white minds

第十九章 意識‐8

 今までの奴とは、格が違う――!
 青葉は剣を握りなおした。彼の右には梅花、そしてその後ろにはようとアサキ、コスミがいる。ようの左足には斬りつけられた痕があり、その周りの服が血でにじんでいる。青葉はちらりと後ろを見た。それに気づき、ようの両脇を支えるようにしているアサキとコスミが、小さくうなずく。
「梅花」
「わかってる。後ろの三人を何とか避難させないとまずいわ。かばってる余裕なんてないし」
 梅花は周りの様子を目の端に捉えながら、右手の剣を低く構えた。彼女と対峙している大柄な魔族、その眼光が鋭くなる。
 青葉のスピードじゃ当てるのは難しい。でも私じゃ長くは保たない。
 目の前の大柄な魔族をにらみつけながら、梅花は奥歯をかみしめた。相手はかなりの強者で、戦い慣れしている。しかも動きが速いのだ。
 一発で決めるしかない。
 梅花は左手に精神を集中させた。使うなと言われていた技だが、今は仕方がない。この魔族の後ろにも数人の魔族が待ちかまえていたが、とにかくこいつを何とかする方が先決であった。
「合図をしたら三人は右へ走って。あの岩陰に。青葉はとにかく注意を引きつけて」
「わーかりまぁーした!」
「了解。目立つのは得意だしな」
 アサキと青葉が梅花の言葉に答えた。
 と、その時、一陣の風が彼らを通り抜けた。
 白い影。
 そう表現するのが一番妥当であろう。それは青葉の横を通り抜け、大柄な魔族に一直線に突っ込む。それと同時に、鈍いとも鋭いとも言えない耳障りな音が周囲に広がった。
「何奴!?」
 大柄な魔族が飛び退いてそう叫ぶ。先ほどまで彼がいたところには一人の少女が立っていた。黒く長い髪に黒い瞳。何とも言えない妙な服装のその少女は軽く振りかえった。いたずらっぽい笑みを浮かべ、彼女――レーナは小首を傾げる。
「梅花、濫用するなと言ったはずだぞ?」
 レーナは笑いながらそう言った。普段基地の中にいる時と何一つ変わらない様子だが、しかし隙はない。答えに窮して黙り込む梅花を横目に、レーナは魔族たちの方を見た。
「悪いが賭はお前の負けだ、イースト。残念ながらわれは決断が早い」
 眉をひそめる魔族に対して、レーナはそう述べる。彼女は記憶の中の一人の男に微笑みかけていた。きっと彼がこの場にいたら即放ったであろう返事を、予想しながら。
「相変わらずお前は速くて敵わないな」
 その彼女の隣に、一人の男が空から降り立った。黒ずくめの格好に差し色の赤がまぶしい。そう、アースである。彼は後ろを振り返った。
「お前らがへまをしたせいでレーナが出る羽目になった。後で覚えておけよ」
 アースの射るような視線を受け、青葉はむっとする。
「レーナが出る前にお前が出ればいいじゃねえかよっ」
「お前たちのためにわれが出るわけないだろう。われが出るのはレーナのためだけだ」
 青葉の反撃に、しかしアースは憮然とそう言い放った。閉口する青葉。
「でもさあ、レーナが戦わなくてすむように僕らが先に出るってのもありじゃない?」
「おっ、それもそうだよな、イレイ」
「珍しく冴えてるじゃん?」
 そこへ続けてイレイ、ネオン、カイキが現れた。三人はアースの後ろに着地すると、魔族たち、神技隊らを交互に見る。大柄な魔族は警戒してさらに一歩後退した。
 こいつらが……ビート軍団。こいつが、『あの女』か。
 知らず知らずのうちに彼の背を汗が流れていた。その冷たさが、さらに彼を追いつめる。
「まあとにかく今はこいつらを追っ払うのが先だよね? レーナ」
「ああ、神技隊の奴らがくたばらないうちにな」
 イレイの問いに、レーナは微笑んでそう返した。それは穏やかとも言える笑顔だったが、一瞬後には変化してしまう。恐ろしい程余裕たっぷりの、不敵な笑みに。
「では神技隊、とっとと片づけるぞ」
 彼女は動き出した。目指すのは先頭にいる大柄な魔族。
「来い――!」
 彼も構えるが、しかし彼女はあっさりとその横を通り過ぎてしまった。だが何もしなかったわけではない。青白い光弾という土産が残して、である。
「ちぃぃっ!」
 慌てて退く魔族。その間にも彼女は白い影となって残りの魔族を翻弄していた。否、倒していた。
「えぇぇぇーっ! 僕らの出番ないじゃんっ!」
 そんな彼女を見て、イレイが叫ぶ。
「前よりも……強くなってる?」
「まるで……踊ってるみたいだ」
 ネオンとカイキはそうつぶやくと、後方の青葉たちを振り返った。青葉と梅花は顔を見合わせる。
「体が軽い。完全にとは言わないが、しかし大分もとに戻っている。オリジナルのおかげだな」
 白い剣――おそらく精神系のもの――を手に一撃で片をつけていく彼女の姿は、誰をも圧倒していた。その不敵な笑顔さえ驚異的に感じられる。
「……これが、魔族殺しの姿か」
 部下を次々と倒され、うめき声のような声をその大柄な魔族はもらした。額から汗がしたたり落ちる。
「さすがです、イースト様。あなたの言葉は正しかった。彼女が出てくれば全ては終わりだ、と。しかしオレは今さら引き下がれません。お許しください、イースト様。オレはできるだけのことをやってみます」
 彼の紺色の瞳に鋭い光が差した。



