white minds

第三十二章 歪みし始まり‐6

 日の傾く頃、立ち上がれる神技隊は司令室に集まっていた。モニターに映る景色は淡く茜色に染まっている。
「これで全員か?」
「えっと、梅花が来てませんけど」
 尋ねる滝に、リンは視線を巡らせてそう声を上げた。つい数時間程前、青葉と一緒に戻ってきてるのを見ている。どこかに出かけているということもないはずだが。
「あ、梅花は今桔梗寝かせてます」
 すると思い出したように青葉が軽く手を挙げた。桔梗というのは二人の子だ。ユズの姉であるキキョウからその名をもらうことにしたのだ。
 キキョウへの転生はおそらくない。
 そう以前レーナは言っていた。キキョウが生まれたのはその時代でレンカが死んだためだ。その時代では魔族との戦いで、地球上の全ての人間は死滅したらしい。だから戦いの最中、かろうじて生き残っていたシークレットをアスファルトは利用したのだ。技使いではシークレットくらいしか生き残っていなかったらしい。
 つまりその時既に他の転生神は死んでいた。
 キキョウが生まれたのは人間が死滅してから数万年後、第二次地球大戦の末期のことだった。彼女の力で大戦は終わり、地球は再び巨大な結界で覆われた。
 だが今ここに転生神は集っている。リシヤの力を取り戻したレンカは眠ったままだが、無論のこと死んではいない。
 キキョウは生まれない。
 だが彼女がいたからユズはここへ来て、ユズがいたからレーナが生まれて、そして神技隊は生き残っている。彼女への思いを込めて、梅花は子どもを桔梗と名付けた。
「あーあ、桔梗ちゃんね。ってさっきもそう言ってなかった?」
「神の子はよく寝ぐずるらしいです。というか生まれて数ヶ月は誰かが抱いてないとすぐ泣き出すとか」
 青葉は苦笑していた。どうやらこの数時間でそれを実感したようだ。その様子を想像しながらリンは軽く相槌を打つ。
「難儀ねえ、みんなで協力しないとまずいわね。っと、わかったところで滝先輩、話をどうぞ」
 彼女はくるりと向き直ると、手のひらを滝の方へと差し出した。やや視線を落としていた滝は、慌てた様子で相槌を打つ。
「あ、ああ、話な」
「大丈夫ですか? 滝先輩。やっぱりレンカ先輩のことが――」
「いや、大丈夫だ。オレには何もできないからな。それで話ってのは実はオレじゃなくてレーナなんだが」
 苦笑しながら滝はモニターの方を見た。そこには傍にある椅子に寄りかかるようにして、レーナが腕を組んで立っている。話が終わるのを待っていてくれたらしい。
「レーナが? また何か感知したの?」
 尋ねると彼女は微苦笑を浮かべた。言葉を選んでいるのだとすぐにわかる顔だ。
「今後のことなのだが」
 彼女はそこで言葉を切った。皆が聞く体勢に入ったのを見計らい、再び口を開く。
「五腹心……まあ一人欠けたが、は今のところ魔界で集まって何やら話し合っているらしい。おそらく焦っているだろうから、すぐに何らかの行動に出てくるはずだ。問題は、レンカが眠ったままのことに彼らが気づくかだ。気づけば迷わず地球へ総攻撃をかけてくる。今のうちに、と必死にな」
 彼女は一気にそう告げると、硬く組んでいた腕を解いた。その場にいる者たちをぐるりと見回せば、それにあわせて長い髪が揺れる。
「じゃあ気づかれなければいいのね?」
「そうだ。早々ばれるとは思わないが、念のためわれは動き回ろうと思う。われが意味不明な行動してたら気になるだろう?」
 そう言うと彼女はいたずらっぽく微笑んだ。意味がよく飲み込めず、リンは首を傾げる。
 意味不明な行動?
 それがよくわからなかった。するとレーナは苦笑しながら手のひらをひらひらと振る。
「大したことじゃない。地球のあちこちを行ったり来たりして、ついでに宇宙まで顔を出せばいい。そうすればあいつらはわれが何を考えているのか推測するはずだ。レンカまでは簡単に気が回らない」
 なるほど、とリンは相槌を打った。そう言えばもう一年以上前のことになるが、神技隊の所へ用もなくレーナが訪れた時はひどく動揺したものだ。何か意図があるのか、何をしようとしているのか、どうしても考えてしまう。カモフラージュだとばれる危険性もあるが、早速とまではいかないだろう。
「あともうしばらくすれば、意識のある者なら戦えるようになる。レンカの目覚めまでこの基地のことはお前たちに任せるから、しっかりやってくれよ?」
 そう言う彼女に皆はうなずいた。不安などと弱音を吐いてはいられない。頼りない戦力の中で何とか乗り越えなければならなかった。それに輸血を終えても目覚めない者たちは多い。医者へ連れていくことも考えなければならないのだ。
 全ては目覚めまで。決意は固まっていた。
 傾きつつある日が、モニターの端に映った。




