white minds

第三十四章 それぞれの戦い‐3

 数人の男が立ち止まるのを、あけりは確認した。袋小路に誘い込まれたと気づき動揺したのだ。家と塀とに囲まれて、黒い衣服に身を包んだ彼らは上空と彼女とを見比べる。
 空ではシリウスが、逃げまどう魔族たちを情け容赦なく斬り捨てていた。あちこちで神技隊らに追いつめられた魔族は、苦し紛れに空へと逃げる。だがそこには地上よりももっと恐ろしい神が控えていた。人間の目には映らないスピードで空を駆け、逃走する者へとどめを刺す。
「このっ」
 背の高い男が、あけりにむかって剣を振るった。上へ逃げるよりは分があると踏んだのか。
 大きく弧を描く水の剣は、彼女の髪を数本切り取っていく。低い体勢のまま地を蹴った彼女は、振り返りざまに小さな風の刃を男の腹にたたき込んだ。
 致命傷にはほど遠いが体勢を崩すのには十分だ。よろめいた男に、とどめとばかりに小刀を突き立てる。
「うぎゃぁぁーっ」
「おのれーっ!」
 悲鳴と、怒りの声があけりの鼓膜を叩いた。刺された男は光の粒子となり、瞬く間に消えていく。ただの小刀ではない、レーナ特製の武器の一つである。本来はリンの物であったが、宇宙へ来る時に『私にはもう必要ないから』といって渡されたのだ。大技の仕えない宇宙ではかなり重宝である。
「小さいからって」
 女だからって、なめちゃ駄目だよ。
 かすれる程の声でつぶやいて、あけりは一歩を踏み出した。顔を紅潮させて向かってくる男めがけて、光弾を放つ。それを男は何とか避けたが、代わりに後ろにいた小柄な青年が餌食となった。うめきながら青年が地に膝をつく。
「油断できるわけないのにね」
 青年に気を取られた男が、一瞬踏みとどまった。その隙に懐へと飛び込んだあけりは、小刀でその脇腹を凪ぐ。返り血を浴びる前に後退すると、断末魔の叫びがこだました。あけりは顔をしかめて、息をこぼした。
「早く倒さなきゃ」
 このままではそのうち野次馬がやってくる。うずくまる青年をあけりは一瞥した。
 人間と見た目変わらない魔族を殺すのは、本当は勇気がいる。相手が迫ってくれば何も考えずに咄嗟の行動が取れるが、動かない相手にとどめを刺すのは気が引けた。
 わかっている、彼らがいると人々が困るのだと。それでもほんの少し躊躇が生まれる。魔族と戦い慣れてないせいなのかもしれないが、胸の奥がちくりと痛むのだ。
 あけりは顔をゆがめながら小刀を握る手に力を込めた。
「横取りっ!」
 だが、塀の上から一つの影が降り立った。驚いて目を丸くすると、降り立った青年はそのままうずくまる魔族へと剣を振り下ろした。悲鳴が上がり、瞬く間に光の粒子が空気へと溶けていく。得意げにする青年を、あけりは見つめた。
「ユキヤ君」
「こっちはみんな片づけた。あとはどこだろな? にしても時間かけすぎたからそろそろ逃げなきゃ、人間にとっつかまっちゃうな」
 頭の後ろに手をやりながら、ユキヤは笑顔を浮かべた。全く何も感じてないように見えるが、こんな時にはありがたい。
「うん、そうだね。早く行かないと」
 そう彼女が答えると、どこからか足音とともに呼び声が聞こえてきた。二人は袋小路を背にしてその方へと走り始める。
「おらおら、撤収だ! とにかく南へ走れっ」
 少し広めの道へ出るところで、駆けてくるカイキが振り向きざまにそう叫んだ。彼はそのまま返事を聞かずに南へと走り抜けていく。小さくなる背中を見ながら、あけりはユキヤを仰いだ。
「ったく、んなの言われなくてもわかるっての」
「何言ってるのユキヤ君っ。ほら、とにかく走ろう。そろそろ野次馬とか警備の人とか来るよ」
 あけりはユキヤの手を取って走り始めた。不満顔だった彼もぶつぶつ言いながら足を進める。
 魔族たちは人間の恐怖をあおり、そこから精神を集めようとしているらしかった。彼らは大きめの町で暴れ回り、人々を脅かしている。しかし時には町事態が魔族を追い出そうと努力しているところもあり、それが神技隊らにとって悩みの種だった。人々には魔族も神技隊もあまり区別が付かないらしい。
「もう、今日何回目だろう、こうやって逃げるの」
「四回目ぐらいか? オレ飽きてきたな。シリウスさんは転移できるから楽だろうけど、オレらは走るしかねえんだっての」
 怒りの矛先は今度はシリウスに向かったようだ。毒づくユキヤを、あけりは走りながら一瞥した。
 どうしてこんなに怒りっぽくなったんだろう? 宮殿にいた頃はまだそんなんでもなかったのに。
 疑問符を浮かべながらあけりは顔を曇らせた。口うるさく生真面目な雷地と衝突することは多々あった。でもそれはじゃれ合いにも近い喧嘩で、見ていて微笑ましいものだった。こうやっていつも不機嫌というのはまずない。
