white minds

第二十章 平凡な戦闘‐2

「あれ? 梅花一人? レーナたちは?」
 食堂に戻ってきた梅花に、青葉は驚きの声を発した。雪を払ったばかりらしい梅花の髪は、少し濡れている。彼は慌てて彼女に駆けよった。
「レーナはまだ外。基地のすぐ側で、空を見てるわ。アースは、まあ言わなくてもわかると思うけど」
「空? って梅花お前、手冷たい」
 青葉は梅花の手を優しく握る。梅花は怪訝そうな顔で彼を見上げたが、彼は微笑むだけだった。
「そのまま実行されると反応に困るわね」
「だな」
 そんな二人の様子を見て、窓際でリンとシンはささやきあう。しかし、聞こえていないのかそれとも無視しているだけなのか、青葉は振り向きもせずただそのまま柔らかに梅花に微笑みかけていた。
「あ、青葉……?」
「ん?」
「……やっぱり、最近あなたなんか変」
 とまどう梅花の発した言葉は、青葉にダメージを与えた。脱力しそうになる自分を必死に抑えて、彼は口を開く。
「変って。オレはただ……」
「ただ……?」
「いや、何でもない」
 気づいて欲しいという願いはむなしくも消え去った。何度も口にしかける言葉は、今日もまた発せられることなく飲み込まれる。
「私は……どこで間違えたのかしら……」
 うつむく青葉の耳に、かすかにだが彼女のそんな声が聞こえた。驚いて彼が顔を上げると、彼女はどこか遠くを見つめるような顔をしていた。だがその視線の先には床しかない。
「梅花……?」
「ごめんなさい、何でもない」
 彼女は微笑みながらゆっくりと首を横に振った。一本に結んだ髪が揺れるその様はどこか儚げで、彼は目を細める。
「レンカ先輩……奥にいるわよね?」
 梅花は握られていた手をするりと抜いて、軽く微笑みながら厨房へと向かった。
 青葉はただ黙ってその後ろ姿を見つめるだけだった。



 魔族の襲撃があったのは、その晩のことだった。いつも通り司令室で見張りをしていた青葉たちは、やはりいつも通り駆けつけてきたレーナの方を振り向く。
 モニター上で点滅する赤い光。それを見つめてレーナはうめいた。
「あいつら……どう来る気だ。あれから、時間はたってない。何を考えている……?」
 その独り言とも取れる言葉に、首を傾げる青葉。
 やってきた魔族の数はこの間に比べれば少ないものの、それでも二十人近くはいるようだった。それが今は全員空中で静止したままだ。
「嫌な予感がする……われが出てすぐに一掃する」
「ぬぁっ、何言ってんだよ!? んなことされたらオレらがアースに殺されるっ」
「なら早く出撃準備をしろっ!」
 青葉は再び眉をひそめた。レーナの肩を叩き、彼はゆっくりと口を開く。
「何焦ってんだよ、レーナ。落ち着けよ」
「嫌な……予感がするんだ……」
 レーナは絞り出したような声でそう言うと、すぐ側の梅花を見た。梅花はうなずき、成り行きを見守っていたアサキたちを促す。
「相手の数が多いから全員出撃といきたいところだけど、応援が必要だわ。アサキとようは残って放送の方をお願い。残りはすぐに出動を」
 梅花はそう声をかけながら、青葉とレーナの間に割って入り、二人の腕を取った。
「早く行かなきゃならないんでしょ?」
「オリジナル……」
「梅花……?」
 微笑む梅花。
 三人は顔を見合わせると、一斉に駆けだした。
 緊急の放送がかかったのは、それからすぐのことだった。



「なっ、ばらばらに降りてくるだと!?」
 星と月しか見えない空を見上げてレーナは声を上げた。走り出してしまえば結局早いのは彼女である。しかし予想外の相手の出方に彼女は立ち止まった。
 風が、彼女の髪をなでつけていく。
「レーナ!」
「十八人全員がばらばらに降りた。妙だし面倒だが一人一人叩くしかない」
 最初に追いついてきたのは梅花だった。彼女に向かってレーナはそう説明し、また走りはじめる。すぐにその姿は見えなくなった。
「梅花っ」
「青葉、レーナは先に行ったわ。何故か魔族はばらばらみたい。それぞれのペアで一人ずつ片づけるしかないって」
 続けて駆けつけてきた青葉にそう言い放ち、梅花は後ろを見た。暗闇の中、数人の足音が聞こえてくる。草の匂いが立ちこめており、まだどこかが攻撃されたような気配はなかった。
「わかった。じゃあゲイニ先輩たちはあっちに。よつきとジュリは向こう。たくたちはあっち。オレらはこっちへ行こう」
 青葉はすぐさま指示を出した。追いついてきたばかりの面々も、その言葉に瞬時に反応してまた走り出す。
 ……確かに変だな。ばらばらになるなんて、見つかってしまえば不利だというのに。それだけ強い奴らを集めたのか?
 魔族の気を追いながら、青葉は心中でつぶやいた。
 しかも……この方向はヤマトの方だ。
 彼は隣の梅花を見た。彼女も同じように思っているのだろう。怪訝そうな顔のまま、目前に迫る山を見据えている。
「町に入られたら終わりね」
 梅花がささやいた。と、その時――――
「なっ!?」
 山の一部が、紅に染まった。
 梅花は青葉の腕を軽く叩き、そして加速する。彼女は低空を飛び、攻撃されたとおぼしき場所を目指した。
「くそっ! オレがもっと速ければ」
 その後を追いかける青葉。しかし速さでは梅花の方が上だった。必然的に、彼はどんどん離されていく。
 梅花はすぐに現場に到着した。近くに魔族の気があるのだが、姿は見えない。彼女は辺りを警戒しながら炎をよけて歩き始めた。
「!?」
 何か気配を感じて、彼女はとっさに膝をついた。彼女の頭上を赤い矢のような物が通り過ぎていく。
 妙だ。
 梅花はそう感じた。先ほどから感じていたことだが、この魔族の行動はおかしかった。
 町を攻撃するつもりならこんな山になどいる必要はないし、隠れて迎え撃つつもりなら先ほどの爆発に意味がなくなる。
 一人にさせるつもりだったのかしら……。でも確証がないのに仕掛けてくるのは危険としか言いようがないわ。
 彼女は右手を振り上げる。その手から生まれた結界は、彼女を狙って飛んできた炎球を見事にはじき返した。
「梅花っ!」
 そこへ青葉が駆けつけてくる。彼は彼女の隣に立つと、辺りに目を配った。
「暗くて炎しか見えないな」
「ええ。気をつけて、相手の目的がよくわからないわ」
 二人は背中合わせになる。
 次の攻撃はすぐにやってきた。
 炎の矢のような物が十数本、彼らに向かって突き進む。しかしそれは瞬く間に梅花の結界に阻まれた。
「まさか……時間稼ぎ?」
 梅花がつぶやいた。はっとした青葉は魔族の方向へと駆け出す。炎の矢はなおも彼らを狙っていたが、しかし青葉はそれらの攻撃を自らの炎の剣で薙ぎ払っていった。
 見つけた!
 彼は魔族の姿を捕らえる。背が高く髪の長い男だった。その男は小さく舌打ちすると大きく飛び上がる。
 そして――――
「に、逃げた……?」
 そのまま、上空へと消え去ってしまった。
 残された青葉はただ夜空を見上げるだけ。
「青葉……」
「逃げ……られた」
 呼びかけられた青葉は振り返り、弱々しい笑みを浮かべた。
 燃える炎の音が、二人の耳に強く残った。

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