白の垣間見 3
遠くから呼び声が聞こえる。固い路面に反響する靴音に混じって、彼の名が繰り返される。小さな子どもの声だ。また頭上からは甲高い鳥のさえずりも聞こえ、頬を暖かい風がかすめていく。
『リーツっ』
今にも踊り出しそうな軽やかな足取り、そして喜びを隠しきれない声。急ききった呼吸の合間に、再び名前を呼ばれた。そんなに慌ててどうしたのだろう? 声の主を確かめたいのに、体が重くて目を開けることもできない。一体今は何時だろうかと、彼はかすかに呻いた。
寝返りを打ちたいのにそれもできない。重力が強くなったのかと、そう錯覚するくらいだ。こういうのを金縛りと言っていただろうかと、彼は漂う思考を集めてそんなことを思った。別に息苦しくもないから慌てはしないが、誰の声なのかは気になる。
「リーツ」
先ほどよりも強く名前が呼ばれる。ほんの少し低くなった声に、彼は嫌な予感を覚えた。これは無理にでも起きた方がいいのではないか? 目を開けるべきではないか? けれども重たい指先はぴくりとも動かず、霧散しかけた意識だけが必死になっていた。
「リーツっ」
途端、今度は強く揺さぶられた。どこかから落ちた腕が硬い物に触れて、一瞬鈍い痛みを感じる。そのおかげで瞼が開いた。まず見えたのは眉根を寄せたセレイラの顔だった。彼女の瞳に宿るのが呆れの色であることを認識して、はっとして彼は辺りを見回す。
この妙に綺麗な室内は、彼の研究室でも家でもない。セレイラの部屋だ。いつの間にかこんなところで眠っていたようだ。そこまで思い至ったところで、全てを思い出して彼は青ざめた。そうだ、謎の少年を連れて彼女の部屋に来たのだった。そしてその子が目覚めるまで待とうという話になったはずだった。
「静かになったなあと思ったら寝てるし。ひょっとしてまだ論文書き上がってなかったの?」
彼が固い椅子から身を起こすと、彼女は大袈裟に嘆息した。その言い方から予測するに、どうやら彼女は書き上げたらしい。彼は引き攣った笑みを浮かべると、目覚めるために頬を軽く叩いた。夢の中でも名を呼ばれていた気がしたが、現実の彼女の声と重なっただけだろう。あまり深く考えないことにする。
「あの子、目を覚ましそうよ」
そう告げると彼女はソファへと目を向けた。そのおかげで彼の頭も完全に覚醒した。慌てて立ち上がろうとしたため椅子が近くの棚とぶつかり、大きな音を立てる。だが今はそれどころではなかった。
「ほら」
ソファへと向かった彼女は、その横に両膝をついた。焦茶色の毛布を被った少年は、眠そうに目をこすりながら身じろぎをしていた。まだ目覚めたというわけではなさそうだが、確実に意識はある。最悪の事態は免れた。心臓が高鳴るのを感じながら、彼もソファへと駆け寄った。
「あ、れ……?」
薄く目を開けた少年は、ぼんやりとした顔で視線を巡らせた。瞳も髪と同じく黒だ。はじめはただきょとりと、次第に事態を理解してきたのか目を丸くして、少年はゆっくり上体を起こそうとした。だがその額に手を載せ、彼女が止める。
「いきなり起きると駄目よ。目を回しちゃう」
「え? あ、うん。ごめんなさい。……ここどこ?」
不思議そうに瞬きをする少年は、彼女の言葉に素直に頷いた。どう考えても何か企んでいるようには見えない。演技とも思えない。やはり巻き込まれただけだろうか?
