white minds

第四十章 全ては愛故に‐2

 軽く音を立てて扉が閉まると、レーナはほっと息を吐き出した。別にそれまで息が詰まっていたわけではないのに、何故だか急に肩の力が抜ける。
 おかしいな。
 心の中で自嘲気味に笑いながら深呼吸すれば、体が軽くなったような気がした。廊下の空気さえ不思議と澄んでいるかのようだ。
「部屋に戻って何をする気だ?」
 すると背後に立っていたアースが、怪訝な様子で尋ねてきた。彼女は彼を一瞥してほんの少し頭を傾ける。彼の左手は逃がすまいとするかのように手首を掴んできていた。逃げるつもりはないんだけどなあ、ともらしながら彼女は苦笑する。
「いや、まあ寝るとか?」
「ね、寝る? また寝るのか?」
「うん、できるだけ精神回復させたいなあと思って」
 彼は素っ頓狂な声を上げたが、それも仕方がないなと彼女は口の端を上げた。眠る必要がないため今まではほとんど寝てなかったのに、最近は一日の半分以上眠っている。神風邪の影響もあり精神が少なくなっているためだ。もっとも寝ていても休まらない夢ばかり見続けているのだから、回復は相当遅いのだが。
「レインが今ベレットを救おうとしてる。だからできるならわれが精神わけてやりたいところなんだ。それなら治療室より以前ずっといた部屋の方が回復しやすいだろうなあ、とか思ってな。まあ居づらいというのもあるが」
 そう付け加えて彼女は肩をすくめた。今治療室にいるのはホワイトとセイン、スェイブとよつきの四人だけだった。よつきが戻ってきた時に、それまで部屋にいたときつは出ていってしまった。何故彼女が出ていったのか、今のレーナにはよく理解できる。ある意味逃げたのだ。
 部屋の中では眠るホワイトの傍にセインがいて、目覚めてからずっとその手を握りしめていた。よつきはというと春の木漏れ日を思わせる笑顔で、スェイブを眺めているだけだ。珍しい光景ではあるが何だか直視しにくい場面でもある。
 つまり、一言で言えば甘い空気が漂っている気がするのだ。緊張感があるにもかかわらず。
「お前が魔族界に行かないのであれば、別にわれはかまわんが」
 彼は渋々とそう答えたが、しかしその手は依然として彼女の手首を掴まえていた。どうにも信用がないなあと思う。今までのことを考えれば仕方のないことではあるが、それでもやはりほんの少し寂しい。
「だが、ちゃんと眠れるのか?」
「ん?」
「寝てもうなされてばかりだろう、お前」
 すると歩き出そうとする彼女の手を引っ張って、彼は腕の中に押し込めた。背後からすっぽり抱きしめられた形になった彼女は、困惑したように彼の顔を見上げようとする。だが腕の力が強くてそれもままならなかった。慣れた感覚ではあるのだが、思うように動けないことでどうしても眉根が寄る。
「一応寝てる、はず。大丈夫、アースがいるから。こうなることも……予想はしてたし」
「こうなること?」
「きっとリティとしての心の糸は切れるだろうってこと」
 答えながら彼女は微苦笑を浮かべた。包み込むような腕にそっと手のひらを当てて、胸の奥にある痛みを押し殺すよう努力する。
 ただひたすらディーファをどうにかするために、それだけのためにリティは全ての力を注ぐつもりだった。皆に幸せになって欲しくて、だから自分の幸せは放棄するつもりで、他の要素は犠牲にするつもりだった。それ故ディーファが倒れた時リティの心が無事であるかは相当疑問だったのだ。張りつめていた糸がぷつりと切れるだろうと、半ば予感していた。
 もっとも、こんな風に切れるとは思っていなかった。まさかダークやジーンが犠牲になるとは考えていなかった。今はレーナとしての糸を使って心を保っているようなものなのだ。ユズのことが、アスファルトのことが、アースたちのことが、今まで犠牲にしてきた者たちのことが頭にあるから。だから死ねないのだと、死んではいけないのだと心を保つことができる。
