white minds

第三十四章 それぞれの戦い‐2

「やっぱりレイス様はこうでなくちゃ!」
「そうですよ、あんな汚い上着着てちゃいけません。もっと神々しくないと」
 次々と放たれる歓喜の声に、ミツバは思わず苦笑した。そんな黄色い言葉をかけられたリンは、強ばった笑みを浮かべながら相槌を打っている。
 あっさり転生神だと認められたシンとリンは、歓迎する者たちから情報を得て魔族退治へ向かった。どうやらこの星にいる魔族は規模が小さいらしく、ものの数分で片が付いてしまった。あまりに呆気なかったため、ミツバはほとんど戦えなかった程だ。雷地たちも自分の拳を見つめながら苦笑いしていた。
 それでは次の星へ向かおうと、一番近い星はどこだと聞いてみれば案内されたのは宇宙船の前である。小型だが鼠色の船体は綺麗に磨かれており、聞けば機能も最新のものらしかった。普段は全く使わないのを引っ張り出してきたのだという。
『レイス様やツルギ様のためですから、特別です!』
 案内してくれた女性は笑顔でそう言っていた。だが彼女はすぐに顔をしかめると、リンとシンをじっと見つめた。何が気にくわないかと言えば、その格好らしい。
『そんな上着じゃ駄目です、レイス様。代わりにこれを着てください』
 凛とした言葉とともに差し出されたのは、白い艶のある長い上着だった。きっちり着てしまえば中に何を着てるのかすらよくわからない。どう考えても目立つのだが、神々たちはというと満足そうだった。
「ほーら、よくお似合いでしょう? ツルギ様もそんな汚い上着、脱いじゃってくださいね」
「あ、ああ」
 目立たないようにとわざわざ着てる麻の上着だが、彼女たちにはただ汚いと映るようだった。哀れにも地面に放られる上着たちを、ミツバは目で追う。
「レイス様、道中お気をつけください」
「次の星キムイにはもう既に連絡していますので、行けば迎えがあると思います。彼らに聞けば魔族の居場所もすぐわかりますよ」
 手を握られたリンは、とにかくうなずきながら笑顔を浮かべていた。さすがの彼女もここまで慕われるとどうしようもないようだ。時折救いを求めるような視線が向けられるが、ミツバたちにだって対応策はない。
「すごい人気ですよね」
 呆れたような声音で雷地がつぶやいた。ミツバは首を縦に振り、苦笑いする。
 レイスとツルギの人気は、他の四人の転生神と比べてもすさまじいものだった。宇宙で活動していた転生神がこの二人だけだったかららしいが、それにしたってすごい。
「みんな二人に命を救われた、とか言ってましたが。昔の宇宙はそんなに大変だったんでしょうか」
 ぽつりともらした雷地の言葉に、ミツバは息を呑む。
 地球は『鍵』を守るために必死だったが、その外はどんな状況だったのだろうか? その後も巨大結界で守られた地球と違い、宇宙はずっと魔族の姿が耐えなかったという。
「そっか、だからレイスとツルギは彼女たちにとっての英雄なんだね」
 あたふたとするリンを、ミツバは一瞥した。あとは彼女たちがそのプレッシャーに押しつぶされないよう願うだけだ。
「ありがとうございます。それじゃあ次の星へすぐ向かいますから」
 囲まれて身動き取れないリンの手を、シンが取った。引っ張られる格好で抜け出したリンは、シンをちらりと見上げる。
 彼は穏やかに微笑んでいたが、瞳には有無を言わせぬ力があった。ほうっというため息とも何とも取れない息が、あちこちからもれる。
「はい、わかりました。皆様、どうかお気をつけて」
 そこでようやく神々の視線がミツバたちにも向けられた。軽く会釈すると、ミツバはすぐに宇宙船へと乗り込む。一見ひ弱な階段を駆け上がって、彼は棒立ちした雷地やマツバを手招きした。これ以上時間を取るわけにはいかない。
「シンって時々ああいうことするよね。女の子の誘い断るの、得意なのかな」
 つぶやいた言葉には、楽しげな色が混じっていた。ミツバはくすりと笑って、皆が来るのを待った。




