white minds

第二十一章 ずれ始めた心‐2

「サホーっ!」
「あ、リンさん」
 呼び止められて、銀髪の少女――サホは振り向いた。走り寄ってきたリンは彼女に飛びつき、声をもらして笑う。
「サホ、お誕生日、おめでとうっ!」
 背後から回された手の中には、小さな包みがあった。可愛らしいリボンがついたそれは、一目でプレゼントだとわかる。その包みを手渡され、サホは微笑んだ。
「リンさん、私の誕生日、覚えててくれたんですね」
「当たり前でしょ? 大事な大事なサホのだもの」
「でもリンさん、誰の誕生日でもすぐ覚えますよね」
 リンは腕を放した。そしていらずらっぽく笑い、サホのおでこを指でつつく。
「みんな大切だからねー。でもサホは特別」
 その言葉に一瞬きょとんとしてから、サホはおでこを押さえてくすくすと笑った。そんな彼女の様子を、嬉しそうにリンは見守る。
「私の誕生日、覚えててくれるのってリンさんたちぐらいですよ? 年明けて三日だなんて、普通忘れます」
 サホは包みを大切そうに手のひらに収めた。その軽さと小ささから予想するに、髪留めか何かの飾りか、とにかくその類だろう。でも十分すぎる程嬉しい。
「もうー、私も今年は渡せないかと思ったわよ。だってサホと私のシフト、ずれてるんだもん。ぎりぎりになって、ごめんね」
「いえ、嬉しいです、本当に」
 そう、時刻はとっくに夜だった。今は十一時。もう少し遅ければ日付が変わってしまっていた。リンは安堵の息をもらす。
「他には?」
「あ、先ほどジュリさんにお花もらいました」
 サホは微笑む。どうやらその花はローラインが育てたものだったらしいと、後に彼女は聞くことになるのだが、今はまだ知らない。
「そう、で、彼からは?」
「彼?」
 リンの言葉に、サホは首を傾げた。その様子を見て、リンは深くため息をつく。その黒い髪が軽やかに揺れた。
「もらってないの? アキセからは」
「ええーっ、ちょっと待ってくださいよ、リンさん。な、何の話ですか?」
「だって昔からの憧れの彼でしょ?」
 サホは顔を真っ赤にして思いっきり首を横に振った。だが後ずさろうとするその肩を、リンはがっちりつかむ。
「ごまかしても無駄よー、サホ。えーと、確か親戚のご近所さん、その息子だっけ? よく行き来してたもんねー。本当すごいわー、偶然ってのは。それとも運命って奴?」
「リ、リンさんっ!」
 混乱の極みにいるサホは、手足をバタバタさせて何度も首を振った。そんな彼女の様子を見ながらリンはいたずらっぽく笑い、その手を離す。
「冗談よ、落ち着きなさい、サホ。でもそっかー、渡してないのかー。貧弱もの」
「ちょ、ちょっとリンさんっ! 私の誕生日なんて、覚えてないですよ、アキさんは。ずいぶん昔の話ですし!」
 リンが何を考えているのか察したサホは、慌ててその腕にすがりついた。リンは輝かんばかりの笑顔を浮かべ、相槌を打つ。
「そうだとしたらなお悪いわ。うん。大丈夫よ、サホ」
「な、何がですかー! お願いですよ、リンさん」
「はい、わかったから、そんな声出さないで」
 リンは懇願するような瑠璃色の瞳を見つめ、その頭を優しくなでた。そして小さくつぶやく。
「だから頑張ってね」
 そのささやきに、再びサホは顔を真っ赤にさせた。



 その日は朝から何やら騒がしかった。いや、正確にはその予感があった。というのも実際彼らはその現場を見たわけではないからである。
「すいませーん!」
 その騒ぎを知らせにやってきたのは、他世界戦局専門長官、リューの補佐をしている青年だった。急いできたらしい彼は息を切らせ、基地の入り口のところで喘いでいる。
 そんな彼の姿を見つけたのは、梅花だった。彼は幸運だった。そうでなければ怪しい者だと見なされていた可能性もある。梅花は見知った顔に、驚きの声を発した。
「何かあったの?」
「あ、う、梅花さん! それが、宮殿が、宮殿が大変なことになってるんですっ!」
 彼は訴えかけるような目でそう言い、彼女の肩をつかんだ。それから自分の無礼に気づき、慌てて手を離す。
「あ、す、すいません。つい……」
「それはいいから。宮殿で、何があったの?」
「宮殿に、人が、押し掛けてきてるんです」
 梅花は一瞬目を丸くした。何を言ってるのか、理解できなかった。宮殿に入ることはおろか、近づくことすら普通の人はしないし、またできないはずである。
「押し掛け……?」
「バイン、イダーの人々が、約四十人程。でもさらに増えてきてるんですっ」
 彼は悲鳴じみた声を上げた。梅花はうなずき、彼の腕を軽く叩く。
「わかった。こちらも対応します。あなたは、先に宮殿に戻って」
「ええーっ、あ、あの中を、戻るなんて無理ですよっ!?」
「……じゃあここに残ってて」
 梅花はそう言い残すとすぐさま踵を返した。慌てたように上がった彼の声を背に、彼女は小走りで司令室へ向かう。
「滝先輩!」
「どうした? 梅花」
 司令室に飛び込むと同時に、梅花はその名を呼んだ。驚いた滝が彼女の方を振り返る。彼女はすぐに彼と、その隣のレンカの顔を見た。
「大変です。異常事態が発生しました」
「異常事態?」
 今や司令室中の人が彼女の方に注目していた。それでも梅花はかまわず話を続ける。
「宮殿に、バインとイダーの人々が大勢詰めかけているらしいです。どうやら宮殿側では押さえ切れてないようです。ひょっとしたら、例の噂のせいかもしれません」
 例の噂。
 滝は立ち上がった。
 義務ではないが、放っておくわけにもいかない。彼はレンカとうなずきあい、周囲に目をやる。
「今は四十人程。でもどんどん増えているそうです」
「四十人……抑えるには厳しいな。わかった、すぐに向かおう」
 彼はそう言うと、放送をかけるよう、指示を出した。それにはアキセがうなずき、操作を始める。
「まずはラフト先輩にカエリ先輩、ダン、すい、サイゾウ、レグルスに行ってもらいます。梅花、案内頼めるか?」
「はい。でも念のため、青葉を連れていきたいんですけど」
「その方がこっちも嬉しい」
 梅花はうなずき、ラフトたちに目で合図した。そして彼らは司令室を出てそのまま走り出す。
 青葉は、運良く食堂の入り口当たりをうろうろしていた。彼らはすぐにその姿を発見し、声をかける。
「青葉!」
「う、梅花? 何かあっ――――」
「いいから一緒に来て、お願い。話は後で」
「お、おうっ!」
 お願い、などと言われれば断れるわけもない。青葉はすぐに彼らに合流し、説明を受けた。
「とにかく何が起こってるのかを確かめなきゃね……」
 宮殿へと向かいながら、梅花は小さくつぶやいた。

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