 加えてレインのことがあるからリティも自己崩壊せずに踏みとどまってくれていた。相当危うい状態には違いないが、消えることはない。
 自分は弱い。
 そのことを彼女は自覚していた。『海』の呼び声が聞こえやすい分、より儚い存在であるとも理解していた。それでも時々弱すぎる自分に泣きたくなる。もう少し強ければと考えてしまう。
「もうレーナとリティは同化したんじゃないのか?」
「同化したよ。だからレーナの糸がリティの分も補うことができるんだ。あとはダークとジーンさえ救うことができれば、この不安定さも少しはましになるはず」
 不思議そうに尋ねられて、彼女はそう答えうなずいた。
 そう、ダークとジーンさえ助けることができれば。
 胸中で繰り返して彼女は唇を強く噛む。二人は今精神が足りなくて苦しんでいる最中なのだ。それなのにそれがわかっているのに、助けに行くことさえできない。弱いから助けに行けないのだと思うと、さらに苦しかった。
「レーナ……」
 彼が困惑したように名前を呼んだ。胸の前で交差させられた腕がほんの少し動いて、さらに強く抱きしめられる。彼の不安に気づいた彼女は、また心配させてはなるまいと慌てた。が、口を開くより早く別の気配が彼女の思考をとらえた。
「っ!?」
 懐かしくて泣きたくなるような気が、すぐそこに強く感じられた。思わず息を呑んでしまう程に胸を締め付ける気が、確かにすぐそこにあった。首だけでその方を見れば、視界には入らない階段の上から複数の足音が聞こえてくる。
「何だ?」
 アースも気がついたのか首を傾げたが、腕を離す気はないようだった。力だけが少しゆるめられて、彼女は何とか階段を見ようとする。するとその影から廊下へと勢いよく、青い何かが飛び出してきた。
「レーナ!」
「ユズっ」
 顔を輝かせた懐かしい女性を、レーナは見つめた。駆け下りてきたのはユズだった。張りつめていた何かを緩ませるような煌びやかな笑顔を浮かべて、彼女は白い廊下に悠然と立っている。すると遅れて北斗とサツバ、ローラインが慌てて下りてきた。思い返せばユズが寝ていたのは彼らがいる部屋だった。おそらくユズが飛び出したから驚いて追いかけてきたのだろう。ほんの少し申し訳なく思う。
「レーナっ、もう、あなた何ていう顔してるのよ」
 笑いながら泣きそうな顔をするという器用な芸当をこなし、ユズは小走りに寄ってきた。そして困惑しているアースを問答無用で引きはがすと、レーナの頭をぎゅっと抱え込む。
「ユズ?」
「また辛そうな顔しちゃって、もう。そんなに自分を追いつめちゃ駄目だって言ってるでしょ? あ、言ってなかったか。でも思ってたんだから読みとりなさい。もう、本当に、器用なのに不器用な子なんだから。かわいそうなくらい不器用なんだから」
 子どもをあやすよう頭を撫でながら、ユズは泣きそうな声で無茶苦茶なことを言った。レーナは苦笑しながらも相槌を打つ。ユズの言いたいことはよくわかった。言葉にしなくても読みとってしまう、わかってしまう。それは心の神と呼ばれた者たちに共通のことで、白き者としての能力の一つでもあった。無論白き者に近い赤き者や黒き者も多少持ち合わせている。悲しみを、憎しみを、喜びを、幸せを、読みとりたくなくても感じてしまうのだ。
「わかってる、うん、大丈夫だからユズ」
「どこが大丈夫なのよ、そんな消え入りそうな状態で」
 反射的に答えれば、まるで全ての事情をわかっているがごとくユズは顔を覗き込んできた。明るい茶色の瞳はあらゆるものを見透かしているかのようだ。傍にいるアースの苛立ちを感じ取りながらも、レーナは何も言えずにユズを見返す。
「あなたはみんなを助けたがってるのね」
「……え?」
「そうでしょう? 誰も傷つけたくなくて自分が一番傷ついてるんでしょう?」
