white minds

第二十章 平凡な戦闘‐5

「パーティー?」
 フォークを手にしたまま、青葉は素っ頓狂な声を上げた。彼の隣にいる梅花も、怪訝そうに顔をしかめている。
 この日はいつにもまして、夕食時の食堂の混み具合がすさまじかった。おそらくほとんどのメンバーが来ているのだろう。そのせいかいつもは寒々としたこの部屋も、どことなく暖かい。いや、むしろ熱気があるくらいだ。
「ああ、そうだ。二十五日にやりたいと思うんだが」
 カウンターに座りながら滝はそう告げ、うなずく。彼の言葉に、食堂はにわかにざわついた。
「二十五日ってことは、えーとクリスマス?」
「あっちではね。こっちではリシヤの日よ、シン」
 青葉たちの向かいにいるリンとシンは不思議そうに顔を見合わせる。彼らの、いや、皆の考えていることは一つだった。
 何故こんな時期にそんなことをするのか。
 それが疑問でならなかった。魔族の謎の行動を考えれば、今はパーティーなんかしてる場合じゃない。油断はするなとこの前言われたばかりである。
「ああ、言いたいことはわかってる。大変な時期に何でんなことするんだって、思ってるんだろ? オレも最初はそう思った」
 滝はフォークを置いてそうつぶやく。厨房の中のレンカと目が合い、彼は苦笑した。ミツバから話が出た時のことを思い出したのだ。
「油断はしちゃいけないが、かといって緊張を保つのは難しい。それにだな、オレら技を使う者にとって精神面ってのはかなり重要なんだ。つまり潤いも大事、と」
「それってレーナの受け売り?」
「ああ、もちろん」
 青葉の問いに、またもや滝は苦笑した。やはり見抜かれたか、と。
 そう、彼女の言葉はある意味絶対的である。納得せざるを得ない何かがあるのだ。それが何故なのかはわからないが。
「それにだな、同じ隊のメンバーやペア同士ならいざ知らず、他の人と仲を深める機会ってなかっただろ? それも何とかした方がいい、ってのも理由の一つだそうだ」
 何人かが『仲を深める』という言葉に反応を示すのを、滝は見逃さなかった。
 ……予想通りすぎて怖いな。いや、怖いのは彼女の方かもしれないが。
 彼は心中で独りごちる。
『精神を利用するというのはかなり難しいのだよ。本当に戦争をするなら、心なんかない方がいい。でも我々にはそれが必要なんだ。戦いながら、幸せな気分を持続させようなんて無理な話だろ? それを実現させようっていうのだ、生半可なことではない。まあ、特に、愛なんぞを扱おうと思うと骨が折れるな。生まれたものはどうしようもないが』
 だから向上のきっかけを与えないとな、と付け加えて笑ったレーナの顔を、滝は脳裏に浮かべた。
 おそらく全ては彼女の経験故のものなのだろう。だがそれにしても的確すぎて怖かった。まるで――――
「全てを見抜かれているみたいだな」
 彼女は全てを知り尽くしているかのようだ。
 彼のつぶやきを、レンカは聞きつけたのだろう。怪訝そうな顔をしている。滝は微笑した。
「ん、いや、何でもない」
 軽く手を振り、彼はまたざわめく仲間たちの方へ目を移す。
「で、パーティーのことだけど、納得してくれたのか?」
 彼の問いかけを、拒否する者は誰もいなかった。



 魔族がやってくることもなく、一週間以上がすぎた。五日程前から振ったり止んだりを繰り返している雪は、今も灰色の空からゆっくりと落ちてきている。山はもちろんのこと、草原も白く覆われた。これが根雪となるだろう。痛い程冷え切った空気のせいで、外に出る者は滅多にいない。
 しかしそんな中をレンカは歩いていた。
「これで材料は全部揃ったわね」
 彼女は両手いっぱいに紙袋を抱えている。そして同じように紙袋を抱えた滝、ホシワが彼女の後ろを歩いていた。
「大体のものはあるはずだったんだけどね。でもさすがにパーティーともなると、足りないものも出てくるものね」
 白い道に足跡をつけながら彼女はつぶやく。今や食堂は彼女の独擅場だった。彼女の料理の腕前は素晴らしく、しかも手早いのだ。この大人数の食事を一人でどうにかできる者なんて、彼女ぐらいしかいないだろう。レーナ特製の調理器具もそれを手助けしている。
 そしてもちろん今日のパーティー料理も、彼女の担当だった。
「まだ昼前なのにこの寒さか。夜は、相当冷え込みそうだなあ」
 そう言う滝の口から吐く息は、真っ白だった。着込んだはずなのにやはり冷気が身に凍みる。晒された頬がつっぱっていた。
「ええ、そうね。温かいもの作らなくちゃ」
 強ばりそうな顔を無理矢理ゆるめながら、レンカは答えた。
 降り積もる雪。三人の頭の上にも白い帽子ができあがっている。白銀の世界に浮かぶ彼らの姿は、ゆっくりと巨大な基地を目指していた。