「あ、シリウスさんたちだ」
 ひたすら走り続けると、町はずれの林の傍に何人かの姿が見えた。青い髪のシリウスはすぐ目に付くからわかる。その隣にはアキセとサホ、カイキがいた。ネオンとイレイはまだらしい。辺りを見回しながらあけりは皆の傍へと寄っていった。
「お待たせしました」
「到着」
 二人がそう言うと、サホが柔らかに微笑みかけてきた。見るだけで安堵できる優しい瞳に、あけりも口元をゆるめる。こんな時彼女の笑顔は本当癒されるのだ。
「あ、ネオンさんたちも来ましたね」
 アキセの言葉に、あけりは振り返った。彼女たちが来た方から、イレイをせかしながらネオンが走ってくる。
「全員揃ったか」
「はい、揃いますね。どうします? シリウスさん」
「とりあえずは気を隠してこの林にでも入り込むか」
 ネオンたちがやってくると、シリウスはそれ以上何も言わずに歩き出した。自然と皆黙ったまま彼についていく。
 手入れされたわけではない林は、静かだった。葉の間から光が差し込み、辺りは適度に明るく照らされている。土は柔らか目で少し前に雨でも降ったようだった。適当な倒木を見つけると、シリウスはそこに腰掛ける。
「これでようやくこの星の魔族は一掃というところだな」
 彼の口調にはやや疲れが見え隠れしていた。原因は魔族との戦いというよりも、人間への気遣いだろう。カイキ連合の人々は概して勢いがあり、それなりに金を持つ者が多いようだった。雇われた流れの技使いに目をつけられるとやっかいだ。以前のファラールのように魔族が幅を利かせればそんなことはないのだが、こういう星がカイキには多いのだという。
「次の星は決まってるんですか?」
 アキセが尋ねると、シリウスはうなずいた。それきりしばし黙り込む彼を横目に、アキセはサホを無理矢理倒木へと座らせる。
 ちょっとした気遣いが、あけりにはとても好ましく見えた。ほんの少し羨ましくも思う。
「すぐ隣の星だ。だが問題は移動方法だ。ここで宇宙船というのはまず望めないだろう。転移が使えない以上、飛んでいくことになる」
 飛んでいく、という一言に目眩がしそうだった。すぐ隣の星といってもそれなりの距離はあるはずだ。第一生身で大気圏突破できるとは思えなかった。いくら技が使えてもそれはいくらなんでも無理である。
「なっ、技で宇宙まで出ろってか!?」
 彼女の気持ちをカイキが代弁してくれた。驚いた彼は噛みつかんばかりにシリウスに近づく。その言葉ももっともだったから、誰も彼を止めはしなかった。
「結界をまとわせれば不可能ではない。魔族や神も時々それで星を行き来するからな」
「オレは人間じゃないにしろ、あいつらは人間だぞ!? いくらなんでも――――」
「ではお前が宇宙船を用意するのか?」
 シリウスに言い放たれて、カイキは絶句した。シリウスが用意できないものを、彼らに用意できるわけがない。
 カイキ連合は神界の乏しい場所でもあった。人間が自力で魔族へと対処しているせいもあり、神はそこへ力を掛けていなかった。実際この星に神界は存在していない。隣の星にはどうやらあるようだが、それでも小規模らしい。
「大丈夫だ、一時間程でつく。私についてくれば燃え尽きることもない。小休止してから出発しよう。今日の夜はあちらの神界で休めるのだし、その方がいいだろう?」
 シリウスの言葉に、渋々カイキはうなずいた。あけりも納得して小さく息を吐く。
 仕方がないのだ。宇宙での神の勢力は、地球程強くない。神々が人間を把握できているわけでもないし、戦力も十分ではない。だからこそ神技隊が呼ばれたのだ。
 言い聞かせながらあけりはこっそりユキヤの様子を盗み見た。
 不機嫌な顔は相変わらずだが、文句を言うつもりはないようだった。彼も理解はしているのだろう、だが納得はできていないのだ。自分たちが直接宇宙へ出るなど、あまり想像もしたくない。
「神と技使いの垣根なんて、微妙なものですもんね。シリウスさんがそう言うなら、私は信じますよ」
 倒木に腰掛けたサホが、微笑んでさらりと言った。小首を傾げたせいで豊かな銀色の髪が肩を滑り落ちる。
 彼女の言葉が、皆の気持ちに色を与えた。不思議だ、穏やかにそう言われると本当に何でもないことのように感じる。
 サホちゃんはすごいな。
 あけりは心底そう思って、彼女に微笑みかけた。リンがいなくても、ジュリがいなくても、彼女は立派にみんなを引っ張ってている。
 私も頑張らないとね。
 そう心中でつぶやきながら、あけりは空を見上げた。木々の合間から見える光が、ほんの少し茜色に染まっていた。

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