「またオレたちが迎えってのもなんだかな」
「仕方ないでしょう? 他に元気な人ってのもあんまりいないんだから」
 基地の入り口にシンとリンは立っていた。
 朝の清々しさを含んだ空気が肌の心地よい。昨日と比べると気温は幾分か上がっているようだった。この分なら昼当たりには汗ばむくらいにはなるだろうと、ちょっとほっとする。
「滝先輩はレンカ先輩に付き添ったままだし、青葉と梅花には桔梗ちゃんがいるし」
「でもってジュリは連続治癒で疲れ果てててとなるとやっぱりオレたちか」
「そう。後輩に任せるわけにもいかないしね」
 基地の入り口がロックされているため迎えに行くか待つかする必要があるのだ。迎えに行っても宮殿の騒々しさを考えればすれ違う可能性もある。相手がわからない以上は待つのが得策だ。
「まさか今日の夕方ってことはないよなあ」
「え、このまま一日ここ? さすがにそれはない……と信じたいわね」
 二人は宮殿の方を見やった。まだ五つの気が出てくる様子はない。すぐにとは期待しないが、できれば早めにやってきてもらいたいものである。
 変化は、三十分後に訪れた。
 気が思ったより速いスピードで近づいてくるのを二人は感じ取った。数は五つだが、このスピードはどう考えても走っているとしか思えない。
「これは走ってるよな?」
「走ってるわね。そんなに急ぐ必要あったっけ? というかなんか覚えのある気があるんだけど……」
 二人は再び宮殿へと続く道を見た。入り口からは影になっているため宮殿その物は見えない。気の勢いから、何だか足音まで聞こえてくるような気がする。
「あ、見えた」
 それから数分後には姿を確認することができた。基地目指して真っ直ぐ走ってくる若者が視界に入る。
「あれは……陸?」
 先頭にいるのは黒い髪の青年だった。シンには見覚えのある顔だ。首を傾げるシンに気づいたのだろうか、大きく手を振っている。
「シンさんっ!」
 走り寄って来るなり彼――陸は笑顔で名を呼んだ。シンは微笑むと彼の肩に手を置き、落ち着かせるよう軽く叩く。続けて走ってくる四人の姿が視界の端に映った。まるで競争でもしているような様子である。
「お、お久しぶりですシンさん! えーとその、兄さんは?」
「青葉か? 青葉は中にいる。なんだ、青葉に会いたくて急いでたのか?」
 息を弾ませる陸へシンは微苦笑を向けた。陸は青葉の弟で、もうすぐ二十歳になるはずだった。
 彼が神技隊に招集されているとそう言えば長から聞いていた。このごろの戦闘ですっかり忘れていたが、残っていた神技隊は一つなのだからいるのは当たり前である。
 するとそこへようやく残りの四人も追いついてきた。立ち止まるなり息を整えて、彼らは口々に文句を言い始める。
「陸、ずるいぞ一人だけ!」
「置いていくなよ」
「そうそう」
「抜け駆け禁止ー! って、あ、リンさん!?」
 最後の一人――茶髪の少女の声音が途中で変わった。彼女の視線はシンの隣、リンへと注がれている。
「私に気づかないとはいい度胸ね? すずり」
「ごめんなさいぃ。だ、だって走るのに夢中だったんだもん! そ、そうだよね、リンさんやジュリさんやサホちゃん、あけりちゃんがいるんだもんね! ねえねえリンさん、みんな元気?」
 背中程ある髪はまっすぐで、ややつり上がり気味の瞳をした少女だった。甘えるような声で許しを請うと、リンの手をぎゅっと握っている。
「まあそれなりに元気よ、安心して」
 リンはそう答えるとシンの方へ顔を向けた。シンはその意図を読みとり、うなずきながら肩から手をのける。
「では五人お揃いのようなので、行きますかね、ナチュラルの皆さん?」
 ややいたずらっぽく微笑んで、リンは薄緑色のカードを取り出した。警戒心や距離感を抱かせない屈託のない瞳だ。つくづく年下相手が慣れているとシンは思う。
「再会に喜ぶのも事情聞くのも中でお願いね」
 カードを読みとり機に通しながら、彼女は笑った。元気のいい返事がそれに続く。
 心強いな。
 そう胸中でつぶやきながらシンは微笑した。

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