「ここは私の研究室。宇宙船で倒れていたあなたを運んできたの。覚えてる?」
ごくごく簡単に説明した彼女は、少年の額に張り付いた前髪を掻き分けた。そしてその頭を優しく撫でる。子ども相手だとずいぶん態度が違うなと、事態とは関係のないことがリーツの脳裏に浮かんだ。よく思い返してみると、昔は彼にも優しかった気がするが。
「宇宙船って……あの秘密基地のこと? それは覚えてるよ。僕、変なおじさんに追いかけられて逃げてて、それであそこに潜り込んだんだ。それから……あれ? どうしたんだっけ?」
少年は頭を傾けて唸った。必死に思い出そうとしているのか、小さな額に皺が寄っている。見知らぬ二人に見下ろされているというのに警戒した様子もなかった。それとも単に混乱しているだけなのか。
「そうだ! これで遠くへ逃げられたらなあって思って、隅っこに隠れてたんだ。そしたらなんかすごい揺れがあって、急に白く光って……」
そこまで言ったところで、少年は顔を曇らせて口を閉じた。そこで記憶が途切れたということだろうか。何も言わずにリーツはセレイラと顔を見合わせる。詳細はわからないが、何かに巻き込まれたと考えるべきだろう。あれが宇宙船であるとは知らなかったようだし。
「それで、気づいたらここに来てたのか?」
「うん、たぶん」
「そうなの。……あ、あのね、名前を聞いてもいい?」
俯いた少年へと、二人はできるだけ優しく尋ねる。その間も、リーツは今後どうするべきかを考えていた。ますますこの子どもを、できるだけ早くもといた星へと帰してあげたくなった。しかし、そのためにはどうすればいいのだろう? 名案が浮かばない。
少年はしばらく二人の顔を見比べ、それから顔をほころばせた。何かを心配していたのか、それとも単に優しい人とでも判断されたのか。ついで少年の元気のいい声が室内に響く。
「うん、いいよ! 僕はケイチ。お姉さんたちは?」
「私はセレイラ」
「俺はリーツ」
これでとりあえず少年――ケイチが怯えて逃げ出す、という別の意味で困った事態は避けられた。無邪気に首を縦に振るケイチを、複雑な思いのままリーツは見下ろす。最悪の状況にはならなかっただけで、彼らは一歩も前に進んではいない。
「とりあえず怪我がないみたいでよかったわ。でも念のためここでしばらく休んでいてね。それでね、あの、あなたはどこの星から来たの?」
そこで最も気になっていただろうことを、セレイラは尋ねた。彼女の横顔を一瞥し、リーツは固唾を呑む。この答えによって彼らの選ぶ道は変わってくる。一方、問いかけられたケイチは黒い瞳をめいっぱい丸くした。そしてわけがわからないと言いたげに、軽く眉根を寄せる。
「どこの星って……ここは地球じゃないの?」
小さな口から飛び出してきた単語は、思った通りのものだった。セレイラの喉が鳴るのがリーツにはわかる。やはりケイチは、あの宇宙船は、アースから来たのだ。
「じゃあケイチは……地球から来たの? ここはね、惑星イルーオの研究所よ」
噛み砕くように、できるだけ簡潔に彼女は説明した。しかしそれでもケイチの混乱は増すばかりで、瞳を揺らして泣きそうな顔になる。まさか惑星の意味がわからないのだろうか? それともイルーオを聞いたことがないだけなのか? どちらにせよこの少年は何も知らないらしい。慌てたリーツは精一杯の笑顔を作った。
「あー悪い悪い、難しい話だったよな? えーとつまり、ケイチはかなり遠いところまで飛んできたってことさ」
