white minds

第二十一章 ずれ始めた心‐7

 人々の混乱が加速する中、その時はやってきた。
 耳をつんざかんばかりの爆裂音が響き渡り、神技隊の、あらゆる人々の動きを一瞬止める。
 空の一部が赤く歪んでいた。その中心にいるのは一人の男。まだ遠すぎて誰の目からも小さな人影のようにしか見えなかったが、しかし風になびく白い髪だけははっきりとわかった。
 赤に浮かぶ白。それは神技隊にどこか昨日の戦闘を思い出させた。
「あれは……?」
 宮殿の前で構えつつ、滝がつぶやく。そのすぐ右隣にいたレンカが首を横に振った。
 わからない。だが、考えている暇はない、と。
「来るぞ――――!」
 遠くから、レーナの叫び声がした。彼女は今上空にいる。否、彼女と彼は、だ。先ほど白い光を放ちながら青い髪の男が現れたのを滝は確認している。それが何ブルーなのかまではわからなかったが。
 刹那、大きな気が突如出現した。
 赤い歪みを中心に魔族が数十……いや、数百だろう、突然姿を現した。その気が重なり合って、巨大な圧迫感を生み出す。
「滝……」
「ああ、オレらがひるんだら終わりだ。前に出るくらいの勢いじゃなきゃな」
「そうね、それじゃあ先制攻撃にでもでましょうか?」
 そう言うレンカのどことなくいたずらっぽい微笑みに、滝の心は落ち着いていった。体にまとわせた結界のせいなのか、それとも緊張のせいなのか、全く感じない寒さに苦笑しつつも彼はうなずく。
 二人は、同時に白い地を蹴った。



 戦火は一気に広まった。
 数百人の魔族が一斉に宮殿を目指し、下降してくる。それを阻もうと神技隊、そして神たちが動き出した。おそらく大半の神が戦の神ではないだろうが、しかしそれでも彼らは向かっていった。
「させるか――っ!」
 最初に攻撃を仕掛けてきた数人の魔族、それらめがけて北斗が技を放つ。人の頭程の岩石が数十程、空を突き進んだ。しかしそれらはあっさりと先頭の魔族によって粉々にされる。
「北斗っ、何やってるんだよ。あいつらにはこの武器か精神系だろ? しっかりしろって」
「それはわかってる。勢いをそいだだけだ。ほら、サツバ来るぞ!」
 サツバの文句を制しながら北斗は長い棒を構えた。レーナ特製の武器である。
「おうっ、まずオレらは雑魚を片づけるんだろ?」
 そう言いながらサツバも構える。彼の武器は右拳にはめたナックルダスターだ。
 ブラストは、まだ来ていない。あのとき感じたような威圧感はまだ近くにはなかった。そのことが少なからず彼らに心の余裕を与えていた。
「来るぞっ!」
 北斗が声を上げる。上空で様子見していた魔族たちが一斉に攻撃を開始した。迫り来る火の玉の群れ。だがそんな中を、落ち着いた様子でミツバが飛び出し、両手を掲げた。
 火の玉が、結界に弾かれる。
「ミツバっ!」
 しかしそれでも魔族たちの攻撃は止まなかった。耐久戦にでも持ち込もうというのだろうか? 弾かれるのはわかっているのにさらに光弾がいくつも降り注ぐ。
 ミツバの側に、ホシワがよった。
「うん、わかってる。引きずり下ろさないと僕らが不利だね。でもだからといってあそこに飛び込める人ってのは少ないと思うんだけど……」
 勢いよく降りてきた割には、しかし魔族たちは一定の高さを保ったままだった。そこから数人が一斉に遠距離攻撃を仕掛けてくるだけだ。
「強者選別……」
 ホシワが小さくつぶやく。しかし結界を張るのに必死なミツバは、そのつぶやきを聞いてはいなかった。彼の耳には、弾かれ霧散した攻撃、その爆音しか入っていない。
「オレらが落としますっ!」
 そんな彼らの横を通り過ぎる姿があった。シンとリンだ。二人はそのままの勢いで飛び上がり、一気に上空へと舞い上がる。
「二人でか!?」
「シン、リンっ!」
 ホシワ、北斗が叫んだ。しかし当の二人には届かなかったのか、すぐにその姿は小さくなっていってしまう。どうやら魔族たちとほぼ同じ高度まで辿り着いたようだ。
「――――っ!?」
 その次の瞬間、まばゆい光によってホシワたちの視界は閉ざされた。瞼を閉ざしてもなお強すぎるその刺激に、全ての感覚が麻痺したようにも思える。
 ようやく視力が回復してきた時、空では三人が対峙していた。右手を前につきだしたリンと、その後ろで剣を構えたシン。そして二人の前にはあの白髪の男が、黒く輝く槍を携えて存在していた。
「いきなり超広範囲の技とは予想以上だな。お前たちの相手は、この私がしよう」
 長い白髪をたなびかせて、その切れ長の瞳の魔族は口を開いた。押し殺してはいるのだろうが、それでもにじみ出る気が肌に突き刺さる。
「それはどうも」
 そう返すリンの声にも張りつめたものがあった。一筋の冷たい風が、彼らの間を突き抜けた。



