white minds

第三十五章 目覚めた歴史‐4

 目的地を地球へと入力し直したリンは、ため息をついた。何とか散り散りになっていた仲間たちを集めることができたが、心許ない面もある。
「どれくらいでつくのかしらねえ」
 ぼやきながら彼女は背後を見る。狭い室内に押し込められた皆は、浮かない顔をしていた。
 この宇宙船は新しいが小型だ。十数人が限度だろうというところに、無理矢理皆が乗っている。正直ちゃんと飛んでくれるのか疑問だったし、この状態が長く続くのも考え物だった。何と言っても息苦しい。リンは操縦席傍の一番前にいるからいいものの、真ん中辺りにいる者たちはさぞ暑いことだろう。
「何時間……ですめばいいけどな。大体オレたち星の間がどれだけ離れてるか知らないしなあ」
 彼女の左にはシンがいた。彼も顔をしかめて口元を歪めている。
 灰色の宇宙船は内装まで灰色だった。基地のモニターは巨大だが、この船のモニターは手を広げたくらいの長さしかない。念のため操縦席に座っているアキセも、どこか疲れて見えた。モニターから見える世界はほぼ暗闇なのだ。信じがたい速さで移動しているためらしいが、気持ちも暗くなってくる。
「そうよね。知ってそうなレーナは倒れてるんだし」
 リンは身を寄せ合った仲間の中から、蒼い顔で眠っているレーナを見つけた。アースの腕の中で彼女は硬く瞳を閉じている。苦しげな吐息にはかすかにうめきが混じっていた。うなされているらしい。どうすることもできなくて、アースはずっと唇を強く噛んでいた。
「だから宇宙船なんだけどな」
「そりゃそうだけど……困ったわよね。一体何が起きてるんだか」
 嘆息してリンはまた前を見た。暗闇しか映さないモニターは何も語ってはくれない。
 異変が起きた、それは確かだった。空間が歪み、あちこちで同時に地震が発生した。こんなことは今までなかった。
 だが原因はわからないという。
 画面越しに見たアルティードも困惑しているようだった。シリウスが今必死に情報を集めてくれているが、まだ連絡はない。
「わからないことばっかりだな」
 シンのつぶやきに、リンはうなずいた。ここしばらく、いや、神技隊に選ばれた時からずっとそうだった。いつも何か違和感と異変に覆われている。わからないことに、包まれている。
「どうしてなのかしら。いつ、明らかになるのかしらねえ」
 暗闇を見つめながら、リンは細く息を吐き出した。
 それがもうすぐであることは、彼女たちはまだ知らない。




「兄さん!?」
 階段を上るなり、驚きと歓喜の声が響き渡った。本を腕に抱えながら走り寄ってくるベルセーナを、イーストは見上げる。
「ベルセーナ、無事だったか」
「兄さんこそ、無事で」
「ボブドーナたちは?」
「どうやらまだ封印が解けてないみたいなんだ」
 長男と次男の再会を、イーストは黙って見守った。やはり頼りになるバルセーナが戻ってきたことで、ベルセーナは安堵しているようだった。力の入っていた肩がやや落ちている。
「そうか……しかしお前がいてよかった」
 バルセーナは穏やかに微笑んだ。落ち着きのある表情は、混乱している状況では頼もしく映る。
「それはこっちの台詞だ。兄さんと別れて手分けして精堂陣様を捜していて……その途中で兄さんの気が消えてからオレたちがどれだけ狼狽したか」
「すまなかったな」
「でも今兄さんが戻ってきてくれたならいい。一体、何が起きてるんだ?」
 柔らかに謝るバルセーナに、ベルセーナは根本的な問いかけをした。
 何が起きているのか。
 それは誰もが疑問に思いながら答えられない謎だった。兄ならば知っているのではと期待するベルセーナの気持ちも、イーストにはよくわかる。
「私にもよくわからないのだが」
 バルセーナは眉根を寄せた。彼がそんな顔をするのを、イーストは久しぶりに見た。どんなことがあっても冷静な表情を崩さない。記憶にあるバルセーナとはそんな男だった。
「封印される前のことだ。異変が起きたらしく、飛び回る精堂陣様を捜しに私たちは向かった。その途中で私は一度精堂陣様に会った」
「精堂陣様に?」
「焦っているようだったな。また過ちが繰り返されると、嘆いていた。勝手に下の者たちが暴れ出したから、止めて欲しいと言われた」
 鼓動が跳ねた。やはりか、という思いが強くなった。
 それはまさしく隠されていた本の中で、精堂陣が恐れていたことだ。繰り返されるのではないかと、危惧していたことだ。
「それで兄さんは、その後どうしたんだ?」
「それが覚えていないんだ。とにかくお前たちと合流しようとして、その途中で何者かに襲われた気がした。そして助けられた気がしたんだが……気づけば封印されていた」
 バルセーナはため息をついた。力無く振られた首からは落胆の色がうかがえる。
 しかしそれでは話の流れが掴めない。
 イーストは必死に頭を働かせて状況を飲み込もうとした。
 バルセーナを襲ったのは、やはり神だろうか? しかしバルセーナを攻撃できる程の者がそんなにいるとは思えない。いたとすれば消えた上位の神たちだろう。
 だがもし煽られて下の者が戦いを始めたのなら、上位の神たちがそんなことをするはずもない。そもそもその時点で彼らはもう消えていたのかもしれないのだ。
 では誰がやったのか? 精堂陣が恐れていた青き者か?
 だとすれば助けたのは一体誰なのか? 封印したのは?
 事実が明らかになればなるほど、真実から遠ざかっている気がする。
「兄さんが襲われた!? 神……じゃあないよな」
「違うな。神の気は近くにはなかった。私はその時魔族界にいたのだからな」
 ますます事態は混乱していく。イーストは全てを放り出したい気分になった。わからないことが多すぎて、自分が何をすればいいのかがわからない。
 だが一つはっきりしたことがあった。
 少なくとも上の命令で神と魔族は戦い始めたのではない。おそらくは青き者によってけしかけられたのだ。それがどういった手段でかはわからないが、おそらく隠されていた本に書かれていたことと同様の手口だろう。
 では私たちはその青き者の思うように動いていたのか?
 イーストは自嘲気味に微笑んだ。
 いや、ただ仲間たちを、部下たちを死なせたくなかっただけだ。そう言い聞かせても苦い気分は振り払えない。
「じゃあ結局は何もわからないのか。今、何が起きてるかも」
「残念ながらな。精堂陣様たちが戻らなければ、私たちは無力だ」
 顔を見合わせるバルセーナとベルセーナを、イーストはちらりと見た。結局至った結論は、今までと同じだ。
 待つしかない。
「しかしともかくも戦いを中断させることに意味はありそうだな」
 ベルセーナはうなずくと、イーストに視線を落とした。イーストはにこりと微笑み、首を縦に振る。
「ええ、そうですね。ラグナの方にレシガが加わったようで、大分沈静化はしてきているみたいです。私も向かいます」
「ああ、よろしく頼むな」
 いや、まだやるべきことはある。
 イーストは踵を返した。少なくとも勝手に暴れている他の魔族たちを止めることには意味がある。それが精堂陣の願いならばなおさらだ。
 わからないことだらけなど、今までだってそうだった。
 薄暗い階段を下りながら、彼は微苦笑を浮かべた。

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