white minds

第二十一章 ずれ始めた心‐4

 その状況は、一言で表すなら乱戦だった。正確ではないが、しかしそのようにしか思えなかった。人が、魔族が、どこにいるともすぐ判別できない程入り乱れている。
「滝」
「ああ、わかってる。とにかく一般人を避難させないとだめだ」
 宮殿までは後少しある。だが遠目からでも、その乱戦の原因が詰め寄った人々であることは明らかだった。逃げまどう彼らの動きはめちゃくちゃだ。滝とレンカはうなずきあう。
「レーナ!」
 並んで走る二人の隣を、白い影が駆け抜けた。それに気づいてレンカが声を上げる。呼ばれたレーナはスピードを落とし、二人の方を振り返った。
「今は一刻を争う。だからわれは先に行く。人間たちの方を頼む」
 そう端的に告げ、そのまま再びスピードを上げようとするレーナ。だがその腕を、何者かが強くつかんだ。
「アース……」
「一人で行くなと何度言えばわかるんだ?」
「遅かったお前が悪い」
 険しい顔のアースを見上げ、レーナはちょっとにらみつけた。だがすぐにいつもの笑顔に戻り、彼女は小首を傾げる。
「でも一人じゃなければいいのだろ? 急ぐぞ、アース」
「ん、ああ」
 二人は顔を見合わせると走り出した。いや、走っているのかどうかわからない速さで、その後ろ姿が見えなくなる。技によるものだろう。滝とレンカは目を合わせる。
「とにかく私たちも相当急がないとまずいってことね」
「ああ」
 そう言いながら後方に視線を移すと、白銀の世界を駆けてくる仲間たちの姿が見えた。皆が、この緊急事態に焦っている。
 何故、こんなタイミングで魔族が……。
 胸に宿る嫌なものを感じながら、彼らは走った。



「ジュリ!」
 駆けよってくる希望の姿を見つけて、カエリは声を上げた。彼女の後ろには倒れたままのレグルスと、足をやられて動けないラフトがいる。
 蹴散らされた白い雪には赤と茶が混じっていた。その様はひどく生々しく、ジュリの目に映る。彼女は隣のよつきに目配せをした。
「わかりました。少し派手にいきますね」
 よつきはそうささやきうなずく。
 ジュリがレグルスの側によるのと、よつきが戦闘を開始するのとは同時だった。彼の銃口が魔族に向けられ、そこから放たれた白い弾丸がその腹をかすめる。魔族たちの注意が、よつきに向けられた。
「レグルスさん」
 ジュリは念のため横たわっているレグルスにそう呼びかけた。だがやはり返事はない。
「無理矢理、布巻き付けたんだけど……」
 座り込んだままのラフトが力無くそう言った。確かに傷とおぼしき場所に布は巻いてある。もとがどんな色だったのかわからない程それは赤く染まっていた。ジュリはその布をそっとはがす。
 出血は……やっぱりひどい。でも傷がふさがりかけてる。自分で……無意識に……?
 彼女は眉根を寄せた。だが今はそんなことを考えている場合ではない。そう言い聞かせて彼女は右手を傷口にかざす。
「他は誰がやられてるかわかりますか?」
「サイゾウとすい。あと梅花もたぶんやられてる。サイゾウとすいはダンが守ってるはずだ。動けないけど意識はある、たぶん」
 ジュリの問いかけに、ラフトはそう答えた。それは予想以上に重いものだった。思わず息がもれる程に。
「よく……もちましたね」
 治癒を行いながら、ジュリはこぼした。それは彼ら全員と、そしてレグルスに向けたものだった。一歩間違えれば確実に死に囚われていた。
「それもまあ、青葉と梅花のおかげだけどな」
 ラフトが、つぶやく。彼の視線は爆煙でかすんだその先を向いていた。そこにいるはずの二人を見ていた。
「そうですか……」
 手遅れにならなくてよかった。胸の内でその言葉を何度も繰り返しながら、ジュリは柔らかく微笑んだ。



「レーナ! アース!」
「遅くなって悪かったな」
 突如現れた二人に、青葉は歓喜の声を上げた。血と汗で汚れた彼の服を見て、レーナは顔をしかめる。それから彼女は後ろを一瞥した。そこには左肩を抑え、片膝を立てた梅花の姿がある。どうやら出血はもう止めてあるようだった。だが俊敏に動けるはずはなく、おそらく結界張りにでも専念していたのだろう。
「……さっさと片をつける」
 レーナがささやいた。その黒い瞳には不気味な程穏やかな光が宿っている。その様子に、青葉とアースは何となく不安を覚えた。
「青葉、お前は梅花を頼む。そこを離れるなよっ」
 そう告げるとレーナは一気に地を蹴った。向かう先には二人の魔族。だが彼女は躊躇することもなく右手を掲げた。
「悪いが斬るっ!」
 彼女の右手に巨大な白い刃が生まれた。その背をとうに越す程の刃を、彼女はそのままの勢いで振り回す。
 悲鳴が、もれた。
 その刃は二人の魔族の体を一刀両断していた。その姿は光の粒子となって、跡形もなく虚空へと消え去る。
 だがそれでも彼女の動きは止まらなかった。振り回したその反動で一回転すると、まるで空に壁でもあるかのように足蹴りをして、別の方へ飛ぶ。
 その一連の様は優雅ですらあった。踊っているようですらあった。あまりのことに青葉とアースは立ちつくす。しかし青葉はすぐにはっとした。
「そうだ、梅花っ」
 彼は後方にいる梅花まで駆けより、その細い体を力一杯抱きしめた。疲れ果てていた彼女はその行為の意味がわからず小首を傾げる。だが拒否の声も出なかった。
「レーナ……」
 アースが、その名をつぶやいた。彼の目は彼女の姿をずっと捉えていた。彼女はその巨大な白い刃を振り回しながら、事態を飲み込めていない魔族たちを次々と薙ぎ払っていく。
「悪いが、手加減できる程余裕はないんだ」
 そんな彼女のささやきは、誰の耳にもとまらなかった。
 華麗な姿だけが皆の目に焼き付き、強烈な印象だけが残されていく。時が緩やかに流れるような、そんな錯覚を生み出す程彼女の動きはなめらかだった。
「アース!」
 名を呼ばれて、彼ははっとする。空中で身を翻したレーナと目を合わせると、彼女の口が素早く動いた。
「あっちで避難させている方が狙われている。そちらを頼む!」
 そう頼まれると嫌とは言えない。本当は彼女の側を離れたくはないのだが、彼は仕方なく言われた通りに走り出した。彼女の指さした方には、確かに幾つもの魔族の気がある。
 さっさと片をつければいいだけの話だ。
 彼はスピードを上げた。

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