white minds

第二十章 平凡な戦闘‐3

 司令室の中は、真夜中ではあるが煌々とした光に照らされていた。しかしそこにいる者たちの表情は暗かった。特に最初に出撃したメンバーは、沈んでいると言った方が的確なぐらいである。そのせいで、彼らを囲んでいる他の者も、口を挟めないでいた。
「われが仕留めたのは全部で八人」
 レーナがゆっくりと口を開く。八人というのは彼女が追いかけた魔族全員だ。つまり誰をも逃がさなかったことになる。だがしかし重い顔のまま、彼女はその長い前髪をかき上げた。
「で、オレらは全員取り逃がした……」
 青葉がうめいた。彼の顔によりいっそう影が生じる。
「ああ、だが仕方がないとも言える。奴ら、引くのが早すぎたからな」
「でもレーナは全員仕留めたんだろ?」
「おいおい、われが何と呼ばれてたか知ってるか? 『瞬殺の魔』だぞ? いくら弱くなったとはいえ、これくらいはできる」
 レーナはいたずらっぽく笑うと青葉の腕を軽く叩いた。それでもまだ何か言いたそうな彼をさえぎり、彼女は言葉を続ける。
「気になるのはあまりに引き際がよすぎることだ。目的がわからない。ひょっとしたら何かを埋め込むか何かしにきたのかもしれないが……確証はないな。だが明日調べる必要はあるかもしれない」
 目的がよくわからないという梅花の言葉を、青葉は思い出した。
 何か釈然としない……。不可解な印象しかない。それがひどく気分を乱すのだ。
「まあ何にしろ明日日が昇ってからだな。割り当て以外の者は寝た方がいい」
 レーナは周りを囲んでいる者たちにそう言った。大概が緊急放送で呼び出された者たちだ。彼らが去っていくのを見送って、彼女はつぶやく。
「嫌な予感……的中しなきゃいいがな」
 それはひどく重い言葉だった。



 謎の魔族来襲から二日がたった。魔族の現れた場所を探索してみたけれど、結局何も見つからなかった。手の打ちようがなくなった彼らは、普段通りの生活を送るしかない。平穏ではあったが、しかしそれがかえって不気味でもあった。
 窓を磨きながらサホはふと外に目をやる。
 雪はすっかり溶けて、地面はまた青い草に覆われていた。しかし太陽は雲に隠れており、寒々とした様子は以前のままである。
「あれ、サホ、またお掃除?」
 そんな彼女の姿を見つけて、ミツバが声をかけてきた。サホが慌てて振り返ると、彼女のその豊かな銀髪が空を踊る。
「傷はもういいんだっけ?」
「はい、ジュリさんがすぐに治してくれたので、次の日にはもうばっちりでしたから。それは……ケーキ、ですか?」
 ミツバは大きなお皿を持っていた。そしてそのさらにはこれまた大きなケーキが載っている。チョコレートで綺麗に飾られたそれは、見るからに美味しそうだった。
「うん、レンカが作ってくれたんだ。ホシワの誕生日祝いとしてね。本当はホシワ、甘いものは苦手なんだけど、でもレンカが作るのは甘すぎないし美味しいからさっ」
 ミツバはそう言ってにっこり笑った。その顔は本当に嬉しそうで、彼の素直さがにじみ出ている。つられてサホも微笑んだ。
「ストロング先輩たちは、仲いいんですね」
「あれ? ゲットは誕生会とかしないの?」
「えっと、まだ、会ってからそうたっていなかったので。ここに来てからは、その、こんな感じですし」
 サホははにかむようにそう答える。ミツバはその緑色の瞳を不思議そうに丸くすると、すぐにきらきらと顔を輝かせ、彼女の肩を叩いた。
「じゃあさじゃあさ、今度のクリスマス……ってサホはあっちに行ってないからわからないか。そう、今度のリシヤの日にパーティー開こうよ! みんなでさ。僕、滝たちに言っておくよ」
 ミツバはそうまくし立てると、じゃあね、と言いながら去っていった。その慌てぶりに、ケーキを落とすのではと心配になるサホだったが、その必要はなく、彼は無事にホシワの部屋に入っていった。
 彼女は苦笑する。
「パーティー……ですか。いいんですかね、こんな時に」
 彼女のつぶやきは、静かな廊下にぽつりと取り残された。



