white minds

第二十三章 兆し‐4

 商店街を歩きながら、ふと北斗は、基地を離れてからどれくらいたったのだろうかと気になった。記憶をひねり出してみれば、あれからもう二週間程たっている。
「そりゃそうだよ、今日は二十九日……オレの、誕生日だもんなあ」
 お祝いするから覚悟しといてね、とよくわからない宣言をしていたリンの様子を彼は思い出した。何を企んでいるのやら、その瞳は爛々と輝いていた。もっとも今となってはそれが何だったかを知る術はないが。
「あ、そういやサツバ」
 彼は突然思いだしたかのような顔で、ゆっくりと振り返った。買い物にいそしむ人々に紛れて、サツバはとぼとぼと歩いている。北斗は少し歩くペースを落とした。
「ずっと言おうと思ってたんだけど、お前、自分の家に帰らなくていいのか?」
 にぎやかな声に紛れた北斗の疑問。だがサツバはそれを聞きとめ、むっとした様子で顔を上げた。笑い声を上げながらはしゃぐ子どもが、二人の側を通り過ぎていく。
「いいんだって。どうせ親父は家にいないだろうし、いきなり帰ったら母さん驚いて心配するし」
 サツバは口をとがらせ、小さく道端の石を蹴った。それは地面を滑るように飛んでいき、人の間に埋もれていく。見えなくなったその姿を探すように、彼は目を細めた。
「そっか。まあオレはいいんだけどな。姉さんも家にいないみたいだから文句言われないし」
 北斗は頬をかきながら苦笑する。サツバはその隣に並ぶと、不満そうな顔から打って変わって怪訝そうに首を傾げた。彼の唇がうっすらと開く。
「そういやさ、北斗は親に何て説明したんだ? 急に戻ってきて、しかもオレなんかみたいな奴つれてきてさ。不思議がるだろ?」
 前に家に戻ったのは、確か基地ができた頃だろうと彼は記憶していた。だとしたら任務の都合でこちらに帰ってきたのだと伝えてあるはずである。
「ん? ああ、ちょっと調査しなきゃいけないことがあってこっちに滞在するんだって言ってある。実際こうして聞き込みもしてるし」
 そう答えて北斗は手をひらひらとさせた。二人はここ二週間程イダーの町で、妙な噂を触れ回っている連中について調査している。神たちが苦労しているのだから、二人ではそうそう成果は上がらるわけはなかったが、しかし顔見知りがいるというのは心強かった。どこで聞き込むにしろ、知らない者にべらべら喋る人というのは稀だ。
「なるほどな。神技隊をやめたとは言ってないんだ」
 神技隊をやめた。
 その言葉はひどく物寂しく北斗の耳に響いた。周りを埋め尽くす人々の喧騒すら遠いものに感じられる。胸の奥底に何か重い石でも載せられているようで、彼は唇をかんだ。
「あ、あそこの食堂じゃないか? さっきのじいさんが言ってたのは」
 するとサツバが、ちらりと見えた看板を指さした。店に挟まれたその建物は少し古めかしいが趣がある。
「そうだな。丁度昼時だし、ひょっとしたらいるかもしれない」
 二人は顔を見合わせた。怪しまれず話を広めるには、こうした店や食堂などの大衆が集まる場所を利用するのが手っ取り早い。触れ回った何者かも、おそらくこうした場所に出入りしていたはずだ。
「北斗、へまするなよ」
「しないって。お前こそ、余計なこと喋るなよ?」
 質素な、けれども趣のある大きな扉を、北斗はゆっくりと押した。



