white minds

第三十三章 流れゆく時の中で‐6

「本当、最近は宇宙との行き来が多いわね」
 モニターから外を眺めて、梅花はため息をついた。滝たち一部の神技隊が旅立ってからもうすぐで一日がたとうとしている。
 うっすらと雲に覆われた空は、今は藍色を帯びていた。時折主張するように瞬く星々が、雲の合間から顔を覗かせている。
 今のところ連絡はない。気からもこれといった異変は感じ取れなかったので、とりあえず無事に事は運んでいるようだ。
 レーナがいるんだもんね。
 梅花は含み笑いをした。基地をそう簡単に移動させられない以上、彼女の転移の力が必要だった。神や魔族は自分自身が転移することはできても、他人を転移させることはできないらしい。神技隊を星々に飛ばすことができるのは彼女だけだ。
「梅花、桔梗は?」
 そこへ背後から青葉の声がかかった。夜の静けさをたたえた司令室には二人の姿しかない。
「桔梗ならここで寝てるけど?」
 否、三人だった。彼女の腕には小さくなって眠る桔梗がいた。滝たちが宇宙へ行ってしまったせいで、人が減って寂しいらしい。寝ぐずったのをようやく先ほど寝かしつけたのだ。
 梅花の背後に立って、青葉が目を細める。梅花はそんな彼を見上げて口角を上げた。
「だから静かにしてね」
「もちろん」
「それでサツバ先輩たちは?」
「ああ、よく眠ってた」
 基地に残されたのはほとんどが怪我人だった。サツバたち重傷な者は無論のこと、レグルスのように歩けない者やアサキのように体力が回復しきってない者もいる。元気でまともに動けるのは青葉と梅花、ローラインくらいなのだ。アサキやサイゾウは昼間は司令室にいてくれるのだからまだましだが、それでも時折重傷人の様子を見つつ司令室に籠もるという生活がしばらく続きそうだった。
「桔梗はメユリちゃんといっぱい遊んでお疲れねえ」
 梅花は桔梗の顔を覗き込んだ。頬を桜色に染めて小さな赤ん坊はすやすやと寝息を立てている。けれどもその小さな命からは確かに強い『気』が感じられた。やはり神なのだなと思う瞬間だ。
「メユリちゃんも寂しいんだろうな、ずっとこんなところにいるなんて」
「当たり前よ。ジュリはここしばらくずっと重傷人に付き添ってたし、そうでなければ宇宙なんだから」
「だよなあ。本当最近忙しいもんな」
 二人は顔を見合わせた。ここしばらく何かに追われるような生活が続いてきた。息をつく暇もなく、新たな難題が浮上してくる。
 皆が疲弊していた。神技隊として派遣されていた頃が、まるで遠い昔のように思える。あまりにも時を急ぎすぎて、何か大事なものを忘れてきているようにさえ感じられた。
「このまま、何も起こらないなんて期待はしない方がいいのよね」
「ん?」
「レンカ先輩がリシヤの記憶を思い出して、レーナは何かを察知していて。まだ先があるって覚悟しておいた方がいいのよね」
 梅花は再びモニターを見た。藍色から紺色へと染められた空を、一筋の光が流れていく。うっすらかかった雲の合間でもそれがはっきりと見えた。宇宙にいる者たちにも見えているのだろうか。
「まだ先があるか。怖いこと言うなあ」
「だってそうでしょう? 上位の魔族が復活することで戦いが収まるなら、こんなに戦闘は続いてないもの」
 それでは始まりがわからない。何故こんなことになったのか、説明がつかない。まだ何かあるのだ。決定的な何かが欠けているのだ。そんなことを考えると、背筋をぞくりとした感覚が通り抜けていく。
 悪寒。
「大丈夫」
「青葉?」
 背後から軽く抱きしめるようにされて、梅花は小首を傾げた。すぐ傍に彼の優しい顔がある。吐息が耳元にかかりくすぐったくて身じろぎをしたが、それでも桔梗を落とさぬようにと意識をそらさなかった。抱き直して目だけで見上げると、頭に手がのせられる。
「オレがお前を守るから。ずっと傍にいるから」
「私守られる程弱くないけど? それにこの子を守らなきゃ」
「すっかり母親だな」
「そんなものよ」
 すると背後から椅子のぶつかる音がした。青葉がいるため振り返っても何も見えないが、彼の様子からすると何でもないようだ。
「なんだ、サイゾウじゃないか」
「あーあ、このままこっそり立ち去ろうと思ったのに。お前が悪いんだぞ、くさい台詞言うから」
「何だそりゃ」
 苦笑しながらこちらへとやってきたのはサイゾウだった。髪をかき上げるようにしながら苦笑を浮かべている。
「サイゾウ、寝てなくていいの?」
「オレは結構元気だ。梅花こそ寝なくていいのかよ。ここ最近、ずっと張りつめたままだろ?」
 サイゾウの言葉に梅花は破顔した。彼が心配してくれるなど、昔では考えられなかった。変化が何のせいで起こったのか彼女は知らないが、問いかけるわけにもいかない。ゆるゆると首を振って、彼女は口を開いた。
「私はいいの。確かにほとんど寝てないけど……もうそういう体になっちゃったみたいね。眠くないし、お腹もすかないの。神よね、これ」
 笑って言ったが、サイゾウは返答に詰まっているようだった。もう少し軽い感じで話せたらいいのにと、彼女は少し後悔する。
「オレは寝てるし食うんだけどなあ」
 すると彼女から離れた青葉が、訝しそうに首を傾げた。サイゾウは声をもらして笑い、彼の頭を軽く小突く。
「それはお前が欲張りだからだっ!」
「なんだよそれ。オレだってなあ」
「なあ梅花、こいつ食い過ぎてたらど突き倒してくれよ? ただでさえ食糧事情とか厳しいんだから」
 重くなりかけた空気は、二人によって一蹴された。梅花は微笑しながらうなずき、ひっそりと仲間に感謝する。
 無理に全てをやる必要はないのよね。
 彼女はそう独りごちた。全部を背負おうとすれば無理がかかり、いずれひずみが生じる。
「ああ、あんまりうるさくすると桔梗が起きるな」
「そうね、もうちょっとだけ静かにね」
 静まりかえっていたはずの部屋に、一時賑やかさが戻った。
 言い合いする二人を、梅花は見守った。

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