 問いかけられてレーナは困惑した。何と答えるべきなのか、自分は本当に何を望んでいるのかわからなくなる。いや、元々わかっていなかったのだろう。
 そんな彼女を優しく見つめてユズはその指先を頬へと滑らせてきた。愛しいのだと紛れもなく伝えるその仕草は、ユズだからこそ黙って受け入れる。が、その頭越しに北斗たちが頬を赤らめて慌てているのが見えた。何だか複雑な気分になりながらレーナは眉をひそめる。
「あの、なあ、ユズ」
「ほーら、お姉さんに言ってみてごらんなさい? あなたが何を悩んでるのか。どうしてためらっているのか」
 けれどもユズは背後の三人など意に介さず、そう言葉を続けた。よく見れば何故だかローラインがうっとりとした顔で相槌を打っている。レーナはできるだけその様を視界に入れないようにして、戸惑いにさらに眉根を寄せた。言ってどうなるものかと思うが、言わないよりは楽になれるとも思う。そんな気になるのは相手がユズだからだろう。レーナとして覚醒するまでの時間が、心の奥へと埋め込んだ感覚だ。
「助けたいんだ」
 だからレーナは口を開いた。アースに言ってもむっとされるだろうことを、シリウスに言っても駄目だと言われるだろうことを、口にする決意ができた。悩みを丸ごと受け入れて咀嚼してくれるユズだから。
「どうしても助けたい者たちがいるんだ。精神が少なくて死にかけている者たちが。けれども今のわれでは救いたくても精神が足りなくて……行こうとすれば皆に反対されるし、でも溜まるまで待つのでは遅すぎて」
 瞼を伏せて消え入りそうな声でレーナは告げた。自分が不甲斐ないからそうなるのだと彼女は知っている。もっと心を強くもてたら精神だってすぐに回復するだろうし、それなら悩む必要さえなかった。けれども今の彼女にはそれができない。自分を死の淵から遠ざけるだけで精一杯だった。またそんな自分が情けなくてさらに苦しくなり、それが精神の回復を妨げる。完全な悪循環だ。
「その助けたい者たちって、魔族?」
「どうして、わかったんだ?」
「何となく」
 だが何も言わずとも、不思議と的確なことをユズは突いてきた。驚いて顔を上げれば彼女は得意げに口の端を上げている。そして、それなら話は簡単よと大仰にうなずいた。レーナがわからず瞳を瞬かせれば、ユズは左手だけを離してその人差し指を振る。
「食べさせてあげればいいのよ、幸せな感情を」
「た、食べ……?」
「ほら、魔族って強い感情食べてそれを自らの精神として蓄えるでしょう? 恐怖とか憎しみとかそういう負の感情はまずいらしいけど。だからあなたがうんと幸せになってその幸せオーラを食べさせてあげればいいのよ。そういうのって尽きないしあなたの精神量も減らないからいいことづくしよ。ほーら簡単でしょう?」
 言ってようやくレーナの体を解放すると、ユズは胸を張ってそう説明した。レーナは彼女を見つめ返しながら、記憶の底から一つの事実を引っ張り出す。それはユズがアスファルトに対してやっていたことだ。まだ二人がともに暮らしていた時に、他人から精神を奪い取るのを嫌がるアスファルトにやっていたこと。
「ね? 幸いにもアースがいるんだから大丈夫。私だって目覚めたんだし。あ、それともあなたはまだ足りないとでも言うの? 欲張りねえ。そんなに何でもかんでもうまくいくわけないじゃない。こうして生きて顔合わせてるだけで、十分幸せよ」
 ユズは悪戯っぽく笑うとくるりと踵を返した。同時に何故だか大げさに退いた北斗とサツバへ近寄って、ふふふっと笑い声をもらす。
「ちょっと聞いていいかしら? 何であなたたちはそんなに怯えてるの?」
「いや、何でもないです何でも」
「別にシンってすごい人から生まれたんだなとか思ってないですって」
 ユズに迫られ顔を強ばらせた二人は、じりじりと後退していった。その隣ではローラインがうっとりとした顔で美しいとまたつぶやいている。二人とは正反対の反応だ。
