white minds

第三十六章 悲しい賭の先に‐2

 集まった神技隊の面々を、シリウスは見回した。全員が集まればそれなりに狭くなる。しかも目覚めてはいるがまだ上体を起こせない者がいるため、ベッドまで運び込まれていた。それなりの広さがあるとはいえ、ぎゅうぎゅう詰めの印象だ。
 だが暑苦しいはずなのに、背中を冷たい汗が流れていった。視線が針となって突き刺さってくるようだ。期待と疑念が入り混じった瞳が、一心に彼へと向けられている。
「シリウス」
 急かすような滝の声に、彼は首を縦に振った。しんと静まりかえった室内が緊張感を煽る。
「まずは何故私がこんな役回りになったかだが……それはそこで寝てる奴に聞いたからに他ならない。あいつは万が一のために全てを私に話していった。何故私だったかと言えば、それは私も関係者だからだ」
 ひとまず心を落ち着けようと、シリウスはゆっくりと口を開いた。こう宣言でもしておかなければ、あとでアースに喧嘩を売られかねない。案の定、視界の端でアースの目が険しくなるのが見えた。だが何も言ってこないところをみると、とりあえず効果はあったと考えていいだろう。
「つまりシリウスさんも、闇歴に関わっているんですね」
 赤ん坊を抱いた梅花が、確認するように言った。詳しいことは何一つ話していないというのに、流れで闇歴のことだと判断するのはさすがだ。この空間の歪みが、消えた歴史に関わることだと勘づいていたのだ。シリウスは苦笑する。
「そうだ」
 肯定は、どよめきを生み出した。誰も知り得なかった歴史が今あかされるのだと、皆気がついたのだ。この異変の理由が、明らかになると。
 ありがたい。
 彼は心の中でつぶやく。心構えがあった方が話はしやすい。梅花がそこまで考えていたかどうかは定かではないが、彼にとっては幸いだった。自然と口角が上がる。
「闇歴の全てはある海から始まった。無と有の間を揺らめき、全てを生み出した海だ。ただ単に海とも、青き海、青の海と呼ぶこともある。その揺らぎが大きい時、海は新たなる存在を生み出す。そうして生まれた者を、我々は『純粋なる存在』と呼んでいる」
 レーナが話した通りに、シリウスは説明した。頭にはおぼろげに揺らぐ海の様子が浮かんでくるが、それは決して鮮明には描かれない。完全に記憶を取り戻したわけではないのだ。だがそれでも彼は言葉を続ける。
「我々の知る純粋なる存在は三人だけだ。生まれた順に青き者、ディーファ。白き者、ホワイト、黄色き者リシヤ。本当はもっと長い名なのだが、今私が口にすると歪みが激しくなるからな。だから皆、そのように渾名かぼかし名で呼んでいる」
 彼に向けられる視線が、怪訝なものになった。何故名前が空間を歪ませるのか、もしくは『リシヤ』という名前に反応したかだろう。
 これがややこしい。
 どう説明するかシリウスは悩んだ。どんなに言葉を尽くそうとも、完全な理解は得られないに違いない。
「彼らの名前は、彼らから発せられる音をそのまま表したものだ。だから名にも力が宿っていると考えていい。彼らはあまりに強すぎて、その力は空間を歪ませる程だ。だから愛称でしか私たちは呼ばない。それでリシヤのことだが……」
 彼はそこで一旦口を閉ざした。特にレンカと滝の視線が痛い。だが彼は落ち着くように強く拳を握ると、やんわりと破顔した。
「詳しいことはもっと後で話す。誰かさんのせいでややこしいことになってるからな。まずは先に基本事項を話しておかないと、後で起きたレーナににらまれかねない」
 肩をすくめれば、仕方なそうにレンカが苦笑するのが見えた。
 本当にややこしい。中途半端に記憶など思い出すから、こんなことになるのだ。後に説明する身にもなってみろと、ここにはいない『ヤマト』に毒づきたくなった。
「わかったわ、じゃあ続きを」
 しかしレンカはそう促した。当の彼女がそう言えば他の者は誰も文句は言えない。安堵に細く息を吐きながら、シリウスは口を開く。