「リンさん、それは何ですか?」
 皿を運んでいたサホは、見慣れた後ろ姿にそう問いかけた。リンは、食堂から持ってきたらしい椅子の上に立ち、大きな木に手を伸ばしている。真っ白な修行室で、それはひときわ目立っていた。
「あ、これ? これはね、クリスマスツリーっていう奴よ」
 リンは振り返り、笑いながら細い木の幹を軽く叩く。再び出てきたクリスマスという単語にサホは首を傾げる。そんな彼女のもとへ、大きなお皿を持ったジュリが近づいてきた。
「クリスマスというのは、あちらの世界にある一種の宗教行事ですよ。ええと、確か、神様のお誕生日だとか」
「正確には、神の子、だったと思うけどね」
 続けて梅花もやってくる。彼女が手にしていたのは大きな花瓶だった。どうやらきちんと花まで飾るようだ。この季節にどこで手に入れてきたのかは謎だったが、色とりどりで美しい。
「その日には、こうやって木に星をつけるんですか?」
「ええっと、本当はもっとたくさん飾りを付けるものだと思うんだけど……」
 屈託なく微笑まれ、困惑しながら梅花はその木を見上げた。丁度リンが星形の飾りを木の天辺に取り付けたところだ。だがそれ以外に飾りらしきものは見あたらない。
「残念ながら適当なのが見あたらなかったのよね」
 椅子から降りて、リンがため息をついた。本当はもっと豪勢にしたかったのだろう。その様子に、ジュリとサホは顔を見合わせて微笑む。
「さすがリンさん、こだわりますね」
「こういうのはにぎやかにやらないと、ですもんね」
 ウィンでの過去を、二人は思いだした。昔と、やっていることは変わらない。
「それにしても……不思議ですよね……」
 梅花が、ぽつりとつぶやいた。彼女の目はツリーを捉えているのだが、しかしどことなく遠くを見つめているようにも思える。長い前髪の隙間から覗く瞳が、揺れていた。
「神の子の誕生と、リシヤの日が同じ日だなんて」
 リンたちもつられてツリーを見上げた。どこから取ってきたのか疑問であるその木は、白い空間の中でその存在を主張している。
「リシヤの日って、女神リシヤがあの森に降り立った日だと言われてるんですよね。降り立って、そして、再来を告げた日だと」
 梅花の言葉に、三人は驚いて彼女を見た。リシヤの日がいつであるかは、それは誰でも知っている。全ての『族』がそれぞれ特別な日を持っているからだ。ヤマトは四月二日、といったように。しかし何故その日なのかということを知っている者は聞いたことがなかった。
「まあその再来を前に、リシヤは滅びてしまったんですけど」
 不思議そうな三人の視線に気づき、梅花は苦笑した。それから小さく付け足す。
「宮殿には神話めいた古文書がたくさんあるんですよ。私、よく解読させられてましたから」
 その表情はレーナが時折見せるいたずらっぽい顔とよく似ていた。あまりにも似すぎていて、息を呑む程に。
「そのリシヤって、あの転生神リシヤのこと?」
「そこまでは書いてませんでしたけど、たぶんそうなんでしょう。そんな町が一瞬で消え去ってしまっただなんて、不思議ですよね」
 梅花は花瓶をテーブルの上に置くと、軽くのびをした。その長い黒髪が優雅に揺れる。
「リン」
「梅花!」
 そこへ聞き慣れた呼び声とともにシンと青葉がやってきた。広い修行室のど真ん中に設置されたテーブル。そこへ持ってきた料理を並べると、二人は満面の笑みでそれぞれ意中の人に声をかける。
「もう料理は全部揃ったってさ。運ぶの、手伝ってくれないか?」
「うん、わかった。って他に人手ないの? シン」
「残念ながら料理をつまみ食いしそうな奴らだけなんで」
 シンとリンはそんなことを言いながら連れだって歩いていく。そんな二人を横目にしながら、青葉は背後から梅花を抱きしめた。梅花は眉をひそめる。
「何? 青葉」
「オレらは別件ね。レーナたち呼んでこいだとさ」
「二人でわざわざ?」
「オレだけだとアースとまたいざこざ起きるから。梅花だけだとアースが置いてきぼりになって機嫌悪くなるから」
 難儀ねえ、ともれた言葉が、まさか別の場所で自分たちにも注がれていたことを、梅花は知るよしもない。
「サホさんも負けていられませんよねえ」
「は、はい?」
 見守るジュリの視線の生暖かさに、サホは気づきおののいた。

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