white minds

第三十一章 証‐2

 遠くからは戦闘音が既に聞こえてきていた。爆音、結界が何かを弾く音、震える空気。そしてすさまじい気。全てが見せかけの平和へと終わりを告げていた。
「あちらはもう始まったみたいね」
 そうつぶやくように言うと、長い髪をレシガや後ろへ追いやった。
 屋根の上に立つ彼女、その金色の瞳は不可思議な光を帯びている。シンはその様を見上げながら、大きく息を吸い込んだ。
 足止めだけ。だから無理をしてはいけない。
 それはレーナから何度となくいわれた言葉だった。転生神だとわかったとしても、だからといって突然強くなるわけではない。無論、そんなことは彼自身が一番よく知っているのだが。
「私の相手が、あなたたちなのはよかったと思っているけれど」
 レシガは眼差しを彼らの方へ向けると、感情の読みとりにくい微笑を浮かべた。彼はその微笑みの意味がよくわからなくて、隣にいるリン、そして何故か背後にいるシリウスへと一瞥をくれる。
「なめられている、というわけではなさそうよ」
 リンは一言そう告げると、にこりと微笑んだ。その様が不思議だったのだろう、視界の隅でレシガが眉をひそめているのが見える。
「何でだ?」
「あの人……じゃない、魔族か。戦闘するの嫌いみたいだから。嫌いというか面倒というか」
 はっきりとリンがそう述べると、言い当てられたレシガはくすりと笑い声をもらした。この場に他の魔族がいれば、その珍しい光景に驚き慌てていたところだろう。五腹心同士ででもない限り、彼女はいつも気怠そうな顔しかしないのだ。
「ご名答。足止めならこの通り、話し合っているだけでも十分ですものね。他の神は皆熱そうだから、苦手なタイプよ」
 なるほど、とシンは心中でうなずいた。彼らは無理をするのはごめんだったが、どうやらそれは相手も同じだったらしい。足止めということなら、牽制するだけでも十分なのだ。
「だからといって戦わないわけにはいかないがな」
 くぎを差すように、シリウスがそう言った。
 隙をついて手痛い一撃をくらわせる。それはひそかなる目標でもあるのだ。
「それは、わかってます」
 レシガを見据えながらシンは答えた。爆音が轟き、痛い程鼓膜を振るわせる。
 ひそかなる目標に最も近いのはレーナたちだ。先ほど横目で確認したが、ブルーになってラグナとプレインを翻弄していた。
 下級魔族たちはもう動き出している。神技隊だけではなく近くの神界からも加勢は来てくれるようだが、止められるかどうかは紙一重だった。
 いや、戦闘が長引けば長引く程それは難しくなるだろう。一般人への被害が大きくなり、じわじわと恐怖は広がってしまう。
 無茶はしてはいけない。だが一刻も早く相手を追い返したい。
 もっと力があればと願わずにはいられなかった。彼は拳を、力強く握りしめる。
「やはり戦うの? それは残念ね」
 レシガは深くため息をついた。ただ戦闘が嫌い、という風ではないところが彼女の妙なところである。その顔にはいかにも面倒そうだとはっきり書いてあった。
「私は援護に回るから存分に戦え」
「ってシリウスさんが援護ですか!?」
「何か問題か? 確かに他の奴らよりはお前たちの方があわせやすそうだが、それでもいきなり息ぴったりというわけにはいかないだろう」
 シリウスの言葉に、シンは驚きの声を上げた。彼の言うことももっともだが、それでも腑に落ちない気分である。
「気にしないでおきましょう、シン。こっちがあわせようと思ってもなかなかできないんだし」
 だがリンはすぐにそう言ってうなずくと、レシガへと鋭い眼差しを向けた。凛とした強さを感じさせる横顔が、彼の心を奮い立たせる。
「だな、一応転生神だしな」
「そうよ、これでも転生神だからね」
 決意に満ちた声は、吹き荒ぶ風に運ばれていった。




 時折鼓膜を叩く耳障りな音が響いた。気からわかるが、見えない程の上空で戦闘が行われているようだ。
「始まってるみたいですね」
 そうよつきはささやくように言った。隣を走るジュリがうなずき、困ったように微笑む。
「ええ、そうですね。うまくいってくれるといいんですが」
 二人が向かっているのは東の街だった。おそらく魔族はこの星の至る所にいる。だが効果を考えれば、人間の多いところに集まっているだろう。だから皆がそれぞれの中心となる街へと向かっているのだ。
「神の応援がいつ頃かは知りませんけど、とにかく数が足りませんからね。早く追い返してもらいたいものです」
 よつきは空を一瞥した。
 魔族が一体どれだけいるのかわからない。一般市民を守りながらの戦うのがいかに大変かは、地球でよく身に凍みていた。ただでさえ困難なものに人数差まで加われば、苦戦は必至だ。
「よつきさん」
 気がつけば、ジュリは立ち止まっていた。慌てて振り返ったよつきは、彼女の視線の先を見据える。
「どうやら私たちも戦闘開始のようですよ」
「そのようですね」
 そこには小さな子どもが数十人、震えながらうずくまっていた。大人が一人混じっているが、青白い顔で震えているばかりだ。風の音に混じり、時折泣き声が聞こえてくる。
 彼らの傍には、二十歳前後の男がいた。エメラルドを連想させる鮮やかな緑の髪、黒い肌の男。魔族だ。
「わかりやすい外見ですねー。緑の髪の人間なんていません」
「そもそも気を隠すつもりもないみたいですしね。じゃあ始めましょうか」
 二人の行動は早かった。男が右手を掲げると同時に、光の筋が彼の腕を貫いた。
 くぐもった悲鳴と、驚きの声が辺りに響き渡る。
「な、何者だ!?」
 右腕を押さえた男が、彼らの方へと双眸を向けた。よつきはいつも通り穏やかに微笑んで、手をひらひらとさせる。見る者にはわかる、気の流れが彼の掌中には生まれていた。
「ご覧の通り、無名の技使いです」
「もう来たというのか!?」
「途中まで楽させてもらいましたからね。転移ってすごいです」
 彼はシンプルな拳銃を取り出した。レーナ特製のものだが、もう手に馴染んでしまっている。彼はそれを構えながら、ジュリへと目で合図した。
「お願いしますね」
「はい。ただあの人たちからすると私たちも魔族も区別つきませんからね? できるだけ近づかないようお願いします」
 彼はうなずくと、ためらうことなく引き金を引いた。拳銃から白い弾丸が飛び出し、同時にジュリも駆け出す。
「うわぁぁ」
 数人の悲鳴がもれた。魔族が避けた弾丸が、子どもたちの前で跳ね返された。ジュリの結界が彼らを守ったのだが、そんなことはわかっていないだろう。
 その間に彼女は魔族の横を擦り抜けた。慌てたように魔族は左手を伸ばすが、弾丸がその指先を弾く。
「あなたの相手はわたくしです」
 よつきはゆっくりと宣言した。拳銃は青白い光に包まれ、その存在を主張している。
「でもすぐに終わりますから、心配しないでくださいね」
 彼の微笑みは、魔族の表情を凍らせた。
 断末魔の悲鳴が響き渡ったのは、それから間もなくのことだった。

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