「純粋なる存在三人は、それぞれ海の側にある砂浜にいた。だが一つ問題があった。ホワイトとリシヤは時折話すくらいの仲だったが、ディーファはいつも独りだった。彼が偏屈だったせいなのか、男だったせいかのかは私は知らない。だがそれが全ての問題の発端だった。彼はある時ホワイトを……無理矢理海に叩き落とそうとした」
 小さくレンカが息を呑むのがわかった。だがシリウスは何も言わなかった。どのタイミングで『その事実』を告げるべきか、考えながら唇を動かす。
「海から新たな存在は生まれるが、落ちればそれはすなわち死を意味する。だがホワイトは幸運だった。彼女の右足が海に触れたことで、大きな揺らぎが生まれた。その揺らぎから、新たな存在が生み出された。新たに生まれた男に助けられて、彼女は海に飲み込まれずにすんだのだ。ホワイトと海によって生まれたその男を、我々はセインと呼んでいる。彼が赤き者……神の頂点だ」
 司令室内の空気が、さらに静まった。これが神が生まれた経緯。純粋なる存在によって偶然生まれた、純粋ではない存在の誕生。だがシリウスはさらに話さなければならなかった。今度は魔族の、生まれた経緯を。
「だがディーファはそれでも懲りなかった。セインが生まれたことで、ディーファはますます孤独になった。彼は再びホワイトを突き落とそうとする。その時ホワイトの右手が海に触れて、やはり大きな揺らぎが生じた。その際生まれた男がダーク。黒き者、魔族の頂点だ」
 今度は驚愕によるどよめきが辺りを包み込んだ。
 神と魔族、彼らは同じようにして生まれた。だからこそよく似ていて、けれどもほんの少し違う。神も魔族もほとんど変わらないと以前レーナは笑って言ったが、それは事実だったのだ。
 今たとえ他の神や魔族に説明しても、到底信じようとはしないだろうが。
「この辺で話しておいた方がいいな、ホワイトが誰で、セインが誰なのかを」
 シリウスはそうつぶやくと、大きく息を吐いた。レーナに話を聞いた時の衝撃が、今でも心に残っている。いや、ある意味ではすんなりと納得できた。だからこそこうやって口にすることができるのだ。
「ホワイトがレンカで、セインが滝だ。残念ながらダークは、いまだ封印されたままだがな」
 固まる二人へと、彼は視線を向けた。いや、予想していたよりも落ち着いているように思えた。
 やはり二度目だからだ。転生神だと言われた時点で、上位の神だと宣言されたも同然なのだから。
「私がホワイト? じゃあ私が、純粋なる存在?」
 問いかけるレンカに、シリウスはうなずいてみせた。まるでおとぎ話に自分の名前が出てきたような感覚だろう。シリウスにだって実感はない。だがレーナが嘘を言っていたとも思えなかった。彼女の話は、現実とよく合致していた。
「ってことは、オレが神の頂点ってことか」
 腕を組みながら、滝が尋ねてくる。冷静な対応には正直安堵していた。そんな馬鹿なことあるかと叫ばれたらどうしようもないが、聞き返される分には首を縦に振るだけでいい。
「そうだ。正直私はそうだったかもしれないな、ぐらいにしか思い出していないが。だがそこで寝ているレーナは断言していた」
 シリウスはレーナの方を振り返った。アースに抱かれてぐったりとする彼女は、深い眠りの中にいる。起きあがるまでには時間がかかるだろうか? いや、彼女のことだからすぐに目覚めるだろう。こんな重要な時に、眠ったままでいるわけがない。
「では当人たちが納得してるようなので話を進めようか」
 口を開くと滝とレンカは同時に首を横の振った。息があったようなタイミングに、思わずシリウスは笑い声をもらしそうになる。
「いや、納得はしてないぞ。実感もないし」
「反論しても仕方ないから黙ってるだけよ」
「それで十分だ」
 シリウスは微笑した。叫ばれたり嘘だと決めつけられたり罵倒されたりするのでなければ、納得したのと大差ない。少なくとも説明する側の彼にとっては同じだった。対応が面倒でない。
 記憶にあるレーナの微笑みを真似てみれば、二人はそれ以上何も言わなくなった。こういう時、脅し同然の艶のある表情というのは役に立つ。彼はひそかに彼女に感謝した。
「ディーファは」