「そっか」
 妙に楽しそうなユズたちの姿を見やって、レーナはぽつりとつぶやいた。
 多くの者を犠牲にして、その上に立ってどうして幸せになれるのかと、なってよいのかと。そう漠然と思っていたが違うのだ。それだけ恵まれていてどうして幸せになれないか、愛する者たちが傍にいてどうして幸せになれないか、なのだ。視点が違うのだ。
「レーナ?」
 すると怪訝そうにアースが呼びかけてきた。レーナはゆっくりと振り返り、ほんの少し口角を上げる。
 決意ができた。皆を助ける、けれども自分を犠牲にすることのない道を歩む決意が。
「アース」
 彼女はレーナとしての微笑みを絶やさずに、思いを込めて柔らかにその名を呼んだ。その声音の変化を感じ取ったのか、彼は答えるべき言葉を詰まらせる。
「われはダークとジーンと助けに行く。今なら大丈夫だ、われは二人を助けられる」
「レ、レーナ?」
「レインにだって精神をわけられる。それでもわれは大丈夫だ。だって、われは一番欲しいものを手に入れたのだから」
 言いながら彼女は窓から外を眺めた。それはもうきっとどこにもいない、混沌の海へと溶け込んでしまったディーファをへ向けての言葉だった。こんなにも思っていてくれる人がいるのだと確信できるからこそ、どこにいたって居場所はあるのだ。幸福な未来を描くことができるのだ。暗い孤独に飲み込まれることなく、しっかりと前を向いていられる。
「だから」
 彼女はもう一度彼を見上げた。戸惑いを隠しきれないその手を取って、小首を傾げて囁くように問いかける。
「一緒に来てくれるか?」
 魔族界へ。
 それはきっと、彼がひそかにずっと待っていただろう言葉。




 薄暗い中見覚えのある石の通路が続いていた。冷え切った空気に足音が響き、反響して不穏な音を立てる。だがそんなことは意にも介さず、レーナは凛とした歩みを進めていた。半歩遅れてついてくるアースが落ち着かないのは、時折聞こえてくるうめき声のせいだろう。
 そこは以前ダークが引きこもっていた塔のような建物だった。メトロナイトが戯れに作ったであろう石造りの低い塔。
「またここなのか」
「うん、またここだ」
 つぶやきのような彼の問いかけに、彼女は答えた。気からここにダークとジーンがいることは明らかだった。それも同じ奥の部屋だ。あの時彼女が扉を壊したのだから、隠れているつもりではないだろうが。
「急ごう」
 曲がりくねった廊下を、二人はひたすら突き進んだ。本当はまた転移で行ってもよいのだが、できるだけ精神をレインへと流し込みたいから仕方なく節約している。
 すると、しばらく歩いたところで前方に人影が見えてきた。切り開かれた扉に寄りかかるようにして、足を投げ出した青年が一人うめいている。
「バルセーナ……じゃあないな。ベルセーナ?」
 首を傾げながらも彼女は近づいていった。足を速めれば、薄暗い中でもその顔がはっきりしてくる。思った通りそれはベルセーナだった。リティとしてはほとんど顔を合わせていないがレーナは知っている。精堂陣の部下の一人で、バルセーナ四兄弟の次男と呼ばれている男だ。
「ベルセーナ?」
 アースが訝しげな声を上げたが、彼女は答えなかった。近寄ればベルセーナの意識は既に半分飛んでいることがわかる。呼吸は浅く半分瞼が閉じた状態で、覗き見える瞳も虚ろだった。それでも太陽を思わせる鮮やかな髪が、この薄暗い中ではかなり目を引く。
「精神が奪われたってところか」
 傍に寄って片膝をつき、彼女は彼の頬へと指先を当てた。きっとダークやジーンに吸い取られてしまったのだろう。意識を保っているのが難しい状態まで追い込まれたのだ。
「レーナ」
「うん」
 やや非難のこもったアースの呼びかけに、彼女はうなずいた。別に誘惑してるわけじゃないからと苦笑しながら答えて、彼女はゆっくりと立ち上がる。