リーツはそう付け加えた。それはさすがに理解できたようで、ケイチは静かに首を縦に振る。リーツはもう一度セレイラと目を合わせた。ますます頭が痛くなってくる。
アースからやってきた少年が乗っていたのは、第一期の宇宙船。しかし当の少年はアースの外のことなどわからないという。そしておそらく宇宙船のことは何も知らない。そうなるとあの船で帰るなど無理な話だった。
乾いた唾が喉に張り付いたように思えた。すぐには言葉が出てこなかった。笑顔を浮かべたまま何かを考えているらしいセレイラを横目に、リーツは無理矢理にでも口角を上げる。
「じゃあ俺は何か飲み物でも取ってくるよ。疲れたから喉が渇いただろう?」
ソファから離れつつ、振り返ったリーツは手をひらひらとさせた。逃げるのかと言わんばかりにセレイラが睨みつけてくるが、彼はそれを無視して扉へと向かう。ありがとうというケイチの声が耳に痛かった。何をどう考えたところで、ケイチにとって良い方向へと事態が進む気がしない。
「あーあ。こりゃあ、正直に全部話して相談する方が早いんじゃないか?」
部屋を出て後ろ手に扉を閉めると、リーツは苦笑いを浮かべた。信頼に満ちたケイチの笑顔が瞼の裏に残り、胸の奥を鷲掴みされたようになる。何も知らぬ子どもを裏切る気分だ。
「俺たちにはどうしようもないんだけどなあ」
薄鼠色の廊下が、いつもよりさらに暗く見える。それでも窓の外の見せかけの太陽は、相変わらず燦々と輝いていた。この空が曇ることなど、年に数回あるかどうかだ。
では地球の、アースの空はどうなっているのだろう? 人気のない廊下を進みながら、ふと彼はそんなことを考えた。こんなホログラム映像とは違い、もっともっと綺麗なのだろうか? 時には冷たい風が吹き荒れ、時には大粒の雪が降ったりするのだろうか?
幼い時に訪れた隣の星のことを、彼は不意に思い出す。そこで本物の青空というものを初めて見た。感動を通り越し、ただただ唖然としたのをよく覚えている。本物はもっと青々としているのだと、彼はずっと思っていたのだ。そう文句を言ったら、確かセレイラは笑ったのだった。
『リーツはいつも知識ばかりね』
まだ少女と呼ぶべき年の彼女は、今と同じように呆れた顔をしていた。そして紙しか相手にしないようでは駄目だと、偉そうに言っていた。たった一つしか違わないというのに彼女はいつも大人ぶっている。
だが反論もできなかった。いつも体を使いあちこちへと飛び回っている彼女とは違い、確かに彼はイルーオにばかり閉じこもっていた。研究のためにと外に出回る両親に不満をぶつけ、しかし一緒に行くことを拒んだ。別の星に行く度に、不慣れなためいつも迷子になっていた。何度皆に心配されたかわからない。
「だから研究者なんか嫌いだ、とか言ってたっけなあ」
小さい頃の自分の言葉を思い出し、彼は思わず苦笑を漏らす。きっといまだにセレイラが口うるさいのは、あの時の印象が強いためだ。さぞ頼りなく見えるのだろう。今頃は、また逃げたと内心でぼやいているのかもしれない。
「リーツ!」
すると突然、背後から名を呼ばれた。静かな廊下にその野太い声はよく響いた。驚いて振り返った彼の視界に、手を振りながら駆け寄ってくる男性の姿が映る。
「エドさん!?」
彼は眼を見開いた。エドナードと会うのは久しぶりだった。リーツよりも四つ年上の彼は、確か去年見習いから一人前へと昇格したばかりだ。あまり姿を見かけないので、やはり忙しいのだなと思っていたのだが。