 口を開けば皆の目線が再び集まった。できるなら早く話を終わらせたいと願いつつ、彼は説明を続ける。
「結果的には孤独を深めるだけとなった。彼を恐れたホワイトは、自らの力で新たな世界を生み出して、逃げ込んだ。そこが白の世界と呼ばれる場所だ。こことよく似た、全く違う世界」
 彼はモニターから外を見た。日の沈みきった外は暗闇に覆われているが、空では存在を主張するように星が瞬いている。美しい光景だと思う。けれども白の世界に、夜はなかった。あそこはいつも光に満ちあふれていた。
 彼は一瞬瞼を閉じる。おぼろげに、だが先ほどよりもはっきりと頭の中に映像が浮かんできた。美しき白の世界の景色。緑の溢れる、穏やかな世界は居心地のよい場所だった。海からもっと遠ければさらに平和が訪れただろうに。
「そして同じ頃、黄色き者リシヤもやはり自分の力を使って別の世界、新たな存在を生み出していた。ホワイトはそれを真似た。彼女は自らをもとに、新たな存在を生み出した」
 目を開けて、シリウスは一旦言葉を切った。レーナを一瞥すれば、まだ彼女は深い眠りの中にいるようだった。苦しげで切なげな表情は記憶のものと一致している。思わず苦い笑みが浮かんだ。耐えて耐えて耐えてそして切れた糸。そんなことを思わせるその横顔。
「だが彼女の力には、一部海の力が混じっていた。おそらく二度触れたことで彼女の一部は海へと繋がっていたのだろう。彼女が力を使うことで揺らぎが生じ、生み出されたのは一人ではなく二人だった。その二人の名をレイン、リティという」
 彼は、今度は梅花を真っ直ぐと見た。彼女も視線を逸らさず真っ直ぐ返してきた。まるで全て知っているのではないかと思う。それくらい、彼女の瞳には揺らぎない光が宿っていた。
「レインが梅花、そしてリティがレーナだ」
 告げると、ガタリと椅子の動く音がした。見やれば立ち上がった青葉が口をぱくぱくとさせている。彼が何を言いたいのか、シリウスにはわかった。予想がついた。
「な、何でそこでレーナの名前が出てくるんだよ!? っていうかレーナ作ったのあのアスファルトとかいう奴だろ。そんな昔に、何であいつが……」
 それはもっともな疑問だった。シリウスは相槌を打ちながら苦笑する。
 だからこそさらにややこしい、ややこしすぎる。あらゆる偶然が重なったかのような、まるで奇跡。だがひょっとしたらそれは必然だったのかもしれない。呼び合ったのだとしたら、それはうなずける。
「その点がまたややこしいところなんだがな。詳しいことは当人から話があるだろう。私では説明しきれない」
 醒めた声でそう言えば、青葉はゆっくりとまた席についた。不満そうなのは仕方ないだろう。誰もが話を聞いた時ぶつかる壁だ。シリウスだって最初は疑問だった。最後まで話を聞いて、ようやく糸が繋がるのだから。
 そこで物音に眠っていた赤ん坊が目を覚ましたのか、かすかな泣き声が耳に届く。
「あ、大丈夫です。続けてください」
 だが赤ん坊をあやしながら、梅花はシリウスに微笑みかけた。まるで自分のことが話に出ていないかのような態度だ。困惑しながらも、彼は何とか気を取り直す。ありがたい反応ではあるのだ。
「しかし不幸にも、白の世界は海から近すぎた。ディーファの攻撃を恐れて、ホワイトはとにかく仲間を増やすことにした。彼女は今度はダークをもとにジーンを生み出した。そしてセインをもとに、ブレードを生み出した。彼女自身をもとにしなかったおかげだろう、海の揺らぎはそれほどでもなく、双子は生まれなかった」
 シリウスはじっと青葉を見た。嫌な予感がしたのだろう、青葉は喉を鳴らすと、ゆっくりと自分を指さす。皆の視線も自然と彼へと向けられていた。シリウスは微苦笑する。
「えーっと、その意味ありげな視線は、ひょっとしてオレですか」
「そうだ、セインをもとにした最初の神だ」
 飲み込みが早いものだと、シリウスは感謝した。転生神であるとわかっているのだから予想はできるだろうが、受け入れるのと話は別だ。それともこういった衝撃の繰り返しで慣れきってしまったのだろうか?