 その眼差しは、真っ直ぐ扉の向こうを射抜いていた。彼女の刃で切り開かれた扉の向こうには、さらに薄暗い空間が広がっている。
 ここにダークやジーンがいる。いや、それだけではなくウィザレンダもマトルバージュもバルセーナもいた。誰もが弱々しい気で、その命が危ない際を漂っているのがすぐにわかる。敏感になった彼女の感覚がそれを瞬時に把握した。
「まずは根元の方をどうにかしないとな」
 彼女はその中へと足を踏み入れた。一歩近づくごとに精神が奪われていくような、そんな錯覚がある。しかしそれがまやかしであることは彼女はわかっていた。今奪われているのは彼女の感情であって精神ではない。その証拠に精神量はさほど多くないアースでさえ、平気な顔でついてきていた。
「リティ?」
 また一歩足を踏み出せば、呆然とした声が投げかけられた。薄暗い部屋の奥に小さな石の台があるのが見えてくる。そこに上半身ごともたれかかった青年が、かろうじて頭をもたげた。
「ジーン」
「リティ……なのか? 本当に? どうして、平気、なんだ?」
 苦しげに言葉を切りながらも尋ねてきたのは、見間違えることのないジーンだった。腰程ある深緑の髪が今は台の上を流れており、ゆったりとした服の袖も珍しく捲られているのが見慣れないところか。
「ほら、われって精神無限大なくらいあるし、今幸せいっぱいだし」
 近づきながらレーナは手をひらひらとさせて悪戯っぽく笑った。ジーンは息を呑んで言葉を失い、後ろではアースが困ったように立ち止まる。しかしレーナは止まらなかった。感じられるダークの気がどんなに拒絶の色を呈していても、立ち止まる気は全くなかった。
「幸せ?」
「そう。だってお前たちにこうしてもう一度会えて、それで嬉しくないわけないだろう?」
 彼女は花が咲いたように朗らかに微笑んだ。足下に崩れ落ちているウィザレンダ、マトルバージュ、バルセーナを視界の端に入れて、それでも、いやだからこそ悠然と口の端を上げる。
「ダーク、寝たふりとか聞いてないふりとかお前の得意技だったと思うけど、われはちゃんとわかってるからな」
 彼女はジーンの傍に寄り添うよう座り込むと、そっと台の上に手を伸ばした。その上には死んだように横たわっているダークがいる。ぴくりとも動かない彼へ、彼女は春を感じさせる声で囁いた。
「お前がわれを死なせたくなかったように、われもお前を死なせる気はないから。それがわれの我が侭でも死なせる気はないから。でも大丈夫、もうわれ死ぬつもりないし。だからもう少しここにいさせてくれ、な」
 目を見開いているジーンを一瞥して、彼女はくすりと笑った。ここにいるということは精神を奪われるということで、それはウィザレンダたちを見れば危険な行為だとは誰でもわかる。
「リティ」
 刹那、それまで固く閉ざされていた瞼が持ち上がって、ダークが彼女の方を見た。宝石を思わせる紫の瞳が薄暗い中小さく光る。彼女は彼を見返して、言葉を促すよう小首を傾げた。
「本気、か? リティ」
「われはいつだって大真面目で本気だ」
「死ぬ、ぞ」
「われは死なない。ほら、今だって苦しくない。われを甘く見るなよ? お前たちに分け与えても有り余るくらい精神だってあるし幸せいっぱいだし。レインにもわけてるくらいなんだから」
 だからそんなこと心配するな、と彼女は付け足した。説得するのは諦めたのかジーンは押し黙っており、ダークは驚きに瞬きを繰り返す。
「お前たちにはまだやるべきことがあるんだ、だからこんなところで死ぬな」
 レーナは囁いた。それは二人にだけではない、自分にもレインにも、『過去を紡ぎし者たち』へとかけた言葉だった。
 全てを終わりにして、過去の鎖から世界を解放する。
 それは消えた歴史を担いし者たちに課せられた、最後の使命だった。

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