 ふと誰かに呼ばれたような気がして、レーナは振り返った。気のせいだろうか。今何者かが彼女の名を、否、『彼女』の名前を口にしたような気がする。
 雑踏の中だから確かなことなど言えないのに、背中をおぞましい感触が駆け抜けていった。体の内側からわき上がるのは不安だろうか、恐怖だろうか。ここしばらく似たような感覚に度々襲われている。
「レーナ?」
「どうかしたんですか?」
 彼女が立ち止まったことに気づき、アースとジュリが訝しげな顔をした。先ほど魔族を倒して、もうここらにはいないと宣言したばかりだった。立ち止まる理由などないはずなのだ。
「いや」
 何でもない、と言いかけて彼女は口をつぐんだ。すぐ傍にあるアースの顔がそれを許さなかった。また隠すのかと責めるような視線に、彼女は閉口する。
「アースさん、ここじゃ人通り多いですから」
「そうですよ。とりあえずここを抜けて次の星の目星をつけてからにしましょう。一応宿屋なんかで情報聞いてから。尋問はそれからでいいですよ」
 困った彼女を助けたのはジュリとよつきだった。単に苦しい時間が先延ばしにされただけのような気がするが、それはあえて黙っておく。
 再びよつきとジュリが歩き出すことで、仕方なくアースも歩みを進めた。ほっとしたレーナは横にいる陸とすずりを一瞥してから、自身も歩き出す。
 何かが迫ってきている。それだけは確信できるのにその何かがわからない。これほど心がかき乱されることはあっただろうか?
 レーナは唇を噛みしめた。これ以上辛いことはないと、何度思ったことだろうか。だが今感じているこの苦痛はそれらとは別種だった。何故辛いのか理解できない。それは本能に近い、内にいる『彼女』が感じている痛みだった。
『彼女』が恐れているのはよくわかる。もはや別の人格とも呼べない程同化してしまったため、『彼女』の気持ちはレーナ自身の感情とも一致していた。なのにその理由がわからない。記憶がないために、それがどうしてもわからなかった。
「あともう少しなんだ」
 全てが、あともう少しで大きく動き出す。いいことだとも悪いことだとも言いきれない。とにかく全てが動き出す。
 レンカはリシヤの記憶を取り戻した。
 梅花はアユリとしての力を着々とつけている。
 そして彼女自身は、最後の砦である記憶の扉に手をかけている。
「どうしてこうもタイミングが一致するんだ」
 何故全てがともに動き出すのか。『彼女』を脅かす何かが来る前に、記憶が戻ればいいのに。その前にレンカがリシヤ以前の記憶を取り戻せばいいのに。どうしてこうも、全てが同時に起ころうとするのか。
「だ、大丈夫ですか?」
 ふと気づくと隣にいる陸が心配そうに見ていた。どうやら独り言を聞かれていたらしい。この人混みだからと油断していたら、それが災いしたようだ。
「……大丈夫だ。心配かけてすまないな」
 にこりと微笑むと、彼は目を細めた。梅花とうち解けてから、彼はアースやレーナにも気軽に声をかけるようになった。アースとは話しづらいのではないかと思うのだが、意外にも懐いているようだ。素直に話しかけられると、アースも邪険にはできないらしい。
「陸の女たらしー」
「何だよすずり、それ」
「だって陸女の人には優しいじゃん。さっきもジュリさんに同じこと言ってたし」
「それはジュリ先輩の顔色が悪いからで」
 すると不満そうなすずりが陸の腕を軽くつついた。鋭く目尻をつり上げて、威嚇するような気配を漂わせている。
「こらこら、喧嘩は止めろ」
「喧嘩じゃありません!」
「そうです、すずりが勝手につっかかってきてるだけで」
「陸ー!?」
 レーナは二人の間に割って入ると、つかみかかろうとするすずりをなだめた。にっこり微笑んで頭を撫でると、きょとんとした顔をされる。
「せっかくの可愛さが台無しだろ。憧れた時は羨むのではなく、近づかなければ」
 一瞬何を言っているのか、すずりはわかっていないようだった。またそれは陸も同じのようだった。立ち止まった二人を振り返ってレーナは小首を傾げる。
「どうかしたか?」
「か、かっこいい……」
「は?」
 すずりのつぶやきに、レーナは思い切り顔をしかめた。予想外の反応だった。どう返答していいかわからず口を閉ざすと、前からジュリの呼び声がする。
 慌てた陸が、すずりの腕を引っ張って走り出した。理由を問われては困ると思ったのだろう。
「レーナさんも、ほら、アースさん怒りますよ」
「ああ」
 手招きされて、レーナは苦笑して走り寄った。さすがにこれ以上機嫌を損ねられては、今後の活動に支障が生じる。
 何とか上手くごまかせたかな。
 彼女は胸中でささやいた。まだ気づかれてはいけない。あとほんの少しで全てが明らかになったとしても、今はまだ伏せておかねばならなかった。もう少し回復してから、皆が揃ってから、それからの方がいい。
 それまで歯車がスピードを上げなければいいのだが。
 不機嫌なアースを見上げながら、彼女はただそれだけを祈った。
 けれども残酷な時の悲鳴は、まだ止まない。

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