼女の姿を捉えてリンが声を上げた。その声に反応してときつはとっさにしゃがむ。彼女の上をリンの白い刃が飛んでいき、迫っていた魔族に見事直撃した。魔族から放たれた断末魔の叫びが響き渡る。
「先輩!」
 ときつの横にいたたくが歓喜の声を発した。ときつも素早く立ち上がり、リンたちに駆けよる。
「すいません先輩。数が多くて」
「いいのよときつ、無事なら。先に行ってもらったんだし」
 申し訳なさそうなときつに、リンは微笑を向けた。そしてその肩を叩く。
「シン先輩、隊長たちの姿が見あたらないんです!」
「慌てるなよ、たく。お互いの姿が確認できないようにするのが奴らの狙いだ。それで焦ったら思うつぼだろ?」
 すがりつかんばかりの勢いのたくを、シンはなだめた。
 このままじゃまずい。
 彼の中でその思いは強くなる。
 不安は確実に多くの者を飲み込んでいる。このままでは本当に負けてしまう。負けはそう、死という意味だ。
 彼はリンを見た。
「この二人を連れてとにかく進みましょう。ペアがいない人、不安そうな人はおいていけないから。とにかく少しでも早く体勢を立て直さないとだめだわ」
 リンはそうささやいて微笑んだ。その微笑みにはどこか力強さがある。
 これが彼女の頼られる理由だ。
 シンは直感的にそう悟った。
「ほら、たく、ときつ、行くわよ! あの辺の集団を片づけながらとにかくみんなを捜しましょう」
 リンの言葉に、たくとときつは大きくうなずいた。



「ずいぶん、遠くまで来てしまいましたね……」
 よつきは声をもらした。その手にはレーナお手製の銃が握られている。黒光りするその武器を片手に、彼は隣のジュリを見る。
「はい、たぶんナイダ山付近ですね。周りの気の乱れも激しいですし」
 同じく岩陰に隠れながらジュリは答えた。先ほど巨大な烈火をこの岩でやり過ごしたところである。相手の魔族は三人。どうやら全員遠距離、かつ広範囲の攻撃を得意としているようで、決して近づいては来ない。
「先ほどまでアキセさんたちの姿が見えてたのですが……」
「どうやら引き離されちゃったみたいですね」
 ジュリが銃を構えた。その次の瞬間、岩の横を青い光の筋が通り抜けていく。
「隊長、私が突っ込みますんで後ろから一発お願いします」
「ってジュリ! それは普通わたくしの役目で――――」
「私に大技はありません!」
 ジュリは岩陰から一気に飛び出した。その無謀とも思える行動に、当の魔族三人も驚きのあまり動きを止める。それを見逃すジュリではなかった。彼女は銃に精神を込め、その引き金を引く。青白く輝く弾丸が一人の魔族、その腕を貫いた。
「!?」
 残りの魔族に緊張が走る。二人は目を合わせてうなずくと、左右に分かれた。そして同時に技を放つ。
「ジュリっ!」
 よつきが叫んだ。彼の目に、彼女が小さくうなずくのが見えた。左右から襲い来る赤い光弾を、彼女はなんと素手ではじき飛ばす。どうやら補助系で強化してるらしい。彼女の手が淡く輝いている。
「隊長!」
「わかりました!」
 ジュリの言葉によつきは反応した。彼女の目の前にはあの腕をやられた魔族がいる。彼女はその背の高い魔族に向かって銃を向ける。
「ギィ!」
 残りの二人の魔族のうち、一人が叫び、両腕を前につきだした。その浅黒い手から赤い炎が扇状に広がる。それはまるで炎の波だ。ジュリはと言うと、銃を構えたままただ左手を掲げる。
「――いきますよ!」
 よつきの声が響き渡った。彼は銃の横の小さな突起を押し、それを両手で構える。そして引き金を引いた。銃口から白い光が堰を切ったようにあふれ出した。
 よつきの白い光と魔族の赤い炎がともにジュリたちに向かって突き進む。
 爆音が、鳴り響いた。
 白い光と赤い炎がぶつかり合って、妙な作用を起こしたらしい。爆風と黒い煙が辺りを襲う。
「――――ジュリ!」
 爆発の中心に向かって突き進むよつき。
「……何とか、防げましたね」
 しかし彼の心配をよそに、すぐに彼女の声は聞こえてきた。黒い煙の中から現れたジュリは苦笑しながら髪のすすをはらう。
「それにしても相変わらず隊長の銃はすごい威力です」
「それに耐えるジュリの結界の方がわたくしは怖いんですが」
「自分一人くらいなら何とかなります。心の準備はできてますし」
「そうは言っても、魔族は全員やられてますよ?」
 よつきは辺りを見回した。先ほどまで草木に覆われていた一帯は、今は不毛の大地と化している。無論、魔族たちの姿はない。
「まあ予想外に変な影響し合ってましたしね。それに精神系に近いですから、魔族にはよく効きます」
 ジュリは目を細めて空を見上げた。何かを探してるようだ。
「ジュリ……?」
「サホさんの気配がします。近いです」
 ジュリはささやくように言った。と、次の瞬間――――
「サホ――――!」
 悲痛な叫びが、二人の耳に飛び込んできた。アキセの声だ。
「!?」
「ジュリ!」
 ジュリとよつきは弾かれたように走り出した。



