white minds

第二十三章 兆し‐7

 後から後からわいて出てくるような魔族。そのスピードが徐々にだが落ち始めた。
 そしてそれが戦闘終了の合図となった。
「退くぞ」
 一瞬空中で静止した白い髪の男――オルフェが右手を大きく振り上げる。その途端地上で戦闘していた魔族は一斉に神技隊から距離をおき始めた。
「やはりそうか……」
 オルフェと対峙したままのビートブルー、その『中』でレーナがつぶやく。
 目的は実力試し。
 その用は済んだということだ。ならばこれ以上戦い続けるのはただ愚かなだけだ。無駄に戦力を消費するだけ。
 まだ構えを崩していないオルフェには感情らしきものは浮かんでいなかった。ただ気怠げにやや目を細めてはいた。その浅葱色の瞳はビートブルーを捉えつつ、しかし別の何かをも映しているように思われた。
「ああ、捕まってしまったか。所詮は人間か」
「……え?」
 オルフェのぼやきにレーナは首を傾げた。だが彼はそのまま柔らかな微笑みを浮かべると、音もなく身を翻す。その長く白い髪が空を踊って、消えた。一瞬の出来事だった。
「転移か……」
「お前も使ってるあの技か?」
 ブルーの『中』でレーナとアースは視線を交わす。彼女は小さく首を縦に振り、地上の様子を一瞥した。魔族たちの姿はとうになくなっていた。残されたのは神技隊と、そして破壊された家の残骸。
「……これは後かたづけを神に押しつけないとなかなか面倒なことになるな」
 滝たちの視線を感じながら、レーナは頬をかき苦笑した。



