white minds

第二十八章 守るべきもの‐7

 目的地まで自動運航するよう設定してある船は、拍子抜けする程あっさりと宇宙へ出た。
 アルティードの合図で口を開けた亜空間、その中に沈み込み、それから真っ直ぐ宇宙へ。それもほんの数秒の出来事だ。緊張の糸がほどけたように、神技隊らはその辺の床に座り込む。
「必要最低限の機能しかないってラウジングさん言ってましたが、本当みたいですね」
 操縦室前方にあるパネルを覗き込みながらジュリがそう言った。この宇宙船はレーナの作った基地よりもずっと簡素だ。司令室の方がずっち複雑である。これなら案外非常事態でも、何とか手動で操縦できるかもしれない。
「もともとは物資を運ぶためって話ですからね。たぶん一人か二人でも大丈夫なようにしてあったんじゃないでしょうか? やっぱり人員を割きたくはなかったでしょうし」
「ああ、なるほど。だから自動運航なんですね」
 彼女の傍まで歩み寄り、よつきも同じようにパネルを見下ろした。素っ気ないつくりのそれは、今では安堵の材料になる。
 操縦室もその他の部屋も、全てが濁った灰色に覆われていた。パネルがかろうじて白いくらいで、他は全て同じ色だ。それもやはり輸送専門だったせいなのだろう。長時間誰かがいることを前提としていない造りだ。装飾と呼べそうなものはここには存在していない。
「そのメデスって星には、六時間で着くんですよね?」
 そこへ後ろからアキセが声をかけた。するとよつきはおもむろに振り返り、何故か背筋が凍る程の穏やかな笑みを彼へと向ける。
「アキセ、話聞いてなかったんですか?」
「あ、いや、何でもないです……」
「隊長、何でそこでいじめに走るんですかっ」
 よつきを挟み、アキセとジュリの声が重なった。爽やかはきはき優しい好青年として定着しつつあるアキセだが、どうもよつきには弱いらしい。途端に弱腰になる彼を救ってくれるのはいつもジュリだ。見慣れた光景である。
「え? いじめてなんていないですよー。ほら、こんなに笑顔じゃないですか」
「その笑顔はむしろ怖いですから」
「そうですか? 困りましたね」
 だが馬鹿げた会話も緊張ほぐしにはなった。操縦室に訪れた柔らかな空気が、皆を包んでいく。
 あとほんの六時間……いや六時間もある。御しがたい不安を押さえ込むには何か別のことで気を紛らわすのが手っ取り早い。
「ああ、そういえばですね、自己紹介がすんでなかったかと思うんですが」
 そこでポンと軽く手を叩き、よつきが声を上げた。皆の怪訝な眼差しが彼へと集まる。
「ほら、昨日はそれどころじゃなかったですよね? 中には知り合いとかもいるみたいですが、名前ぐらい確認しておきましょうよ。これから一緒に活動するんですし」
 笑顔を振りまくよつきへ、反論の声はなかった。皆顔を見合わせ、何をどう言っていいのやらと困惑している。
「確かに。六時間って結構長いですしね」
 そこでジュリが賛同の意を示した。二人の意見が一致したとなれば、この場で反対する者はいない。
「わたくしは、まあもう知ってる方大半ですけどピークスナンバー1のよつきです。何故か隊長と呼ばれています……ってそうそうジュリ、前から言おうと思ってたんですけど、この呼び方止めませんか? もうわたくし隊長という立場から遠いところにいますし」
「って隊長、話逸れすぎです」
 突然彼女へと視線を向けて顔をしかめるよつき。彼女はたしなめるような仕草をして、呆れた吐息をもらす。
「でも今くらいしか機会なさそうですから。ほら、呼び名が隊長だったらこっそり活動できないですし」
「それは、そうですけど。でも自己紹介の後でもいいじゃないですか」
「いや、今じゃないと忘れそうです」
 その会話は放っておけばこのままどこへでも行きそうな調子だった。しかしいつもの光景ではあるので、ピークスとゲットはただ苦笑しあうだけだ。バランスはいささか不安そうだが、それでも口を開こうとはしない。妙な雰囲気が辺りを漂った。
「わかりました。じゃあ元通りよつきさんでいきますからね。コスミさんたちにもそうしてもらわないと意味はないかと思いますが」
「な、なんでそんなに脅迫気味なんですか、ジュリ。わたくしはただごく普通の要望として――」
「慣れてしまったのを変えるのって大変なんです」
 ジュリは先ほどよつきが浮かべたように冷たく微笑し、そう言い切った。これ以上は何も言わせないという態度だ。それから傍観していた他の面々に顔を向けて、いつものように穏やかに微笑みかける。
「というわけでよつきさんの自己紹介は終わりです。あ、私はジュリです。ピークスナンバー4ということになってます。よろしくお願いしますね」
 彼女の挨拶に、皆はただ激しく相槌を打っただけだった。本能が告げるのだ、逆らうべきではないと。
「あ、お、オレは同じくピークスのたく」
「私はコスミです」
 続けてたくとコスミが慌てたように名乗りを上げた。この場を丸く収めたいという気持ちが露わである。だがそれも徒労に終わりそうだった。不意に訪れた沈黙が、各々の微妙な表情を浮き立たせる。
 しかし次の瞬間、室内の空気は別の意味で一変した。
 耳障りなピーッピーッという警告音が彼らの意識を瞬時に奪い取った。無機質なそれは少なくともいい知らせではないだろう。辺りをさまよう視線がその動揺っぷりを顕著にしている。
「何の音です!?」
「今確認しますっ」
 よつきとジュリの声が重なり、パネルを数個叩く音がした。なおも続く警告音はさらに彼らを緊張の渦へたたき込む。一定の間隔で鳴るそれは、心臓の鼓動を意識させた。ほんの少しの間ですら痛い。
「解析結果、出ました」
 彼女はそう告げたが何も変化は起きなかった。顔をしかめたよつきは、背後からパネルの方を覗き込む。
「ち、小さい……」
「一人か二人が見られれば十分ということなんでしょうね。パネルが基地の簡易版だったのは幸いですけど」
 基地ならば全面に掲げられるモニターは、ここではパネルの横についていた。黒い画面に赤い点が十程、端の辺りで点滅している。
「あの基地では赤い点は魔族を示していました」
「と、ということは――」
「この音を考えてもそういうことでしょう。残念なことですが」
 二人が振り返ると、顔を強ばらせた皆が息を飲み込んだところだった。万事順調で行くと思ってはいなかったが、しかしこうも早く問題が生じるとは。
「どれだけ近づけば反応するか、それは設定できるようなので何とも言えませんが……」
 ジュリは伏し目がちにそう付け加え、唇を噛みしめる。
「でも魔族がある程度傍に来ていることは確かです、危険と認識する程に」
 メデス到着まであと六時間弱。
 危機は既に彼らを飲み込みつつあった。

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