 しばらくにぎやかな空気から遠ざかっていた基地に、ささやかな会が催された。緊張と不安、ぎすぎすとした雰囲気に侵されていたそこに、久しぶりに訪れた穏やかな時である。
「今日はアサキの誕生日でーす!」
 微妙な空気で始まったその会をもり立てていたのはリンだった。きらびやかではないがそれなりの服装をした彼女は、食堂の前方、カウンターの前に立っている。始めたのが夜遅くにもかかわらず、シフトで来られない者以外はほとんどの人が参加していた。大方の予想を裏切りビート軍団まできちんと参加している。カイキは若干複雑そうな表情ではあったが。
「え、えーっと、こんなにすごく祝ってもらえるなんて、恐縮でぇーす」
 当のアサキは食堂の中央辺りでおろおろしていた。いつもとは違い、絹のような淡い光沢の真っ白な服を着た彼は、まるで別人である。つややかな黒い髪もそれに映えていた。どうやらその服はジンガー族の伝統的なものらしい。こんなところまで持ってきているのが彼らしいと言えた。無論、この口調さえなければもっと相応しい雰囲気が生まれるのだろうが。
「いいのよ、気にしないで。ほらケーキ」
 そこへ大きなケーキを持って、レンカが厨房から現れる。生クリームたっぷりのそれは見るからに美味しそうだった。その甘そうな姿は一部の者には厳しいかもしれないが、それでも美しく飾り付けられているため目には楽しい。彼女はアサキの前にケーキを置いた。
「そうそう! 精神の回復、安定には楽しみも必要だし! 気にしない気にしない」
 リンが目を輝かせたまま人差し指を軽やかに振った。その声は明るく伸びやかである。アサキとしては、自分よりも彼女の方が楽しんでるのではないかとつっこみたかったが、懸命な彼はそれを諦めた。せっかくの雰囲気を壊したくはない。
「ところでさ、アサキは今年でいくつになるの?」
 アサキの隣で今か今かと目を爛々とさせていたようが、ふと気づいたようにアサキを見上げた。ケーキを目の前にわたわたとしていたアサキは、その言葉に困って苦笑する。
「えーっと、確かあっちの世界に行った時に年って止まりまぁーしたよねぇー? 何歳って言えばいいんでしょーう?」
 彼の返答に、神技隊らは複雑そうに曖昧に微笑むだけだった。そのことはほぼ全員が忘れていた。それよりもあまりに大きな事実に飲み込まれていたために、頭の隅に追いやられていたのだ。
 だがそんな彼らの様子に、ビート軍団は疑問符を浮かべて顔を見合わせる。とりわけレーナは怪訝そうだった。
「……人間は、年は止まらないと思うぞ?」
 ぼそりと、不思議そうにレーナがつぶやく。その声を拾ったミツバが小さく息をもらした。彼は困惑した表情で辺りを見回しながら口を開く。
「で、でも、あっちの世界に行ったら年とらなくなるって、宮殿の人たちが説明してたよ? ほら、僕だって成長期なのに背伸びなくなっちゃったし」
 ミツバは恨めしげに自分の体を眺め回した。もし止まっていないのならどうなっていたのだろうと、悲しくも想像してみたりする。
「……もし止まっているようなら、それは異世界に行ったからではなく、中に入り込んだ神のせいだろう。技の発現と外見とは大きく関係する。強い技使い程、最も適した外見を維持しようという力が働くのかもしれない」
 出された予想に、ミツバはやや涙ぐんだ。ならば神技隊になったことと関係なくこの身長なのかと、その目は訴えていた。身長についてはどうこう言えないレーナは、困った顔で傍らにいるアースたちに目をやる。
「じゃっ、じゃああの説明は嘘だったのか!? オレたちは普通に年くってるのか!?」
 サイゾウが頭を抱えて叫び出した。どうやら会話は聞こえていたらしい。オレたちの苦悩の時間を返せーとわめく彼の隣では、どんよりと沈みきったホシワがいた。そのどんよりは少しずつだが周囲に広がっている。
「まあ体が老化しないことを年くわないと表現するなら、嘘とは言い切れないな。深く突っ込まれないための言い訳だろう。もしかしたら自分たちの外見が変わらないことを言いつくろうかもしれないな。若いままというのは疑問視されやすい」
 レーナはそう言うがミツバとホシワは落ち込んだままで、サイゾウは何やらぼやいていた。その様子に、ネオンとカイキは妙なものでも見るかのような目をしている。
「ってことはミーは今年で二十四……」
 アサキのつぶやきが食堂に染み渡っていった。すると急にしぼんだ雰囲気を察してリンが大きく手を叩く。
「体が若いんならよし! というわけで二十二歳のアサキ、はい、ほら何か抱負を!」
 突然の言葉にアサキはわたわたしながらあごに手をやった。必死に何かないかと考えている顔だ。
「え、えぇっと、抱負……。み、みんな仲良くなるように頑張るでぇーす」
 ちらりとアースの方を見てアサキはそう宣言した。青葉たちは今シフトでいないため、吹き出される心配はない。だがその視線の意図に気づいたのか、アースは心底嫌そうな顔をしていた。黒い瞳には剣呑な色さえ漂っている。
「さっすがアサキだねー。ねっ、ねっ、そろそろケーキ食べようよ!」
 そんなアサキの服の裾を、目を輝かせたようが引っ張った。目の前の誘惑に耐えるのは、これ以上は無理のようである。よく見ればイレイの目も獲物を狙うものとなっている。
「そ、そうでぇーすねぇー。みんなで食べましょーう」
 アサキはそう同意しながら苦笑した。
 ケーキが皆に行き渡らなかったことは、もちろん言うまでもなかった。

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