white minds

第二十八章 守るべきもの‐9

 カイキ連合第二の中心惑星、ということだけあって、ファラールには数多くの建物がそびえ立っていた。ちょっと見ただけでも宮殿のようなものがいくつか、他にも塔らしきものが二、三建っている。
 そしてそのどれもに歴史とそれに対する誇りが感じられた。昔からこの星は小さいながらも他を引っ張る位置にいたらしい。澄みきった空も、温かな大地も、この星の宝なのだそうだ。
 だからどこを見ても、これといった不穏な空気は感じられなかった。道の隙間を縫うように行き交う人々に影はなく、ややせわしなく働いているといった印象ぐらいしかない。
「言葉は、通じるんですね……」
 裏道を行きながら、よつきはぽつりとそうもらした。時折耳に入ってくる言葉は意味不明なものではなく、やや訛りがあるものの同じ言語のようである。メデスでは出迎えの神数人としか話さなかったし、人間のいる町へ出ることもなかった。すぐに最新式の宇宙船に乗り込んだので気にとめることもなかったが、実際耳にすると不思議な感がある。
「ああ、おそらく地球にいた人間たちが宇宙へ進出したためだろうと言われている。いや、進出かどうかはわからないがな。それにこれは我々神や魔族の言葉でもある。公用語、とでも言うべきか」
 前を歩いていたシリウスが、ほんの少し振り返ってそう説明した。だがそんな話は初耳である。よつきは目を丸くしながら隣のジュリへと顔を向け、小首を傾げながら口を開く。
「宇宙の人たちって、地球から出ていったみたいですけど……聞いたことあります?」
「私はないです。おそらく相当昔のことじゃないでしょうか。だって巨大結界を張る以前のことですよ? 宮殿あたりにしか、そんな資料なんてないでしょう」
 会話はシリウスにも聞こえただろうが、今度は何も言ってこなかった。知識のなさに呆れているのか、それとも答えたくないのか。レーナと違い性格的には説明が好きそうではないので、こういう時には困りものだ。
「ねえねえジュリさん、目的地の教会までどれくらいあるんですか?」
 そこへ後方からぱたぱたと軽い足音を立てて、あけりが走り寄ってきた。宇宙へ出てからは隅でこっそりとしていた彼女も、今は幾分か晴れた顔つきである。傍まで来るとそのままするりとジュリの腕にしがみつき、大きな瞳を数度瞬かせた。懐かしさを感じながらも、ジュリはやや眉をひそめて微苦笑する。
「それは、私にもわかりませんよ。何も言ってませんでしたから」
「あ、そうだったんですか。説明の声、私たちの所までほとんど届かなかったんですよね」
「それならこっちへ来ればいいじゃないですか?」
「え、だって……」
 シリウスの背中、よつきの横顔をちらりと見上げてあけりは言いよどんだ。頬にかかった赤毛の影で、その表情は隠れてしまう。
「あけりさん?」
「し、新入りが出しゃばるとまずいし」
「え?」
「みんな仲良さそうだし。入りづらい……かなあとか」
 気まずさを押し隠すようにいたずらっぽく笑いながら、あけりはジュリをおもむろに見上げた。まさか自分がそういわれる方になるとは思っていなかったジュリは、言葉に詰まって目を丸くする。
「そんなに仲良さそうに見えます? 私たちむしろ、うらやんでた方なんですけど」
「え?」
「上の先輩たちって、もっと和気あいあいとしていましたから」
 ジュリはあけりの頭を軽く撫でた。それからまるで秘密を共有しあうかのように微笑んで、その顔を覗き込む。
「きっとこれの繰り返しなんですね。時間がたてばもっと仲良くなれますよ。だからあけりさんも、心配しなくて大丈夫ですから」
 まるで子どものようだなと思いながらジュリは笑った。宇宙で、重い使命を背負ってるにもかかわらず、抱えているのは些細なことだ。一人で生きていけない以上、それかどこまで行っても変わらないのかもしれない。
「もうすぐ着くぞ」
 そこでタイミングを見計らったようにシリウスが告げた。道の先には大きな塔に囲まれた、薄汚れた小さな家の姿がある。
「あれが?」
「そう、あれがこの星に残された唯一の神の根城。一見平和そうでしかし魔族のはびこるこの星で、ただ一カ所神界へと繋がる場所だ」
 それが人々に『教会』と呼ばれる建物なのだそうだ。はるか昔――救世主がこの星を訪れた頃の、何かの記念の場所らしい。
「ここの神界はみすぼらしい空間だからな、あまり期待はするなよ? 寝泊まりするだけ、と考えていてくれ」
 それは見た目からも予想することができた。そこが出入り口だけだったとしても、期待する気にはなれない。
 灰色の壁に灰とも茶とも何とも言えない色の屋根を持ったその教会を、彼らは見据えた。
 先行き不安な日々は途絶えそうになかった。




 静けさを感じさせる司令室で、滝は大きく息を吐き出した。ピークス、ゲット、バランスの宇宙組が旅立ってから、もう五日になる。音沙汰がないのは仕方ないにしろ、レーナ曰くこれといった動きも感じ取れないらしい。気になる魔族にも、目立った動きはなさそうであった。
「まあ、オレらにはいい話かもしれないがな。あと五日、乗り切ればいいんだから」
 つぶやいた言葉は誰の耳にも届かなかったようだ。自嘲気味にかすかな笑いをもらし、彼はいつもの大きな席に背中を埋める。
 あと五日たてば、ビート軍団は本来の姿まで成長を終える。戦力は減っているにしろ、レーナが完全な力を取り戻してくれれば大分情勢は変わるのだ。不安は軽減する。
「ああ、あともう少しなんだけどな」
 そこへ突然背後から声がかかった。慌てて振り返れば、そこには微苦笑しながら腕組みをするレーナの姿がある。
「れ、レーナ?」
「本当あともうちょっとなんだけどな、残念ながら」
 そう言ってため息をつく彼女は、見た目は十三歳程だった。長い黒髪は下ろしたままで白い肌は相変わらずだが、見慣れた姿よりも一回りはさらに小柄だ。彼女が生まれてから十一日目。本来なら十一歳のはずだが、どうしても成長が早まるのは仕方のないことらしい。内に秘めた『精神』の量に対応しようとするからだと、以前説明していた。
「何だよ、その言い方じゃ手遅れみたいじゃないか」
「手遅れ、ではないのだがな。しかし事は始まってしまった」
 椅子の背に手をかけながら、彼女は眉根を寄せた。そこはかとなく嫌な感覚を覚えて、彼は息を呑む。
「五腹心が動き出した。どうやらこちらが戦力を分けたのを耳にしたらしい。そろそろ確かめに来るだろうな、おそらく」
「確かめる? 何を?」
 そんなの決まってるだろ、と口にしながら彼女は小首を傾げた。外見が仕草に幼さを加えているが、それも何故だか不安をあおる。人気のない部屋に緊張が漂った気がした。彼女は、口を開いた。
「こちらに十分な戦力が残っているか、だよ」
 そう言い終わるか終わらないかといううちに、危険を知らせる音が鳴り響いた。警報が耳をつんざかんばかりに鳴り響く。
「ほーら来た」
「五腹心か!?」
「ああ、この気は……ブラストだな」
 慌てた足音が遠くから聞こえ、扉の開く音がした。だが彼女は笑っていた。
「ならばわからせてやろう。戦力が十分であると、な」
「え?」
「今のわれでも、それなりの力はあるよ」
 不敵な笑みを見て、彼は苦笑せざるを得なかった。
 そう、戦いはもう始まっていた。

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