white minds

第二十三章 兆し‐6

 魔族の大軍が降り立ったのは、イダーの町だった。
 戦場と化したその町では戦火の広まりによって、家々がどんどんと破壊されている。焦げ付いた匂いに立ちこめる土煙。熱気のこもったその場は、とてもじゃないが普通の人間が立ち入ることなどできない場所と変わり果てていた。聞こえるのは悲鳴と火の燃える音、魔族と神技隊が放つ爆裂音だけ。
 そこへ、あちこちで上がる火の手を横目に、残りの神技隊が駆けつけてくる。
「――――ダン!」
 魔族数人に囲まれ万事休すだった彼のもとへ、ミツバが駆けだした。それと同時にダンの周りを結界が覆う。突然の防御壁は魔族たちの攻撃を見事はじき返し、彼らの動きを封じる結果となった。その隙をついてダンが水の槍を繰り出し、無事包囲網を突破する。
「あっちでアキセはんたちが魔族の進行くい止めてるで!」
 暑さに耐えきれず薄い結界を張り熱気から身を守った残りのメンバーに向かって、すいが叫んだ。彼の指さした方向は土煙のせいではっきりとは見えない。しかしそちらの方からアキセとサホの気が感じられた。リンとジュリが目でうなずきあい、同時に声を上げる。
「わかった、そっちは私たちが加勢するからこちらはお願い!」
「広範囲向きなので私たちが行きますね」
 リンとジュリは迷うことなく走り出した。慌てたのはシンとよつきである。
「ちょっ、リン! 滝さん、オレ行きます!」
「ジュリ!? あ、滝先輩、わたくしも行きますね」
 二人の姿を見失わないようシンとよつきも急いで駆けていく。背後からかかる滝の了承の声が唯一の救いだった。
 土煙の中路地を走り抜けるのはかなり危険な行為だった。瓦礫が道を塞ぎどこからともなく火が上がる間を縫って、シンとよつきは急ぐ。
「リン!」
 しばらく進むと見失っていたはずの姿を捉えることができた。シンの声にリンはちらりと後ろを振り返り、小さくうなずく。走りながら彼女は天に向かって右手を掲げた。
「風よ!」
 彼女の手を中心にゆるやかな風が渦巻いていく。ほんのりと温かく穏やかで、それでいて何か不思議な気配をたたえたその風は、路地という路地を埋め尽くしていった。それにともない土煙がおさまり炎が弱まっていく。
「サホ!」
 視界がはっきりしてくると遠くの瓦礫の向こうに、見慣れた少女の姿があった。リンはその名を呼び、掲げていた右手を前につきだす。
 耳をつんざかんばかりの爆裂音が響き渡った。
 何が起こったかわからない三人に、ついてくるよう合図してリンはサホの方へと走り出す。
「リンさんっ!」
「さっきの結界はリン先輩のだったんですか!」
 瓦礫の陰で見えなかったが、サホの後方にはアキセもいた。リンは笑って手をひらひらとさせながら二人の前に立ち、十人程の魔族と対峙する。
「ありがとうございます、リンさん。私じゃあれだけ広範囲の結界はちょっと無理なので」
「タイミングばっちりだったでしょ?」
 そこへシンたち三人も追いついてきた。シンはリンの隣に立ち、腰から剣の柄を抜く。するとその柄から青白い刃が姿を現した。よつきとジュリはサホの傍らで各々の武器を取り出す。
「これ以上魔族を進行させると一般人にも被害が出ます。ここでくい止めたいんです」
 アキセはそう説明してちらりと後ろを振り返った。そこには避難しきれなかったらしい子ども、腰を抜かした老人などがちらほらといる。
「了解! じゃあ私とサホで後ろを完全に塞ぐから、シンが特攻してよつき、ジュリ、アキセが援護ね」
「それ、オレが一番大変じゃないのか?」
「大丈夫よシン! いざとなったら私がここからちょっぴりさりげなくフォローするから」
「……信じるからな」
 リンの勝手な役割分担により、六人は動き始めた。魔族の広範囲攻撃にはリンが対処し、一般人に余波が行きそうな場合はサホが結界を張る。シンはとにかく相手の数を減らしにかかる。それをよつき、ジュリ、アキセが援護する。
 だがそう事は楽には運ばなかった。倒しても倒しても、どこからともなく魔族がわいて出てくるのである。
「リンさん!」
 銃を構えたジュリの脇を、一人の魔族がすり抜けていった。今まで存在しなかったはずの者が現れたのである。彼が向かう先にはリンがいる。
「仕方ないわねっ」
 左手で風を起こして広範囲の技を絡め取りつつ、彼女は右手に短剣を生み出した。自らを覆う結界を含めると三つの技を扱っていることになる。さすがの彼女の額にも汗がにじむ。
 魔族の長剣と、彼女の短剣が交わり嫌な音を立てた。それ以上退くことのできない彼女は防戦一方だ。
 と、その時――――
「……え?」
 彼女の背後から銀色の棒がその頬をかすめていった。それは見事魔族に突き刺さり、彼は大げさな程の悲鳴を上げて後退していく。
「リン!」
 聞き慣れた声とともに、彼女の背後から一人の男が現れた。暗い藍色の髪に藍色の瞳。それは間違いなく北斗の姿だった。彼女は目を見開く。
「ほ、北斗っ!? どうして……」
「こんな近くでリンたちが戦ってるのに、何もしないってのできなくてさ。やっぱりオレ、未練たらたらだったみたい」
 北斗の手に銀色の棒が戻ってきた。土系の技の応用であろう。彼は照れくさそうに笑うと後方を一瞥する。
「おい、サツバ。お前も出てこいよ」
 その呼びかけとともに、照れ隠しなのか不満げな顔のサツバが瓦礫の陰から出てきた。視線をわずかに逸らしながら彼は口を開く。
「こ、こんなところで長々と戦われちゃ迷惑なんだよっ」
 その慌てたような声に微苦笑をもらしつつリンは相槌を打った。ゆるやかな風が、彼らの頬をなでていった。



