「二人の距離は」

 落ちゆく陽を見る彼女の横顔が、僕は好きだ。
 切なそうに瞳を細め、でもどこか気怠く塀に寄りかかった彼女はいつも僕の目を奪う。その細い指先が虚空に円を描く。
 意味なんてないその行為は、けれども妙に艶めかしくて喉が鳴った。
 何を考えてそんなことをしているのだろう?
 僕にはわからない。また、わからない方がいい気がした。その方が神秘的で彼女には相応しい。
「寒くなってきたね」
「うん」
 会話は大抵、一言二言で終わる。
 僕らはいつも二人でいたけれど、そこには言葉がなかった。ただそこにいることだけが全てだった。
 彼女の髪を風がもてあそぶ。陽を浴びて淡く輝いた髪がその頬を覆う。見えなくなるその横顔。
「そろそろ帰る?」
「うん」
 僕らの距離は縮まらない。手を伸ばせば指先がほんの少し触れるかというところで、僕らはいつも立ち止まる。
 それは暗黙のルール。
「お腹空いたね」
「うん」
 でも僕は、その距離が好きだった。

 

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