white minds

第三十一章 証‐3

 灰色の煙に包まれて、家が燃えていた。人々の悲鳴が遠く近く、耳に届く。
「無茶苦茶なんだよ」
 毒づくようにもらしながら、サツバが立ち上がった。髪に降りかかった灰をほろい落とし、辺りを見回す。
 街は戦場と化していた。
 否、廃墟への道を辿っていた。
 魔族が何人いるかは知らなかったが、彼らは問答無用にその街を焼き払おうとしていた。炎の球が空を飛び交い、目を灼くような光が人々の動きを鈍らせる。
「この町は見せしめとして使われるんだ」
 同じく灰をかぶった北斗がそう言いながらうめいた。彼の後ろを数人の子どもが駆けていく。皆がぼろぼろの服に赤い染みを作り、頭には白い粉をかぶっていた。先ほどの爆発でやられたのだろう。
「見せしめ、か。嫌な言葉だぜ」
 サツバが吐き捨てると同時に、爆発音が響いた。視線を巡らせれば後方の家屋が炎を上げていた。光弾が落ちてきたのだ。
「ようやくご本人の到着だぞ、サツバ」
 北斗の声に、サツバは振り返った。振り仰げば、空にふわふわと浮かぶ魔族の姿が目に入ってくる。
 魔族は六人だった。皆が皆一様に灰色のマントを頭からかぶり、体格さえよくわからなかった。まるで趣味の悪い宗教だなと彼は思う。それも人間を怯えさせるための手段なのだろうか?
「来る」
 北斗のささやきがかすかに耳に届いた。と同時に、六人は一斉に動き出した。
 二人を取り囲むように空中に円を作った彼らは、タイミングを合わせて炎の矢を幾つも落としてくる。だが避けるのは二人にとって造作もないことだった。地球での戦闘を思えば、大したことではない。
「うわぁぁぁっ」
 奇妙な叫び声に、思わずサツバは足を止めた。声の方に目線だけやれば、背中の炎を消そうと必至になっている少年の姿がある。
「ああーっ、くそっ!」
 彼は少年の方へと駆けだした。降り注ぐ矢をかいくぐりながら走れば、肉の焼ける嫌な匂いが鼻を突く。
「大丈夫か、ガキっ」
 炎を手で叩き消して、サツバはそう問いかけた。しかし少年は憎らしげな眼差しを向けただけで、御礼も言わずに走り去っていく。
「な、何だよ……」
「サツバ危ねえ!」
 ぼやくのと警告が届くのはほぼ同時だった。咄嗟の勘で前へ飛べば、その背中を爆風が後押しする。
 よそ見してる場合じゃあないか。
 彼は心の中で舌打ちした。彼のもといた場所に、小さなクレーターができている。大きく地を蹴って上空を見やれば、魔族が一人彼へ腕を向けているところだった。
「空から悠々とってか!」
 近距離が得意な彼にとって、この状況はいただけなかった。相手はあくまでも空から攻撃するつもりらしい。空中戦は多くの技使いが苦手とする。それを知っているということは、なかなか侮れない奴だ。
「なめんなよっ」
 降り注ぐ炎の矢を、彼は結界で弾き返した。霧散する矢を視界の端に捉えながら、空へ向かって手のひらを掲げる。そこから透明な筋が数本、魔族へと向かって突き進んだ。
 それは水だった。
 普通の人間ならそれが何であるかわからない速さで、魔族へと放たれる。だが魔族はそれをあっさりとかわし、後方へと少し下がった。
 しかしそれでもいいのだ。炎に飲み込まれた空間には少しでも水が必要だった。まだ神技隊ならばましだが、人々がどこまで耐えられるかはわからない。絶望が広まればそれはあちらの思うつぼだ。炎が人々に恐怖を植え付ける前に、何とかしなければならない。
「早く何とかしてくれよな」
 つぶやきながらサツバは視線を巡らせた。煙が目に入り痛みが生じるが、それでも我慢して精神を集中させる。
 五腹心の気は、依然としてこの星にある。
 戦いが少しでも早く終わることを、彼は願っていた。




