「二番目の僕」
僕はいつでも二番目だ。
家でだって二番目。中学に入って忙しくなった兄ちゃんと、まだまだ小さくて泣き虫な妹に挟まれている。
でも不満なんてないんだ。喧嘩しても怒られるのは兄ちゃんだし、なのに駄々をこねたら強いカードだってもらえるんだから。妹に取られる心配はないしね。ほらね、なかなか悪くないでしょう?
クラスでも僕は二番だった。
女の子にだって結構人気あるけど、それでも二番。でもあの意地悪たかしに狙われないんだから、ちょっぴり悔しいけど別によかった。せっかく買った漫画破られたくないしさ。
成績も二番だった。
分数のわり算とか難しくてみんな困っているみたい。でも僕は大丈夫。だって兄ちゃんに聞けば教えてくれるのだもん。嫌々だけどね。
「後もうちょっとなのにね」
お母さんはよく言うけど。正直そこまで努力したくないからどうでもよかった。ほら、一番だとさ、他の人に教えてとか言われるじゃない? あれって面倒なんだよね。でも真面目な高橋君がいるから僕は安心だ。
「雅樹くんって」
だけどそんな僕を揺るがすできごとがあった。
終業式の帰り道、うきうきして鞄を持った僕に声をかけてきた子がいた。
「ん? ああ、堀坂」
同じクラスの堀坂だ。おとなしいけど世話焼きの、先生お気に入りの女子だ。
告白かな?
なんてその時ちょっと思ったりした。今までなかったわけじゃないし。それ以外こんな時に話しかけてくる理由が見つからなかった。
「また二番だったんでしょう?」
その一言に、僕は思わず動きを止めてしまった。いつも二番だってこと、それは誰も知らないはずだ。先生かお母さんでも言わない限り不動の二番は知れ渡らない。何と答えていいかわからなくて、口がぱくぱくと動いた。
「あーあ、やっぱり。また負けたのか、悔しいなあ」
堀坂がため息をついて、軽い鞄を机に置く。でもまだわけがわからなくて言葉が出てこなかった。まじまじとその横顔を見つめてしまう。目の高さから僕の方が背が低いらしいとわかり、なんかちょっとむっとした。
「この間のテストもそうだったでしょう? 先生こっそり教えてくれたから知ってるよ。ずるいな雅樹君、いっつも私の前にいて」
なるほど、先生から聞いたのか。そんなこと教えちゃうなんて駄目だなあ、本当。ええっとプライバシーとかだっけ? 最近うるさいはずなんだけどなあ。
「ほ、堀坂はじゃあ三番なんだ?」
とりあえず僕はそう言って反応を待った。いつもはおとなしい堀坂がちらりと僕を見て、くすりと笑う。
背中がぞくりとした。
それは僕の知ってる堀坂じゃなかった。急に喉がからからになって息が苦しくなる。
「そう、三番。でも次は負けないからね。私は一番になる」
「え?」
「だって自分では何もせずへらへらしてる雅樹君には負けたくないじゃない? それにね、いつかは一番になれないと駄目だと思うから。一人しか選ばれないこともあるってこと、忘れないでね」
堀坂はにっこり笑うと鞄を手にしてぱたぱたと駆けていった。
わけが、わからなかった。
どうしてそんなこと言われたのかも、何で笑っていたのかも、全然わからない。堀坂ってあんな奴だったかって、小さくなる背中を見ながら何度も心の中でつぶやいた。
だけど一ヶ月後には、その答えが僕の前に突き出された。
「私、一番になっちゃった」
嬉しそうにする堀坂は、何故か僕の家で待っていた。寄り道して帰ってきてみれば、珍しくスカートをはいた堀坂がオレンジジュースのコップを持っている。
一番、それは休み明けの鬼テストのことだろうか? だとしたら先生に聞いたんだろう、まだ戻ってきてないんだから。
「へーよかったね」
「うん、すっごく嬉しいよ! だからこれからよろしくね、雅樹君」
僕は適当に返事をすると、これ以上一緒にいたくなくてすぐに部屋へと入っていった。でも堀坂は気にせず居間でくつろぐ気らしい。テーブルにコップを置く音が後ろから聞こえてきた。
あ、何でここにいるのか聞きそびれた。
家に入れたのはお母さんだろうけど、堀坂のこと知ってたっけ? 部屋に鞄を放り出して、僕はベッドの上に座り込む。でも今さら居間に戻るのは面倒だし、後で聞けばいいか。
堀坂が兄ちゃんとつきあい始めたと聞いたのは、次の日のことだった。
どうやら気楽な二番生活を続けるのも簡単ではないらしい。
いつもよりも低いテストの点を見つめながら、僕はそんなことを考えた。