 神々たちが参戦しないのがいいことなのか悪いことなのか、その判断ができないまま滝たちは戦っていた。
 魔族は一人一人はそれほど強くないものの、何と言っても数が多い。そしてここが町の中というのが何よりも問題だった。もはや手遅れな部分もあるとはいえこれ以上町が破壊されるのを見過ごすわけにはいかない。必然的に守りの体勢を取らざるを得ない彼らは不利な状況だった。
「青葉っ!」
 梅花の声が響く。中でも特に狙われているのが青葉と梅花の二人だ。顔を覚えられてしまったのかは定かでなかったが、次々と魔族が押し寄せてくる。さすがの二人にもこれはかなり厳しい。
「させない!」
 その二人をフォローするように、魔族の輪を切り崩していたのは滝とレンカのコンビだった。特にレンカの精神系の攻撃はよく効く。声とともに放たれた弓が幾本も、魔族たちの体を貫いた。
「レーナは……足止めされてるしな」
 滝はちらりと上空に目をやる。青空の中にかすかに見える濃い青色はおそらく何とかブルーのものだろうと思われた。相手は前回もやってきていた白い髪の男だ。
 互いに下の奴らには手を出させないっていうわけか……。
 剣を握る手に力を込め、滝は近づきつつある魔族を一人薙ぎ払う。悲鳴と血の臭い、焦げ付いた匂い、熱気が辺りを埋め尽くしていた。それは体の周りを覆った薄い結界によって遮断されているはずなのに、なお五感に訴えてくる。
 守るというのはこんなにも難しいことなのか。
 守りながら戦うというのはこんなにも大変なことなのか。
 彼らはそれをさらに実感していた。

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