「オレがブレードで梅花がレインで、ええっと滝にいがセイン。でレンカ先輩がホワイト? じゃあもちろんシンにいやリン先輩もどっかにいるんすよねえ」
 腕組みをしながら、青葉は尋ねてきた。先ほど一瞬浮かべた嫌そうな面影はない。だが名指しされたシンとリンは、ひきつった顔でシリウスを見ていた。何かを懇願しているかのようだ。
 なるほど、とシリウスは相槌を打った。彼らが落ち着いているのは一人ではないからだ。自分だけではない、仲間がいる。同じ境遇の者たちがいる。それが事実の拒否から彼らを遠ざけていたのだ。一人ではないから。
「もちろん、これからその話をするつもりだ。いや、今のうちに言っておいた方がいいかもしれないな。ここは神の宝庫だ。幸運なことに、揃うべき神が全員ここに集っている」
 そう告げると、神技隊らは不思議そうに顔を見合わせた。何を言っているのかわからないという表情だ。揃うべき神が一体何人なのか、知らないからに違いない。シリウスは口の端を上げる。
「魔族について言えば、ジーンには特殊な能力があった。彼は七つ子と呼ばれる、七つの人格を有する者だった。人格だけではない、体を分かつこともできる。丁度そう、アルティードのようにな。彼ら七人はそれぞれ自分たちの力を使って部下を生み出したが、神はそうはいかなかった。そもそもブレードだけでは人数が足りないし、一人の力で子をなすには向いていなかった。代わりにホワイトが生み出したのは二組の男女だった。セインをもとに生み出された彼らは、順にメイオとスピル、カームとウィックという」
 ここでようやく神技隊たちが顔をしかめた。今わかっている転生神だけでは人数が足りないことに気がついたのだ。
 だがシリウスはここで種明かしする気にはならなかった。まだ言うべき名前がさらに残っている。
「しかしそれでも人数は足りなかった。ディーファは何故か執拗にセインを狙い始めたため、さらなる護衛が必要だった。ホワイトはさらに神を生み出し、ブレードたちの下につけた。それが全部で九人」
「ちょっと待ったー!?」
 そこで声を上げたのは青葉だった。眉をひそめたまま手を挙げた彼は、もう一方の手で意味不明な動きをしている。
「つまり、あと十三人いるってことっすよね? しかも、その、ここに」
「そうだ……と言いたいが実はやや少ない。そのうち二人は既にディーファの手によって殺されていて、さらにもう一人は私だからな」
「あ、なるほど。でもあと十人」
 青葉のつぶやきにあわせて、神技隊たちは互いの顔を見比べ始めた。自分は関係ないと思っていた者たちにも、話が降りかかってきたのだ。
「ねえシリウスさん、もったいぶらずに早く教えてくださいよ」
 すると焦れたのか、立ち上がったリンがシリウスの前に仁王立ちした。顔を覗き込まれるようにされて、思わず彼は椅子にぴたりと背中を押しつける。覚えていないはずなのに既視感のある光景だった。彼は彼女を押し返すようにしながら相槌を打つ。
「わかった、別にもったいぶってるつもりはない」
「じゃあ早く言ってくださいよ」
「わかったから前に立つな」
 急かされたシリウスはすぐに名を告げようとしたが、それは直前で遮られた。小さな、しかし空気を震わせるような声が、室内にしんと染み込む。
「ダークが……」
「レーナ?」
 声の主へと、皆はゆっくりと目線を向けた。
 アースに抱かれたままのレーナが、ゆるゆると頭をもたげた。長い髪が肩から滑り落ちる。それと同時に彼女は重そうな瞼を開けた。
「起きたのか?」
 シリウスが問いかけると、彼女は状況が判断できないような瞳でとりあえずうなずいた。珍しい光景だと思うのだが、それなのにどこか懐かしさを感じる。この喧騒で目覚めたのだろうか?
「ああ、起きた。んーと今はどうなってるんだ? 話の途中か?」
「まあそんなところだ」
 額を軽く手で押さえながらレーナは立ち上がった。とりあえず説明役は降りられそうだと、シリウスは内心でほっとする。やはりこの役は荷が重い。
「どこまで話した?」
「メイオたちが生み出されたところ辺りだな」
「まだそんなところなのか? お前本当に説明苦手だな」
「お前が起きるのが早すぎるんだ」
 どうやらいつもの調子を取り戻してきたらしい。軽口を叩く彼女へ、彼は微苦笑を向けた。
 本当に早すぎる。ちゃんと眠っていたのかと問いかけたくなるくらいだ。だが顔色がもとに戻っているところを見ると、一応回復はしたようだ。
「別に精神使い果たしたわけじゃないからな、これくらいで十分だ。それじゃあ説明嫌いのシリウスに代わって、われが話をするかな」
 不敵に微笑む彼女は、周囲へとまた視線を巡らせた。事情の理解度を考えればその方がいいに決まっている。シリウスはうなずいた。
「それではお願いしようか」
「じゃあお願いされようか」
 彼女の凛とした声が、空気を震わせた。

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