 疲れた体を引きずるようにして基地に戻ってきた神技隊。そんな彼らを出迎えたのはミケルダだった。入り口で立ち往生していた彼は、近づいてくる見知った姿を見て大きく手を振る。
「おーい! あー、よかったあ。こんなところでずっと待ってなきゃいけなかったらどうしようかと思った。梅花ちゃん、開けてよー」
 彼は雪を蹴散らしながらかけていき、梅花に近寄るとその体をぎゅっと抱きしめる。抵抗するのも疲れた彼女は嫌そうに眉根を寄せるだけだったが、そこは青葉が黙っていなかった。
「ちょっとミケルダさん、梅花疲れてるんすから止めてください」
 明らかに仏頂面で不満そうな青葉を、ミケルダは目だけで見る。どうしようか思案した後、結局こんな所でのいざこざはごめんと、彼は手を離した。梅花はほっと息をついて青葉の後方、リンの隣に身を寄せる。
「で、ミケルダさんがわざわざこんな所に来るなんて、何かあったんすよね?」
「まあね。あ、ほら、話は中でしたいから。そろそろ入れてくれない?」
 青葉の問いかけにミケルダは軽く相槌を打つと、寒そうに手を摺り合わせていたずらっぽく微笑んだ。青葉はどうするのかと滝に目で問いかける。
「入れていいんだよな? レーナ」
「ん? そうだな、アルティードから話はいっているのだろう?」
 集団の端にいた滝は、同じく端で何やら思案していたレーナに声をかけた。レーナは柔らかでかつ艶のある笑顔を浮かべ、ミケルダを見やる。
「簡単には聞いた。まあ悪いようにはしないさ。オレは梅花ちゃんたちを困らせるようなことはしたくないからね」
 ミケルダのごまかすような返事に、しかしレーナは何も言わなかった。眼差しでもって滝に了承の意を伝える。
 話は、食堂で行われることとなった。
 すぐ司令室へと向かえるそこは、全員集合の時には便利な場所だった。客人を通す場所としては不適当だろうが、相手がミケルダならその心づかいも必要あるまい。
「皆さん揃いましたー?」
 全員がそれぞれ席につくのを見計らってミケルダが声を上げた。もとから返事を待つ気はなかったのだろう。彼はその癖のある毛をかきながら、言葉を選びつつ話し始める。
「オレが来たのはちょっとした報告をするためなんだけど……つい先ほど、あの噂を触れ回ってた奴らを捕まえたんだ」
 神技隊の動きがぴたりと止まった。途端に張りつめた空気が食堂を覆い、それが冷たい秋の風のようにミケルダをせかせる。彼は小さく息を呑んだ。
「さっき戦闘があっただろ? って戦ってたのはあんたたちだからよくわかるよな。その時、魔族と接触した人間を発見したんだ。一瞬のことだったけど、何か手紙らしきものを渡すのを見たらしいんだ」
 彼の言葉にダンははっとした。まさかあの時身動きを取らなかったのは……そのことと関係があったのだろうか?
 だが今となってはそれを確かめる術はない。
「まあ偉そうなこと言ってるけど……お手柄は全部フライングのものなんだけどね」
「ラフト先輩たちが?」
 そこで苦笑しながら手をひらひらとさせたミケルダに、滝は驚きの声を発した。彼らがここを出ていってから三週間程だ。それほど長い間活動できたとは思えない。
「もうほとんど目星はついてたんだろうな。で、今日のが決定打だったわけだ」
 ミケルダはお手上げとばかりに両手をぶらぶらさせた。人間を捕まえるには人間だなと、その琥珀色の瞳は語っているようだ。
「今は産の神連中がお話聞いてるところ。なんか金で雇われた技使いっぽいらしいけど、まだ詳しいところまでは聞けてないみたいだ」
 時間はかかりそうだな、と彼は付け足した。人間相手となれば、無理矢理聞き出すことは彼らにはできない。万が一実行しようとする者がいてもアルティードが止めるだろう。
「そうか……わかった。わざわざ教えてくれてありがとうな」
「色々助けてもらってるからねえ」
 締めくくるように礼を言う滝に、ミケルダは微苦笑を向けた。彼の目に宿る悲しい色を見つけて、滝はあることを思い出す。
「……カシュリーダは、今どうしてるんだ?」
 ブラスト襲来の折にオルフェの攻撃を受けたと、滝も聞いていた。それもかなりひどくやられたらしいと。ミケルダの頬がぴくりとひきつり、その眉が歪む。今にも泣き出しそうな気配すら漂わせながら、しかし彼はへらへらと笑った。
「意識は取り戻した。でも核を傷つけられたのは大きくてさ、治せる奴も今はこっちにいないし。だからベッドの上の生活って感じ」
『核』と聞いて誰もがすぐそれが何なのかわかるわけではなかったが、滝はすぐに思い出した。その説明を受けたのは確かゲットがやってきてそれほどたっていない時のことだ。その場にはミケルダもカシュリーダもいた。二人とも、もちろん元気だった。あれからまだ数ヶ月しかたっていないのに、ひどく遠いことのように感じられる。
「これは時間じゃ解決しないからさ。誰かが、治せる誰かが帰ってきてくれないと」
 痛々しく笑うミケルダから誰もが視線を逸らしたかった。実際、何人かは顔を背けただろう。だが滝にはそれができなかった。
 オレが力を取り戻せば……それは叶うのだろうか? それともレンカが? 梅花が? 青葉が?
 胸の奥底からわき上がってくるこの気分は一体何なんだろうと、彼は自問した。答えは、導き出されない。甘美な程に体を締め付ける感情だけがさまよっていた。口元が痛いくらいに結ばれる。
「いずれ……時は来るわ。耐えることもまた、私たちには必要なのよ」
 不意に、静かな声が食堂に染み入った。滝ははっとしてその方を見る。透明で安らかで春の調べを紡ぐような微笑みを浮かべたレンカは、ただそこに座っていた。だが彼女はまるで光をまとっているかのようだった。温かさに溢れた光を、まとっているかのような。
 彼女に向かって、ミケルダはゆっくりとうなずいた。力無いその瞳から、先ほどのような悲痛な色は消えていた。

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