white minds

第三十章 宇宙へ‐6

 薄暗い教会。ささくれだった椅子や簡素な机を見てレーナはため息をついた。
 この人数でも狭さを感じさせる程の息苦しさである。ここが本拠地だと考えると、先に宇宙へ旅立った神技隊らが不憫に思えてならなかった。性格が曲がりそうだなとさえ考えてしまう。
「仕方ないだろう、ここぐらいしかなかったのだから」
 その心を見透かして、シリウスが口を開いた。座っていた椅子がぎしりと音を鳴らし、にわかににぎやかになった室内に埋もれていく。
 転移で戻ってきたコスミたちを、残っていた面々は温かく迎えた。同時にリンたち加勢組の到着に歓喜した。不安が解消されたためだろう、急に皆口数が多くなり、再会や無事を確かめ合って抱き合ったりなどしている。
 そんな皆の様子を横目に、シリウスとレーナは向き合っていた。
「この星もこれだけひどくなるとはなあ、本当残念だ。それに思った以上に魔族の動きが慎重だ。これはかなり本気だな」
 腕組みしながらレーナは大きく息を吐く。思い出の星ではあるのだが、それを感じさせない変容ぶりに眉根が寄った。
「さすがはプレイン先導といったところだな」
「そうだなあ、困ったもので。あ、そうだ。困ったと言えば!」
 そこで急に彼女は声を大きくした。怪訝そうなシリウスの視線が、手を叩く彼女へと注がれる。滑り落ちてきた髪を後ろへ追いやって、彼女は小さく苦笑した。その唇がゆっくりと動き出す。
「基地、というか船のことなんだが」
「あの白い巨大な基地か。本当に飛んでるとは驚きだが」
「そりゃあわれが作ったものだからな。ってそうじゃない、着陸するところがなくて困っているのだ」
 なるほど、と相槌を打って彼はあごに右手をあてた。この星にも一応宇宙船の出入りを想定した場所があるのだが、今はそれも魔族の掌握下である。そんなところにあんな船で飛び込むわけにもいかない。明らかに、人間のものではないとわかるからだ。だがかといってそれ以外に適当な場所もない。
「神技隊に関して言えばわれが移動させるのは別にかまわないんだが、食料の問題もあるからな。やはりどこかへ落ち着きたい」
 彼女がそう言うと彼はぴくりと眉を跳ね上げさせた。だがそれも一瞬のことで、続いて複雑そうな苦笑がその唇からもれる。
「ん? どうかしたか?」
「他人を転移させ放題なんて、精神の濫用もいいところだな。だが今のお前ならできそうだというのがまた怖い」
 他人を、それも人間を転移させるなどどれだけ危険なことか彼もよく知っていた。少なくともそれを実行しているところを見たことはなかった。
「ユズがやってたんだからわれだってできる。しかももう前みたいに精神量の制限がないからな、使いたい放題だ」
 満面の笑み、と表現するのが相応しいような顔で彼女は笑った。閉口した彼は細く息を吐き出して、短い前髪をかき上げる。
「ちょっとレーナ、使いたい放題ってのは駄目だからね」
 そこへ会話を耳に挟んだのか、慌てたリンが割って入ってきた。それまで再会の抱擁に励んでいたらしく、取り残されたあけりが後ろで寂しそうな顔をしている。
「そんなこと知れたら後で私たちがアースに叱られるんだから。だからジュリたちの迎えも駄目よ。使うのは最低限、最小限。節約だからね」
 人差し指をつきだしてくるリンへ、レーナは曖昧な笑みを向けた。シリウスは笑いを押し殺してるのか、俯き気味に肩をふるわせている。
「わ、わかったわかった。怒られるのはわれも嫌だし、また無理矢理寝かされたらかなわんからな」
「あなたたちがどんな生活してるのか疑問だけど、とりあえずお願いね」
 リンはそう告げると踵を返してあけりの方へと戻っていった。後ろ姿を見送ったレーナは、顔をしかめてシリウスの肩を軽く叩く。
「話が逸れたが笑っている場合じゃないぞ。それで船を泊めるのに適当な場所を教えて欲しいんだ」
 間近で瞳を覗き込まれて、彼はようやく笑いを飲み込んだようだった。一瞬目をそらして考え込むと、おもむろに口を開き始める。
「船が泊められそうな場所、となるとかなり限られてくるが。ここから一番近いとなればアーデスあたりか」
「うわっ、結構遠いな。船だと二時間くらいかからないか?」
「普通なら三時間だ。お前のなら二時間かもしれないが」
 うなる彼女の細い肩を押し戻して、彼は口の端を上げた。彼女は不思議そうに小首を傾げながらもとりあえずうなずく。
「わかった、アーデスしかないのなら仕方ない。アーデスのどこへ降りればいいのかわかるか? さっさと行ってやらないと、あいつら退屈してるだろうからな」
 周りの面々を見回しながら彼女は椅子に背をあずけた。今にも壊れるのではないかと思えるくらいのものだが、幸いにも嫌な音は立てなかった。
「北の方は全て海だ、そこなら無事降りられるだろう。許可もいらないしな。南へ行けば人がいるから食料も何とかなるだろう。神界もあるからうまく利用してくれ」
 彼はそう答えて同じように周囲へと視線を移した。再会を喜ぶ者たちの様子は微笑ましくある。子どもっぽい、という印象も否めないが。
「ここにこの人数を収容するのは無理だよなあ。少し基地へ連れてくか? 疲れている者もいるようだし」
 彼女の提案に彼は首を縦に振った。今回の件で疲労がかなり溜まった者も多いだろう。特に捕まっていた者の心労もなかなかのようだ。
「すぐに出るか?」
「まあ適当な時間に。この再会劇が終わったらだな」
 その言葉が苦笑を誘ったのは、言うまでもなかった。