 生成色の壁の囲まれて、彼女はうんざりとしたため息をついた。
 窓から外を眺めても、見えるのは荒涼とした大地とうっそうとした空のみ。
「いつから……こんな風になったのかしら、ここは」
 ワインレッドの髪をなびかせて、彼女は歩き出す。一刻も早くこの空間から出ていきたかった。門の前にいる部下たちには驚かれるだろうが、しかし彼女にはどうでもいいことだった。
「崇め奉り、飾っておく人形じゃないのよ、私は」
 飲み込みきれなかった言葉が口からもれる。しかし結局彼女はそこから出ていくことはできなかった。
「やあ、レシガ」
「イースト……今度は何の用?」
 目の前に表れた空色の髪の男を、彼女――レシガは見上げた。彼、イーストの爽やかすぎる程の微笑みに、彼女は口の端を上げる。
「作戦の方はどうだい?」
「第一段階成功ってところよ」
 彼の問いに、彼女は即答した。満足そうにうなずく彼を横目で見ながら、彼女は再び窓の方へと近づく。
「でも……八人の命を失ってしまった」
 彼女の声に、抑揚はなかった。
 仕方のないことではある、と、そう言い聞かせても、でも重い気持ちはぬぐえない。彼女は目を細め外を眺める。
「ああ、仕方のないこととはいえ、辛いな。しかし成功したのならまだいいだろう」
 イーストはうなずく。
 そう、成功させなければ報われないのだ、彼らは。
「レシガ……」
「わかってるわ、イースト。必ず、成功させる。もうじきブラストもよみがえるわ。好機は私たちにある」
 レシガは振り向いた。彼女の金色の瞳に光が宿っている。それを見てイーストは微笑み、うなずいた。
「ああ、好機は我らに」
 ひどく不確かな、けれども力のこもった言葉だけがその空間を漂う。それ以外に、音はなかった。ただ静かに時が流れていくのを、彼らは感じていた。



「に、逃げるのかっ!?」
 飛び立つ魔族二人に向かって、ラフトは叫んだ。逃すまいとそのくせのある髪を振り乱し飛び上がる彼は、だが後一歩のところで振り切られてしまう。嘲笑うかのように小さくなる後ろ姿を、彼はにらみつけた。
「また……かよ……」
 彼の口から苦々しい声がもれる。
 魔族の行動は、四日前の来襲の時と何ら変わりなかった。
 やってきたと思ったらばらばらに散り、適当に戦闘をして時間を稼ぎ、そして潔く逃げる。その目的は、はやり不明のままである。
「ラフト……とにかく、降りてきなさいよ」
 空中で怒りをあらわにしたまま静止している彼を、カエリは呼んだ。その声を聞き、とりあえず彼はゆるゆると地上に近づいてくる。地面に降り立つと、木々の匂いが彼を覆った。
「くそぉっ!」
 怒りで熱くなった頬を、彼は叩く。
「くそっ! 何なんだよ、あいつらっ!」
「あんたが怒っても仕方ないでしょ? ほら、早く滝たちと合流しないと」
「んなこと、わかってるけど……」
「わかってない」
 カエリはその短く黒い髪をかきむしった。それからラフトの腕をつかむと強引に引っ張りはじめる。一瞬呆気にとられたものの、すぐムキになりラフトは反抗しようとするが、カエリはそんな彼に冷たい視線を向けた。
「敵がいなくなったんならここにいる意味なし。時間と体力の浪費。まさかここ一帯はげ山にでもして、あいつらが何かしてた証拠でも探そうって言うの?」
 鋭い彼女の言葉に、さすがの彼も言葉に詰まった。小さいとはいえこの山焼き払うのは体力を消耗することだし、何より付近住民に大迷惑だ。山の麓からはヤマトの町が広がっている。何を言われるかわかったものではない。
「わかった? だからほら、さっさと歩く」
「おう……」
 単調で、平凡で、何てことはない相手の出方が、どうしてこんなに心を揺さぶるんだろう。
 山の頂上にふと目をやりながら、ラフトは考える。
 だが答えは得られぬまま、時間だけが過ぎていくのであった。

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