「どうかしたんですか? エドさん」
大柄なエドナードが傍に立つと、威圧感を覚えざるを得ない。しかも今日はいつもの人懐っこい笑顔がなく、妙な空気を纏っていた。リーツが首を傾げると、エドナードは大きな目をさらに見開く。
「どうしたって、リーツはまさか知らないのか? あの宇宙船の話」
「え? 宇宙船!?」
エドナードの口から飛び出してきたのは、とんでもない単語だった。今リーツが最も聞きたくないものだった。叫んだきり思わず声を失った彼を見て、どうやら何も知らないと勘違いしたらしい。エドナードは説明を始める。
「ついさっきドームの外で発見されたって話だ。第一期や第二期のお偉いさん方が大盛り上がりでさあ。誰が最初に行くかって議論してた。まあ、俺らには関係ない話なんだけどな」
肩をすくめたエドナードの瞳にも、好奇心が見え隠れしていた。見知らぬ宇宙船には誰もが心を動かされるものらしい。新たな発見があるかもしれないと思えば、それも自然なことだった。
だがリーツの場合は事情が違う。青ざめた彼の脳裏をケイチの笑顔がよぎった。あの宇宙船が見つかったらどうなるのだろう? 第一期のものだと知れたら、どうなってしまうのだろう? ケイチは? ケイチを連れ出したセレイラは? 第四研究所は静かだから、きっと二人はまだこの騒ぎのことは知らないはずだ。
「その宇宙船ってのは……ええっと、あの白い奴?」
「おう、真っ白な船だってさ。ってなんだ、リーツも知ってたのか。本当にびっくりだよなあ。探知機も何も反応しなかったって話だし。もし古代の宇宙船ならすごいことだよな」
相槌を打つエドナードを見上げて、リーツは唇を引き結んだ。あの謎の宇宙船は、きっとこれから詳しく調査されることになる。ケイチのこともいずれ明らかになるだろう。もしかしたら、何か影響があったのではと検査されることになるかもしれない。
その時ケイチはどう思うか? どうして自分は帰れないのかと、やはり不信感を覚えるだろうか? 大人の事情など子どもにわかるはずがない。
リーツの背中を冷たい汗が伝った。できるならこれ以上ケイチを動揺させたくなかった。ともかく、突然誰かがセレイラの部屋に押しかけるような事態だけは避けなければ。
「おいリーツ、顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」
「あ、いえ。ちょっと思い出したことがあって。それじゃあエドさん、俺はこれで」
これ以上この場にはいられないと、慌ててリーツは踵を返した。訝しげなエドナードの声も意に介さず、真っ直ぐセレイラの研究室を目指す。これからどうするべきか? どうすればあの純真な少年を傷つけずに帰すことができるのか? 足早に廊下を駆け抜けながら、彼は強く唇を噛んだ。足に纏わり付く白衣が鬱陶しい。
あの宇宙船をどうにか動かすことができれば、ケイチはすぐに帰れるのだろうか。だが研究者たちがあの船を手放すとは思えない。ケイチを帰すことは許してくれても、船の方は無理だ。第一期の遺物は、壺の破片でも大切に保管されているくらいなのだから。
考えれば考える程、何をどうすればいいのかわからなくなった。ただ資料相手に悩んでいるのとは違う、謎の遺物を観察しているのとも違う。そこに生きている人間が関わるだけで、こうも煮え切らなくなるとは。彼自身にも驚きだった。それとも、関わっているのが無垢な子どもだからだろうか?
