「携帯」

 君の声が聞きたくて僕は携帯を手に取る。
 電話してもいい?
 そうメールで聞いても返ってくる答えはいつもノー。
 あなたの声を聞くと、逢いたくなるから駄目。
 次の日また僕はメールする。
 電話していい?
 でも君は駄目だという。今泣いたらみんなに迷惑かかるからと。
 一週間後メールしてみた。でも断られた。一ヶ月後も、一年後も駄目だった。
 君の声が聞きたくて仕方ないのに。この寂しさをどうしたらいいの?
 恐る恐る携帯を手にして、番号を押してみた。
 でも虚しいコール音が鼓膜を振るわせるだけ。愛しい君の声はやっぱり聞けない。
 まだ駄目なの?
 僕はメールする。
 返ってきた答えは、もうすぐ行くから待ってて、だった。
 もうすぐ来る? 君の声が聞けるの? 鼓動が体中を沸き立たせて涙が溢れそうだ。
 僕は待った、それから待った。待って待って待ち続けた。それでも彼女は来ない。もうすぐって言ってたのに来ない。声が聞きたくて聞きたくて仕方ないのに。死にそうだよ。
「遅くなってごめんね」
 ある日突然、君の声が聞こえた。夢かと思った。体が震えた。
「遅すぎるよ、五十年だなんて」
 僕はゆっくり振り返った。目の前に立っていたのは、七十を超えるおばあちゃんだった。でもその声はやっぱり魅力的で、頭がくらりとする。
「天国って圏外じゃないのねえ、不思議」
「今時の携帯はすごいもんね」
「あら、でもそれ五十年前のよ?」
 僕は笑った、君も笑った。久しぶりに見る君の笑顔はとっても素敵だった。
 もう機能しなくなった携帯が、今も鳴っているような気がした。

 

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