white minds

第三十一章 証‐6

 爆音が止んだと同時に、何かの倒れる大きな音がした。
「え?」
 サツバは気の抜けた声を上げる。四人の魔族は今の一撃で倒したはずだった。光の粒子が空気へと溶けていくのをちゃんと確認したのだ。自分の他にこの場にいるものといえば――
 北斗?
 ずっとともに戦ってきた北斗が、視界の端にいなかった。彼は右方を振り返り、絶句する。拳が震え、嫌な汗が背中を流れた。
 道のど真ん中に、北斗は倒れていた。最後の一撃でもくらったのだろうか? それとも力つきたのだろうか? 体力はかなり落ちているようだったからどちらの可能性もあった。もしくらったのが精神系や破壊系の技ならかなりまずい。
 精神量が足りなければ、意識を保っているのも難しい。
「北斗? しっかりしろよ、北斗!」
 喉がかれんばかりにサツバは叫んだ。額から落ちる一筋の血をぬぐい、棒のようになった足を無理矢理動かす。 
「北斗!」
 再度呼びかけても彼はぴくりとも動かなかった。よろめきながらサツバはその傍へと歩いていく。今までになく泣きたい気分だった。敵の姿は見えないのに、震えが止まらなくなる。
「何で動かないんだよお、何で返事しないんだよお。オレ一人でここ乗り切れるわけないだろ?」
 北斗の横に座り込み、サツバは体を揺り動かした。それでも瞼一つ動かさなかった。
 いつでも傍にいるのが当たり前だと思っていた。斬りつけられることもあった、吹き飛ばされることもあった。でも弱音を吐きながらも、北斗はへらへらとした笑みをサツバへと向けていた。転生神たちのように強くもないし、自信もない。それでも二人で戦えばそれなりに乗り越えられると思っていた。
「死ぬ……んじゃあないよなあ?」
 空から降り注いできた炎の矢が幾つか、二人の傍に突き刺さる。えぐれた地面が白い煙を上げた。
 頭が割れるように痛い。足が固まりきっている。体が思うように動いてくれない。それでもそっと手を伸ばし北斗の手を取った。
 まだ、脈はある。
 それがサツバをほんの少し安心させた。死んだわけではない、おそらく気絶しているのだろう。危険な状況には変わらないが、まだ希望はあった。
 サツバはよろよろと立ち上がる。敵を完全に葬り去ったわけではないのだ。
「来た」
 彼は空を見上げた。灰色のマントに身を包んだ男たちが五人、崩れかけた屋根の上に降り立った。フードを目深にかぶっているため表情はうかがえない。その姿に何人もの人々が恐怖の顔で凍り付いていたのを、サツバは思い出した。
 彼らはひそかに瓶を持ち歩いている。精神を集めるための特殊な瓶だ。
「お前たちがいるから北斗はっ」
 苛立ちは叫びとなって表れた。だが体は思うように反応してくれなかった。何も言わずに降り立ち、向かってくる魔族。サツバは何とか立ち上がり彼らをにらみつけた。
 体が重い。戦わなければ死ぬとわかっているのに腕が上がらない。彼は大きく息を吸い込み、気力を振り絞る。
 一人目の魔族、その右腕から炎の矢が放たれた。彼はそれを小さな結界で弾き返し、向かい来る男を真正面からにらみつける。
 渾身の力を、サツバは振り絞った。前へ踏み出して体ごとぶつかるように拳を振るい、腹へと打ち込む。精神のこもったそれは、魔族を見事崩れた家へと吹き飛ばした。灰色の布がはためき、勢いよく離れていく。
 まだやれる。
 転びそうになるのを堪え、サツバは立ち止まった。
 だがその背中を、突如強烈な痛みが襲った。
 氷水を浴びたような、炎に焼かれたような鋭い痛み。斬りつけられたのだと気づいたのは目の前に迫る魔族の数を確認したときだった。
 一人足りない。
 背後から、やられたのだ。
 力の入らない体は重力にしたがってゆっくりと倒れていった。
 死ぬかもしれない。
 そんな言葉が頭をよぎる。北斗は倒れたままで、他に助けにくる者は誰もいない。それなのに敵はまだ三人もいる。
 灰の積もった地面が目の前に広がった。もう痛みは感じなかった。温かな何かが体からあふれ出す感覚、意識もどんどん薄れていく。灰色のマントのすそが視界に入った。
 とどめ……か?
 胸中でそうつぶやいても、恐怖はわいてこなかった。ただ漠然と自分の弱さを実感し、涙があふれそうだった。
 いつだって危ない時は誰かが助けに来てくれていた。北斗が結界で防いでくれたし、神々が手を貸してくれた。だからどんな時も自分は死なないのだと、胸の奥底で思っていた。意識しなくても思っていた。
 馬鹿だよな。
 今でもどこからか仲間の声が聞こえるような気がするのだ。そんな都合のいいことあるわけないとわかっているのに、期待しているのだ。
 毛嫌いしていたレーナの助けを、勝手に仕切ってずるいと思っていた滝たちの声を、頼りないはずの後輩たちの言葉を待っている。
 オレは馬鹿だ。
 景色が揺らいだ。見える家々や道が次第に色を失っていった。先ほどまでの温かさはどこへいってしまったのか、急に寒気がしてくる。
「馬鹿なオレを、許してくれよな」
 最後のつぶやきを口にして、彼は意識を手放した。
 空へと伸ばされた手は、冷たい地面へと落ちた。

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