セレイラの部屋の前まで辿り着くと、彼はひとまず呼吸を整えた。それから周囲に人がいないことを確認し、手早くノックする。返事は聞こえなかった。しかし待ってもいられず、彼は扉を押し開いた。
「セレイラ!」
声を上げると同時に空気が張り詰め、驚いた表情のセレイラが立ち上がった。だが入ってきたのが彼とわかると、わかりやすく安堵の息を吐く。その傍らでは、ソファに腰掛けたケイチが足をぶらぶらとさせていた。リーツは乱暴に扉を閉めると、二人の方へと小走りで寄る。
「ちょっとびっくりさせないでよ、リーツ」
「それどころじゃあないんだセレイラ。あの船が他の研究員に見つかった」
リーツは早口で状況を述べた。表情を硬くしたセレイラは、事情がわかっていないケイチへと一瞥をくれる。ケイチは不思議そうな顔で頭を傾けると、リーツとセレイラを交互に見た。
「船って、僕が乗ってきた船のこと?」
見上げてくるケイチの目は、よく見ると少し赤く腫れていた。リーツのいない間に何かあったらしい。頬には涙の跡も残っている。
「……僕、お母さんのところに帰れないの?」
絶望するでもなく嘆くのでもなく、ただ淡々とケイチは問いかけてきた。その真っ直ぐな眼差しを見ていられなくて、リーツはセレイラへと目を向ける。しかし彼女は唇を結んだまま何も言わなかった。
「だって、ここは遠い星なんでしょう? 宇宙船がないと帰れないんでしょう?」
縋られた方がどれだけ楽だったか。そう思うようなケイチの言葉に、リーツはただただ奥歯を噛んだ。他の船を用意するから大丈夫だと、すぐに約束できないところが悔しい。
彼らにそれだけの力があればいいのだが、何せイルーオは中立研究所だ。力のある大きな星とは違い、高性能な宇宙船など持っていない。また、それを手に入れるつてもなかった。
だからリーツには首を縦に振ることも横に振ることもできなかった。ここでケイチに現実を伝えるべきなのか、甘い言葉でごまかすべきなのか、彼には判断できない。
「帰れるわ」
だが、セレイラはそう言い切った。その力強さに引かれるよう視線を向けると、彼女は微笑みながらケイチの頭に手を載せていた。ケイチは呆然と彼女を見上げている。
「あの宇宙船さえあれば何とかなるわ。ここに来られたんだから帰れるはずよ」
自信たっぷりに彼女はそう続ける。そう言われるとリーツに反論の言葉はない。が、無茶苦茶にしか思えない理屈だった。それはある種の理想だ。希望だ。彼は口を開きかけた。しかし声を発する前に、彼女は不敵に笑って強気な眼差しを向けてきた。何となく見覚えのある表情だ。
「リーツ、あの船はまだドームの外にあるのよね? もしかして調査もまだ?」
問われて彼は頷いた。誰が最初に行くのかでもめていると、先ほどエドナードは言っていた。ということは誰も乗り込んでいないはずだ。あの宇宙船は今もあのまま荒れ地に存在しているのだろう。
「それならまだチャンスはあるわ。先にあの船に乗り込みさえすればいいのよ」
自信に満ち溢れた彼女の発言に、ケイチの顔が輝いた。彼女の白衣の袖を引っ張ると、本当かどうかと嬉しそうに何度も尋ねている。リーツとしては顎が外れてしまいそうな気分だった。まさか本当にあの船を無理矢理にでも動かすつもりなのか。
「おい、セレイラ――」
「何か問題でもある? 大丈夫よ、私が他の研究員に報告している間に、あなたがケイチを連れて行けばいいんだから。みんな足は遅いわ」
「いや、そうじゃなくて。そんな無茶なことを――」
「リーツだって、ケイチをこのままアースに帰してあげたいでしょう?」
挑むように覗き込んでくるセレイラの瞳を、リーツは真正面から見つめた。内心を見透かされているようで、試されているようで、鼓動が速まる。彼は自らに問いかけた。
本当はどうしたいのか、何が彼の本心なのか。理屈に染められた思考の隙間からそれを掬い取ろうと、彼はケイチの姿を横目に見る。どうなるのかはわからない。どうすべきかも無論わからない。けれども、帰してあげたいという気持ちだけは確かだった。
「試して駄目だったら、その時はその時よ。試さず後悔するよりはその方がいいわ。ケイチに何かお咎めが行くわけでもないんだし」
彼女が口の端を上げる。逆に言えば二人が責められる可能性は大いにあるわけだが、ケイチの手前それは口にできなかった。大体、彼よりも彼女の方がリスクが高い。こんなことが上の者にばれたら、見習い期間延長ということにもなり得るだろう。
けれども確かに、やる前から諦めるのは研究者の性分ではなかった。このまま何もしなければ、彼もきっと後悔する。
「そうだな」
頷いたリーツは笑顔を浮かべた。それは一つの覚悟が決まった瞬間だった。