 焼けこげた大地からは煙が上がっていた。鼻を突くような臭いが辺りに立ちこめ、目を刺すような赤い光が所々からその姿を主張している。
「全員、退却したな」
 魔族の攻撃でできあがった岩盤の上で、滝はつぶやいた。見渡す限りでも、また気で感知した限りでも、もう戦闘の気配はない。
「そうね。みんなを、探さないと」
 彼の隣でレンカがそう答える。相当遠くに行った者たちもいるのだと、二人は知っていた。呼び止めたものの、その声は届かなかったのだ。
「気で……」
「ええ、今やってる。でもさすがにこの人数じゃ一度には、ね」
 レンカは苦笑した。彼女の顔に疲労の影を見つけて、滝はその頭をなでる。
「滝! レンカ!」
 そこへ聞き慣れた声が二人にかかった。彼らが声の方を振り返ると、ミツバとホシワが駆けてくるのが見える。高いところにいたのが幸いしたようで、見つけてくれたようだ。
「滝さんっ」
 続けてシンとリン、たく、ときつが走り寄ってきた。たくの右腕には応急処置として巻き付けたらしい白い布がある。それが若干赤く染まっていた。
 今回の戦いは……きつかったな。
 滝は奥歯に力を込める。自分の不甲斐なさを指摘されたような、そんな気がしたのだ。
「滝にい!」
 次に駆けつけてきたのは青葉たちだった。急いで駆けてくる青葉、梅花とは違い、ようはアサキとコスミに支えられながらゆっくりとした足取りである。レンカは滝に目配せすると岩盤から飛び降りた。彼女はようたちの側へ走り寄る。
「傷口は先ほど梅花先輩がふさぎました。でも出血が多かったので」
「そう……」
 コスミの報告に、レンカは目を細めた。
 全員が無事ならいいんだけど……。
 大丈夫だと言い聞かせてはいてもやはり不安はぬぐいきれず、彼女は吐息をもらす。
「今レーナたちが他のメンバーを探しに行ってます。たぶんじきに戻るでしょう」
 そんなレンカに梅花は微笑みかけた。最近時折見かけるようになった彼女の笑顔は、やはりレーナと似ている。温かさがにじみ出るようなその微笑みは、どこか危なげで、しかし人を安心させる力があった。
「そう、ありがとう」
 レンカも微笑み返す。彼女は岩盤の上の滝を見上げ、それからホシワを見て目で合図した。ホシワはコスミたちに近づいて、彼女の代わりにようの体を支える。疲れ切っていたらしいコスミはほっと息を吐くとその場に座り込んだ。
「ごめんね、ホシワ。あなたも疲れているのはわかっているんだけど」
「いや、気にするな。自分より大きい人を支えるのは大変だからな。オレはまあ体力がある方だし、背も大きいし」
 レンカの言葉に、ホシワは首を振った。彼はいつもの優しい笑みを浮かべると、誰か来るのではないかと遠くを見やる。すると丁度サイゾウ、レグルス、ネオンのやってくる姿が彼の目に映った。足をやられたらしいレグルスを両脇からサイゾウ、ネオンが支えるという何とも妙な構図だ。
「同じ顔ってのは……なんか不思議だな」
 ホシワはぽつりともらした。彼の視界の中で、徐々にだが三人の姿は大きくなってきている。
「レーナが全員の気を見つけた。たぶんもうすぐみんな戻ってくるさ」
 レンカたちの側まで来ると、ネオンはそう報告した。その場の者に安堵の色が戻ってくる。
 鼻孔をくすぐる焦げ付いた匂いも、先ほどとは違いどこか澄んでいるような気がした。

◆前のページ◆   目次   ◆次のページ◆

このページにしおりを挟む