 戦闘は予想通り長引いていた。
 棒のようになった足を引きずりながら、アキセは懸命に光弾をかわす。着弾したそれが炎を上げ、彼の頬を火の粉がかすめていった。
 肺に入る空気が熱くて痛い。息をする度に胸が痛み、意識が遠のきそうになった。おそらく空気中の酸素が少ないのだ。燃える炎に奪われているのだろう。
「あれから、どれだけたったんだ?」
 鉄のようなかたまりを抱えながら、アキセは辺りを見回した。あけりたちの悲鳴を聞きつけてサホがここを離れたのは、大分前のことだ。
「遅いよな」
 彼はそうつぶやきながら鉄のかたまりを前へとつきだした。そこから数え切れない弾丸が発射され、迫ってきていた魔族を二人、亡き者にする。
 体力の限界は、おそらく多くの神技隊を襲っていることだろう。男である彼だってこうなのだから、サホたちはかなりきついはずだ。
 彼は奥歯を噛みしめた。
 一対一なら何のことはない相手だ。だがあまりにも数が違いすぎる。次から次へと現れる魔族は確実に皆の体力を、精神力を奪い取っていった。
 いつまで続くかわからない戦い。
 地球でも似たような状況はあったが、しかしここまで悪くはなかった。少なくともある程度気が感じられる範囲に仲間たちがいた。それが心の奥底で安心感へと繋がっていた。
 皆が頑張っている。皆がまだ生きている。
 そのことがどれだけ自分の腕を後押ししてくれたか、彼はちゃんとわかっていた。だが今、気の感じられる範囲に見知った者は存在していない。
「このっ!」
 再び近づいてくる魔族の気配。彼はその方へ鉄のかたまりを向けると、無数とも思える弾丸を撃ちだした。そのうち幾つかはかわされるが残りは見事命中し、一気に闇へと葬り去る。
「サホがいないと単調な動きしかできないな。オレの精神が尽きるのが先か、戦闘が終わるのが先か」
 絶望してはいけないと、気弱になってはいけないとわかってはいた。
 それが魔族たちの狙いなのだから。
 それでも愚痴が多くなるのを止められはしなかった。
 目に入るのはどこからともなく現れる魔族の姿、燃える家々、逃げまどう人々。希望を繋ぎ止めるものは何もない。
 走り続けたからだろう、ひどく足が痛んだ。この武器――鉄のかたまりにしか見えない物――を持っているだけで腕がだるくなる。
「限界なのかな?」
 独り言も多くなった。それでも正気を保っていられるのは、サホが戻ってくると信じているからだ。
「ここで倒れてるわけにはいかない」
 何度もつぶやいた言葉を、彼は口にした。
 彼女は戻ってくる、だからそれまでは堪えなければならない。火の粉を払いながら、彼は深く息をした。
 その時、
「あけり?」
 見知った気が近づいてくるのを、彼の感覚は捉えた。それはあけりのだった。気の判別に長けているわけではないが、ここしばらく一緒にいたためすぐにわかる。
「アキセ先輩!」
 すぐに彼女の姿は視界に入ってきた。技を使っているのだろう、尋常じゃない速さで近づいてくる。赤い炎と煙が覆う中、彼女の姿は次第に大きくなっていった。
「サ、サホ先輩が……」
 すぐ側までやってくると、息を整えならがあけりは口を開いた。体を強ばらせて、アキセはただ彼女を凝視する。
「こ、子どもをかばって、斬られました。傷が深くて私の力じゃ治せないんです。意識はあるんですが出血がひどくて」
 世界がぐらりと揺れたようだった。彼は倒れそうになるのを何とか堪え、唇を強く噛む。頭の中で彼女の言葉が回っていた。顔色は、おそらく悪いだろう。
「この場は私に任せて、アキセ先輩は行ってください。一般人が隠れてたところを狙われて、ほとんど防戦一方なんです。アキセ先輩の武器の方が多分有効です」
 よく見ればあけりも泣きそうだった。この場に彼女を残すのは気が引けるが、サホの方がどうしても気になる。
 どうすべきか?
 悩みは顔に出ていたのだろうか。あけりはちょっと微笑むと、細い手のひらをぱたぱたとさせて口を開いた。
「私なら大丈夫です、ユキヤ君たちが来てくれることになってるから。私が早いんで追いつけないみたいですけどねえ」
 なるほど、確かに魔族の気に混じって見知った気が近づいてきていた。アキセはうなずくと、振り返らずに一目散に駆けだす。
「頼みますね!」
「そっちもなっ」
 声だけが交差した。崩れた家々を、火の粉を掻き分けながら彼は走る。あけりが来た道を逆に辿れば、すぐにサホたちの気は見つかるだろう。
 足の痛みも、このときばかりは感じられなかった。
 彼は全力で、小道を抜けていった。

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