「くそっ、数が尋常じゃねえ……」
 白い雪に膝をついて、ゲイニはうめいた。一体どれだけの魔族を相手したのかはもう覚えていない。どれだけの攻撃を受けたのかも、だ。
 彼の体には無数の小さな切り傷があった。それは全て、精神系か破壊系によるものだった。だから直接身体へのダメージはない。しかしそがれた精神は確実に彼の動きを遅くし、そして技の出を悪くしていた。
 サツバのものよりもやや大きいナックルダスターが二つ。これがなければとっくのとうに死への道を歩んでいただろう。
「だ、大丈夫だんべ? ゲイニ」
 彼の後ろに立ち、ミンヤが尋ねた。しかしミンヤ自身も既にかなり辛い状態だ。精神よりも体力の方に限界が近づいている。
「当たり前だ。こんなところでくたばるかっ」
 ゲイニは何とか立ち上がる。ちらりと上空を見やると、赤く歪んだ空の一部からまた数十人の魔族が現れるのが目に入った。
 いたちごっこじゃねえか……。
 彼は歯ぎしりする。
「ゲイニっ!」
 ミンヤの声が響いた。右から迫る気配にゲイニはとっさに前へ大きく飛ぶ。彼とミンヤの間を、薄水色の矢が数本通り抜けていった。
 彼は体勢を立て直しつつ右に顔を向ける。
 ……今度は三人か。
 そこには兄弟らしき男たちが短剣を構えて立っていた。今の矢から判断すると氷系の使い手だろう。
 魔族たちはすぐに動き出した。
 息の揃った動きで走り出すと一斉に地を蹴り、三方向に分かれる。
「挟み撃ちかよっ!」
 飛び上がろうとするゲイニ。しかし後ろのミンヤに動きがないのを感じ取って彼は舌打ちした。もうろくに体は動かせないのだろう。
「仕方ねえっ!」
 ゲイニはその場にとどまり拳に精神を集中させた。ナックルダスターが淡く光る。彼は一人目の短剣を左拳で受け止め、右拳でその腹に一撃を決めた。鈍い音とともにその魔族は横転する。
 それとほぼ同時、もう一人の魔族をミンヤの棍棒が直撃していた。輝く棍棒がその短剣を払い落とす。
 もう一人は……!?
 ゲイニは気配の方に目を移した。三人目は彼のすぐ左上まで迫っていた。
 間に合わない……!
 迫り来る短剣から逃れようと身をよじる。と、その時――――
「!?」
 何者かの蹴りが、その魔族の短剣を吹っ飛ばした。その突然のことにゲイニは目を丸くする。武器を失った魔族は一旦後退し、彼がそれまでいた場所に、蹴りを入れたその男が着地した。雪が舞い上がる。
 風に揺れるくせのある髪。垂れ目気味の瞳に白っぽい服。それは見知った顔だった。
「ミケルダ……さんだんべ?」
 ミンヤがつぶやく。ミケルダは振り返り、ミンヤに満面の笑みを向けた。
「おー、お久しぶりっ。名前覚えててくれたんだ? そう、ミケルダ」
 ミケルダの声はいつもの調子で明るかった。それがミンヤに安心感を与える。疲れ切っていた体に、少しだが活力が戻ってきたような気がした。
「オレらもあっちこっち散ってる。だからさ、ほら、頑張ろうって」
 ミケルダは笑顔のままミンヤとゲイニを交互に見た。そして後退して体勢を立て直している魔族三人をにらみつける。
「負ける気は、もちろんないからなっ」
 それが宣言なのか自己暗示なのかは、彼自身もわからなかった。

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