white minds

第三十章 宇宙へ‐3

 思わずこぼれた小さなため息に、あけりは顔をしかめた。ため息を意識すると疲れがさらに増す気がするから、極力もらさないようにしていたのだ。
 気での探索を始めてからもう三時間。それは思ったよりも難航していた。今のところ誰一人として仲間の気らしいものを発見できないでいる。焦りと疲れが状況を悪化させているのは否めないことだったが、それにもましてこの時間というのは予想外だった。
 おそらくこの星にも原因があるのだろうと、シリウスは言っていた。対魔族用なのか、建物のあちこちに技を使った防御が施してあるらしい。金で何か買ったのかそれとも技使いに頼んでやってもらったかは定かではないが、それらが複雑に入り混じって至る所にあれば、いかに感覚が鋭くとも混乱してしまう。
「おいあけり、無理すんなよ。焦ったって見逃すだけなんだから」
 椅子にもたれかかるよう座り込んだ彼女の肩を、誰かが叩いた。上目づかいで見上げてみれば、眉根を寄せたユキヤが背後に立っている。緑がかった灰色の髪はぼさぼさのままで、だが深緑の瞳は輝きを秘めていた。彼女は手を小さくぱたぱたと振って笑顔を浮かべる。
「わかってるってユキヤ君。でもさー雷地君もマツバ君もコイカもいないんだよー? 早く見つけてあげなきゃ。きっと不安だよ、絶対」
「どっちだ」
 怒ったような声を発し、彼は彼女を見下ろした。彼女はきょとりとした顔でそんな彼を見上げる。
「ユキヤ君?」
「他の奴休んでるのにお前休んでないだろう。あのな、無茶とか無理とかそんなの格好良くないんだよ、だからやめ、駄目、禁止」
 どうやら怒っているらしいと彼女は判断した。だがその理由が思い当たらない。にらみつけるとまではいかないものの不機嫌さを露わにした彼を、彼女は何度も見たことがある。だがいつもこうなのだ。理由がはっきりとしない。
「えーっ、でもほら、サホさんとかジュリさんはずっとやってるもん。私だってやるの、いつまでも足手まといは嫌なのっ!」
 羽交い締めにしようとする彼の意図を察し、彼女は勢いよく立ち上がった。そしてそのまま逃げるように駆けていくと、休憩中のシリウスの背後に隠れる。そこから顔を半分だけ覗かせて、彼女は彼を半眼で見つめた。軽やかな赤毛が空気を含んでふわりと跳ねる。
「……私では大した楯にはならないと思うが」
「ううん! シリウスさんが傍にいたらユキヤ君やってこないもん」
「虫除けか何かか」
「ユキヤ君よけ?」
 シリウスは顔をしかめながらそう言い、彼女の方へと軽く視線を向けた。出会ってからそれほどたっているわけではなかったが、彼女の人なつっこさはここでも発揮されていた。なかなか他人とうち解けないシリウスさえも、彼女相手なら躊躇することなく喋る。当初は皆が目を丸くしていたものだ。
 それとは逆にユキヤの方はなかなかこの場にとけ込めないでいた。もとから人にあわせるのが苦手なのだろう、穏やかな面々が多い中ではどうにも浮きがちであった。常に落ち着いて指揮を執るシリウスとは、話す機会すらない。そのせいなのか、どうやら苦手としているようだった。
「あーっ、人がせっかく心配してやってるのにっ」
「それはわかってるから。でもね、今は精一杯やりたいの。だからお願い、邪魔しないでっ」
 シリウスを挟んでユキヤとあけりの声が飛び交う。顔をしかめつつも、それ以上シリウスは何も言わなかった。冷たい木と石でできた教会に、二人のにぎやかな声が響き渡る。だがそれでも集中しているのかジュリやサホの表情は変化しなかった。
「シリウスさん、そろそろこの二人止めませんか?」
 そこへ苦笑いを浮かべたよつきがそう口を挟んできた。冷たい椅子に背をあずけた彼は、癖のある金髪をかき上げている。町民に混じるため羽織った麻の上着が、ささくれだった木にすれて音を立てた。そんな彼の横顔を、あけりはこっそりと見上げる。
「んー何だかこのやりとりが不思議と懐かしくてな。特に覚えがあるわけではないのだが」
「でもこれじゃあ超人的なジュリたちならともかく、わたくしたちは集中できません。シリウスさん、人懐っこい人には甘いですよね。というか押し切られるというか」
「そうか?」
 よつきとシリウスが話し合うのは、宇宙ではごく普通のこととなっていた。初めの方こそ遠慮していたよつきだったが、今では何のためらいもなく忠告している。だが端から見ていてもそれは普通のことのようだった。二人の間に漂う空気が、違和感を感じさせないのだ。
「カルマラさんとかミケルダさんとかもそうですし。あ、レーナさんも人懐っこいですもんね」
「あいつらの押しの強さを同レベルに扱うとは……お前もなかなかだな」
 笑顔を浮かべるよつきへ、シリウスは無愛想な瞳を向ける。けれども怒っているわけでもなさそうだった。見る人が見ればそれは拗ねているようにも思える態度。もし今ここにアルティードがいれば苦笑していることだろう。
「まあレーナさんは特別でしょうけど――」
 そうよつきが口にした時だった。
「見つかりましたっ!」
 歓喜を含んだ芯のある声が響き渡った。皆の視線が一挙にそちらへと集まる。
「サホちゃん! 見つかったの!?」
 あけりはぱたぱたと駆け出し、立ち上がったサホの腕にしがみついた。息を整えながらうなずいたサホは、羽織っていた麻の上着に手をかけて口を開く。
「はい、今確かにたく先輩の気を感じました。ここからずっと南の方です」
 喜びにやや頬を染めるサホは、視線をよつきとシリウスの方へ移した。
 わき上がりかけた空気が、一瞬沈黙に包まれる。
「わたくしとジュリで行ってきます。近づけばすぐに気も捉えられるでしょうから」
「あともう二人ぐらい連れて行け。何かあった時の連絡要員は必要だ」
 声を上げるよつきに、シリウスはそう助言した。あけりは二人を交互に見つめると、ギュッと握っていたサホの腕を静かに離す。それと同時によつきがうなずいた。それから彼は視線をさまよわせ、もう一度口を開く。
「じゃあときつさんとレグルスさんを」
「わかった。こちらは引き続き探索と警戒を続ける」
 二人の言葉が、皆の緊張を一気に高めた。ゆったりとしたシリウスの動きさえも、どこか気持ちを引き締めるものがある。彼の指先がそのあごを捉え、そして膝の上へと落ちた。
「あちらが一緒にいるとも限らないからな。その辺も考えておいてくれ」
 彼はそう告げると音もなく席を立った。ゆらりと流れる藍色の髪を、あけりは見つめる。
「そうですね。では引き続きサホさんたちは探索をお願いします」
 つられるように立ち上がったよつきは、埃を払うようにするとサホたちに微笑みかけた。あけりとサホは顔を見合わせて、同時に相槌を打つ。
「行きますか」
 よつきの静かなかけ声に、ジュリとときつ、レグルスが席を立った。駆け出す四人の足音が、乾いた空気によく反響する。
「行ってらっしゃい!」
 見送るあけりの言葉が、軽やかに響いた。
 彼らの姿が扉の向こうに消えるのを、皆が見守った。

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