white minds

第三十一章 証‐1

 古びた教会を緊張が包んだのは、七月六日のことだった。
 地道な聞き込みを続けていた神技隊のもとに、不穏な報告がもたらされる。
「五腹心がまた本格的に動き出した」
 落ち着いた言葉が、冷たい空気を振るわせた。そう告げにやってきたのはレーナだった。転移で現れた彼女は、いつにないくらいの真顔で開口一番そう言う。
「ほ、本当ですか!?」
「誰が動き出したんだ?」
 それまで話し合っていたよつきとシリウスが、振り返って口々にそう尋ねた。彼女は一度うなずくと、周りにいる者たちの顔を一瞥する。
 皆が黙ってその問いかけの答えを待っていた。やはりプレインが動き出したのだろうか。ファラールでの活動が本格化するのだろうか。問いかける彼らの瞳は瞬きすることも許されないかのようだ。彼女は目を細めると、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「残念ながら今は五人ともだ。最初はラグナ、ブラスト、プレインだけだったのだがな。おそらくイーストたちは手伝えてでも言われたのだろう」
 その返答から現状を読みとり、シリウスは深く嘆息した。
 五人全員が動き出した。それはつまり大戦が避けられないことを意味する。プレインだけならまだしも、あちらが皆やる気になればそれを防ぐ手だてはない。
「今、奴らはどこにいるんだ?」
「魔族界。おそらく部下の招集をかけてるんだろう。奇襲よりも数重視ってことは、ファラールへ乗り込んでくるつもりだろうな」
 室内の温度が数度下がったような気がした。
 ここで戦闘が起きればどんなことになるか、誰もが理解していた。
 下級魔族があちこちに潜伏しているため、人々の避難もままならない。そんなところで戦いが始まれば、多くの人間が犠牲になるだろう。
 そして恐怖が蔓延する。
 ファラールを見せしめに、彼らは多くの人間たちの心を落とそうとしているのだ。
「今は船を動かしているところだ。もうじき残りの神技隊もこちらにやってくる」
 レーナはそう付け加え、ふと肩の力を抜いた。口元にいつもの、否、いつも以上の不敵な笑みが浮かぶ。不思議な力強さを秘めた笑みだ。
「だが怖じ気ついていても仕方がない。エネルギー集めが目的なら、あちらもそう無茶をする気もないだろう。むしろ痛手はごめんと思っているはずだ。もし『万が一のこと』が起きれば動揺はすさまじい」
 彼女の強気な発言に、よつきは息を呑んだ。彼は隣にいるシリウスへと視線を向け、その様子をうかがう。
「勝算はあるのか?」
 シリウスは落ち着いた表情のままそう問いかけた。その青い瞳を、彼女は真正面から見据える。
「われがラグナとプレインを相手する。レシガやイーストは思い切った行動はしないだろうからいいとして、問題はブラストだな。奴を抑えられれば勝てる」
 彼女はそう言いきった。シリウスは小さくうなずくと、突然踵を返して奥へと向かう。慌てたよつきはどうしていいかわからず、二人を交互に見比べた。
「他の神界への応援要請といったところだ。今回は人数も鍵となるからな」
 そんな彼へレーナが一言説明し、穏やかな笑みを向ける。彼女は右手で、彼の肩を叩いた。
「おそらく数時間後、戦闘が始まる。それまで準備しておいてくれ。われも準備しつつ魔族の動向を監視しておく」
 彼女の言葉に、彼はうなずくことしかできなかった。
 確実にその時は近づいてきていた。




 風が強く吹いていた。
 街の中を行き交う人々も、上着の襟に手をかけている。寒々とした空の下ではあらゆる空気が温度を失っているようだった。
 足取りは速く、顔は俯き気味で、交わす言葉はない。
 だがその日常すら壊れかけていることを人々は知らなかった。
「本当に来ちゃったねえ」
 赤い屋根の上に、一人の青年が腰掛けていた。頭の上でくくられた黒い髪が、風に乗って揺れている。
「予想範囲内でしょう。そのために私たちまで呼び出されたんだから。五腹心が足止め役だなんて、部下に知られたら止められるわよ」
 その隣にはワインレッドの髪の女が立っていた。鋭い輝きを秘めた金色の瞳は今は一点に注がれている。彼女たちのいる屋根、その下の路地。そこに立つ青年たちに。
「ごきげんよう、五腹心の皆さん」
 おどけた声音で挨拶したのは、その中の一人――レーナだった。彼女のいたずらっぽい眼差しは、優雅に立つレシガへと向けられている。
「いいわけないでしょう、機嫌など」
「それは残念だな、せっかくこうやって迎えに来たというのに」
「ええ、それは嬉しく思うわ。探す手間が省けるのだから」
 二人の声が寒々した路地に響いた。そのやりとりに不安を覚えた人間たちが、足早に駆けていく。
 集いし五腹心、それに相対するは神技隊ら。
 互いが互いの意図を知りながらやってくるという、妙な状況が生まれていた。
「その人数で僕らを押しとどめるつもりなの? 五腹心なのに、なめられたものだね」
 座り込んでいたブラストが、不満げに声を上げた。その様子に、隣の屋根に座り込んでいるラグナが苦笑を漏らす。
 五腹心は五人ともが姿を現していた。普通の人間なら、否、普通の神でさえその光景を見たらすぐに逃げ出すだろう。それだけのオーラを彼らは放っていた。
 だが神技隊側は全員ではなかった。
 滝とレンカ、シンとリン、青葉と梅花、そしてシリウス、レーナ、アースの九人である。
「転生神勢揃いだぞ? 文句はなかろう」
 しかし動じる様子もなく、レーナはそう笑顔で返した。立ち上がったラグナが、右隣にいるイーストに一瞥をくれる。
「おい、イースト。あのむかつく嬢ちゃんをオレが相手していいか?」
「私はかまわないよ、ラグナ。ただ君一人で相手できるかが心配だ」
「ちっ、うざい奴だぜ。だがお前は相手する気ないんだろう?」
「プレインでも連れてくといいよ。結構前回のが屈辱だったみたいだから」
 五腹心の狙い、それはレーナや転生神を足止めすることだった。そうでなければ星中に配置した部下があっと言う間にやられてしまう。
 一方神技隊側の狙いも、同じく五腹心の足止めだった。人間への被害を最小限に食い止め、恐怖を蔓延させないためにはそうするしかない。
「じゃあ僕はヤマトとリシヤね。僕のオルフェを連れていっちゃった罰を受けてもらわないと」
 それまで不満げにしていたブラストが、妖艶に口の端を上げた。灰色の瞳には不気味な光が宿り、滝とレンカを見据えている。
「じゃあレシガ、君はどうする? 残り大分絞られてきてしまったけれど」
「流れに任せるわ。たまにはあちらの希望も聞いてあげないとね?」
 イーストに問いかけられたレシガは、くすりと笑いながらまたレーナを見下ろした。強く風が吹き、彼女の長い髪を空へと運んでいく。
「それは嬉しいな。じゃあオリジナル、イーストの方を頼む。シンたちはレシガだ。無茶せず気長によろしくな」
 聞く人が聞けば驚くしかないことを、レーナは言ってのけた。だが彼女の仲間たちは何も言わずに、大きく相槌を打つ。
「じゃあそろそろ時間かなあ。僕らの部下が勝つか、君らの仲間が勝つか、今から楽しみだね」
 棘のあるブラストの声が、殺風景な路地に染み渡った。
 それが戦闘開始の、合図だった。

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