 よつきたちが帰ってきたのは、レーナたちが去ってから一時間後のことだった。
「ええーっ、もう行ってしまったんですか? 残念ですね、早すぎですよ」
 教会に入って話を聞くなり、よつきはそう言って苦笑いを浮かべた。そして部屋にいる面々へと顔を向ける。
 まず大きく目を見張ったのは、ホシワたちストロング三人組が残っていたことだ。さも当然のような顔でくつろぐダンは、ミツバとお喋りをしている。その隣ではホシワが椅子の大きな棘を抜いていた。三人ともちょっと視線を向けて手を挙げたくらいで、何かあったのかと言わんばかりの様子だ。
 ゲットではアキセとサホの姿がなかった。逃げたなとよつきはちらりと思ったが、当人がいなくてはおもしろくもないのでその言葉は奥へとしまっておく。
 それからあちこちへ視線を巡らせてみれば、コイカの姿がないのもわかった。
 いないのはこの三人。どうやらダンたち三人と入れ替わりのようである。
 よつきはやや顔を曇らせながら癖のある髪をかいた。会えると思っていた者に会えないと寂しさは禁じ得ない。
「たく、無事だった!」
 そこへぱっと顔を輝かせたコスミが走り寄ってきた。思ったよりも元気そうな姿に、よつきは小さく安堵の息を吐き出す。それまで死んだような顔色だったたくも、目を大きくして彼女の方へと歩み寄った。二人が手を取り合って喜ぶのを横目にしながら、よつきはジュリへと声をかける。
「真似してみます?」
「何でですか。それよりシリウスさん、じゃあ今レーナさんたちはどこにいるんですか?」
 軽い冗談をあっさりと流され、よつきは寂しそうに顔をしかめた。真顔のジュリは椅子に座るシリウスへと眼差しを向けている。
「今はアーデスへ向かっているところだ。この星には泊められないからな」
 シリウスがそう答えるとジュリはほんの少し頭を傾けた。長い茶色い髪が肩からこぼれ落ちていく。
「私たちは普通に来ましたよね?」
「それは人間の使う船を拝借したからだ。あんな高性能なのなら、乗ってるのが普通の人間じゃないと一目でわかってしまうだろう」
 なるほど、とよつきは相槌を打った。あの基地が宇宙船になるだなんていまいち実感がわかないが、普通でないことは確かだ。外装はホワイトニング合金だかなんだかを使っているとか、エメラルド鉱石を使っているとかどうとか、とにかく豪華なつくりになっているらしい。
「しばらくして落ち着いたら、またメンバー入れ替えに来るそうだ」
 そう付け加えるシリウスへ、よつきとジュリは不思議そうな視線を送った。するとそれに気づいたのか、彼は苦い笑みを浮かべながら部屋の中を指さす。
「こんなところに長いこといたら気が滅入るだろう、だとさ。まあここへ食料運んでくるという意味もあるらしいがな」
 彼の言葉に思わずよつきとジュリは声をもらして笑った。確かに緊張の方が勝っていたとはいえ、この部屋の空気が体によくないのは確かだ。
「それって転移で来るってことですよね?」
「だろうな。化け物、といったらまた怒られそうだが、とんでもない奴だ」
 呆れた顔の彼は、のびをするように椅子に背をあずける。ギギギという軋む音がもれた。
「怒られますね。特に梅花先輩に」
 そう答えたよつきにも、複雑そうな笑みが浮かんでいた。
 ついこの間まで近くにいたはずの人たちが、遠くにいる気がする。手の届かないところへ行ってしまっている気がする。
 そんなことを思いながら彼は笑った。

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