white minds

第二十八章 守るべきもの‐10

 地上に降り立ったのは、黒い髪に灰色の瞳、満面の笑みを浮かべた青年だった。頭の上で一本に結ばれた髪が、風に乗って緩やかに揺れている。
 彼の隣には白い髪を流した、長身の男が控えていた。切れ長の瞳を辺りに走らせ、油断なく状況を見定めようとしている。
「遊びに来てあげたよー」
 黒髪の男――ブラストがまず声を上げた。楽しげですらあるその瞳には、しかし友好的な感情は宿っていない。子どもが虫の足をもぐ時のような、そんな好奇心とも取れる顔で彼はそこに立っていた。
 柔らかな風が吹き抜け、彼らの間へ土の匂いを運んでくる。
「それはご苦労様だな。わざわざ宇宙からこんな辺境の星まで」
「えー、ほらだってさ、楽しいじゃないここに来るの」
 答えたのはレーナだった。いつも通り余裕の笑みを浮かべた彼女は、青々とした草原の上に立ちはだかっている。彼女から少し離れたところには滝たち神技隊が控えていて、その成り行きを見守っていた。
「それにしても相変わらずだね、むかつくんだ君の言葉」
「そうか、それは残念だな。われとお前の感性は合わないらしい、遺憾だな」
 ブラストは顔をしかめた。それからオルフェに耳打ちすると、さらに目を尖らせて気配まで鋭くする。常人なら耐えられそうにない禍々しい気が、辺りを浸食し始めた。
「言葉遣いも何か難しいしー、ちっちゃいのに偉そう、腹立つ、腹立つ」
 彼は叫んだが、どうやらその小ささの差は気になっていないらしかった。そのことにひそかに安堵しつつ彼女は笑う。来たのがブラストで助かった。イースト辺りであれば何か勘づかれてもおかしくない、いや、確実に気づくだろう。部下のオルフェが鋭いかどうかわからないのが問題ではあるが。
「わかった、君をやっちゃえばいいんだよね。そうだよねオルフェ」
「極端に言えばそうですが……ブラスト様、今日は様子見ですので無茶は――――」
「そっかわかったじゃあやっちゃうよ!」
 そう言うと同時にブラストは動き出した。空へと大きく踏み出すと、彼女に向かって巨大な弓を構える。
「ブラスト様!」
「子どもだな、本当」
 オルフェとレーナの声が重なった。
 ブラストの放った弓を数本かわし、彼女は右手で白い光弾を生み出す。
「仕方がない……」
 ブラストとレーナを一瞥して、オルフェは息を吐き出した。それから天へと腕を掲げ、一筋の光を上空へと放つ。
 それは合図だった。透き通った空に数十人もの魔族が現れ、地上目指して急降下し始める。それに気づいた滝たちは顔を見合わせて走り出した。
「あの白髪はオレらがやる」
「頼む、滝にい!」
 オルフェを目指すのは滝とレンカ、残りの者たちは降りてくる魔族へと狙いを定める。レーナがどれだけ戦えるかわからないのが気になるところではあったが、アースたちもいるのでしばらくは何とかなるだろう。
 この戦いを乗り切れば、魔族たちは迂闊に地球への攻撃ができなくなる。
 それは戦闘直前、レーナが告げた言葉だった。戦力不足だと判断されれば、次に起きるのは総攻撃だ。だがそうでないと判断されれば、さらなる牽制へと繋がる。あちらも万全ではないのだから。
「肝心なのは最初、か」
 口の中で言葉を転がしながら、滝は口角を上げた。『やらなければ』ではなく『やってやろう』と思えるのは、自分でも不思議で仕方がない。強くなっているのかもしれない、意識しない内に。
「転生神か」
 オルフェがつぶやき、顔をしかめるのが目に入った。そこに勝利が潜んでいるように、感じられた。




 戦闘は思ったよりも有利だった。少なくとも彼にとってはそうだった。
 体が軽い。
 不思議なくらいなめらかに動ける。思ったように、イメージしたとおりに体が動いてくれる。だから対するオルフェの表情が次第に歪んでいくのも仕方のないことだった。
 勝てる。
 確信が滝の中に生まれていた。相手が五腹心の右腕だったとしても、負ける気がしない。それはレンカも同じなのだろう、時折援護として飛んでくる光弾にも迷いはなかった。
 黒い槍を剣で弾き、どこからともなくやってくる黒いつぶてを紙一重でかわす。振るった剣が白い髪を数本、空へと放った。
「まだだっ!」
 オルフェが低い体勢のまま跳躍した。滝は逃げずに剣を構える。ただ見据え、一瞬に狙いを定め、感覚を研ぎ澄ませた。
 黒い槍が脇腹のすぐ側を擦り抜けた。
 だが同時に、滝は自らの剣をオルフェの肩へと薙いだ。それは服の一部をかすめ、ほんの少しだけ血を浴びる。滝は地を強く蹴るとそのまま体を反転させた。
「ぐっ!」
 その横を、レンカの光弾が通り過ぎていった。それは今し方かすめたばかりのオルフェの肩を、見事直撃する。
「滝!」
「おうっ」
 ためらいはなかった。彼は長剣を振るい、一瞬動きを止めたオルフェへの右腹を狙った。鈍い音、低い悲鳴が、鼓膜を叩く。
「ぐふっ……」
 剣は見事右腹を貫いていた。彼はそれを抜き去り、もう一撃を背中からたたき込む。
 ほとばしる血が青々とした血に染みを付けた。だがオルフェは今度は悲鳴を上げなかった。ただうめきながら膝をつき、そのまま前へと倒れ込む。
「まさか、転生神が、こうも早く――――」
 かすれた声がかろうじて耳に入った。だが、それが最期の言葉だった。
 白く長い髪を草に投げ出し、布という布を真っ赤に染めたオルフェは、続きを口にすることなく消えていった。光の粒子となり、空気へと溶け込んでいく。
「勝った……」
 ただそれを見下ろしていた滝は、息をついてそうつぶやいた。まるで夢のようで、目の前の現実が信じられない。
 勝てるとは思った。
 けれどもこんなにあっさり、死に追いやれるとは思わなかった。
 あれだけ強いと思っていた相手を、こうも簡単に……。
「滝」
 傍まで走り寄ってきたレンカが、彼の肩に手を置いた。目を向ければ、何故か泣きそうな顔で彼女が笑っているのがわかる。
「レンカ?」
「滝、まるで別人だったわね。そう、まるでヤマトみたい」
「え?」
「行きましょう、残るはブラストよ。彼さえ倒せばこの戦いは終わる」
 踵を返し走り出す背中を、彼はぼーっと見つめた。だがすぐにはっとして、慌てて追い始めた。
 まるでヤマトみたい。
 それを何故彼女が言うのか。何故彼女が知っているのか。胸の奥にざらりとしたものがあるのを感じてならなかった。
 だが戦闘は、まだ続いていた。

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