 鮮血が目に焼き付いた。緑と茶に覆われた世界に、その赤はひどくまぶしかった。気づいたら彼は声を上げていた。
「サホ――――!」
 自分をかばって傷ついた少女を、アキセは抱きかかえた。血の量でしか傷の深さが測れない。真っ赤に染まった彼女の右腕を、彼は見る。
「すいません、アキさん。はじききれませんでした」
 痛みを堪えるようなかすかな笑みを浮かべて、サホはささやく。長い銀色の髪にも血の色が混じっていた。彼は首を振りながら目の前の敵を見据える。
 魔族が四人。思い思いの武装をした男たちが二人の相手だった。手練れとは思えなかったが、連携は抜群だった。顔が似ているところからすると、ひょっとすると兄弟か何かなのかもしれない。
 なんとかここを乗り切らないと。
 アキセは腕の中の彼女を強く抱きしめた。
 うかつだった。こんな遠くまで誘い込まれるなんて。他の神技隊の姿が全く見えない。
 彼は歯ぎしりする。
 それでも四人相手に十分やった方なのだが、しかし今の彼にはそんなことはどうでもよかった。この事態をどうやって乗り切るか、それだけが全てだった。
「悪いが人間、お前たちの負けだ」
 四人のうち一人がそう言いながら近づいてくる。その茶色い髪が風に揺れた。
 最初の一撃をやり過ごす。そして全力で逃げる。それしかない。
 アキセは決意する。
 しかし幸いなことに、魔族の攻撃よりも先に、援軍が到着した。
「アキセ!」
 右の茂みから名を呼ぶ声とともによつきが現れた。その手にはしっかりと銃が握られている。彼は魔族に向かって一発撃つと、そのままアキセたちの前に躍り出た。
「大丈夫ですか!?」
 すぐにそのあとからジュリも駆けつけてくる。よつきを警戒して動かない魔族たちを横目に、彼女はすぐさまサホの側による。
「すいません、ジュリさん」
「サホさん、今は黙ってください。傷ふさぎますから。アキセさん、隊長の援護を」
「はい」
 サホをジュリに任せてアキセは立ち上がった。正直よつきと一緒に戦うというのがぴんとこない彼だったが、しかし今は仕方がないと割り切るしかなかった。
「アキセ、わたくしの邪魔、しないでくださいね?」
「よつきさん、それそっくりそのままあなたに返します。というかオレを撃たないでくださいよ」
「あなたが妙なところにいなければ大丈夫です。健闘を祈ります」
 よつきは微笑しながら銃に精神を込める。その笑顔は戦闘には似つかわしくない程楽しそうなものだった。それとは逆に、強ばった笑みを浮かべたアキセは小さく相槌を打つ。
「ジュリ先輩の手を煩わせるわけにはいきませんから、当たりません」
 彼の言葉が、戦闘再開の合図となった。

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