「アポトーシス」

「ねえ知ってる? 細胞は自殺するんだよ」
 そう唐突に言う彼の顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。これがいつもの彼の調子。突然話を始め、私に首を傾げさせる、彼の癖。
 私は瞳を瞬かせる。
「細胞にはね、自殺するためのプログラムがあらかじめ仕込まれてるんだ。何かのきっかけがあればそれが作動して、そのまま消えてしまう。自ら潔く」
「きっかけがあれば?」
「そう。僕らの手に水かきがないのも、それは水かきだった細胞が自殺したからなんだ。自分が不要だとわかった細胞は、跡形もなく消えていく」
 彼は手をひらひらとさせた。人はお腹の中で進化の過程を辿るのだと、前に彼は言っていた。どうやらそのどこかで水かきは存在していたらしい。
「不要だとわかったら自殺するの?」
「そう、自分の存在が全体に悪影響を及ぼすとわかったら、細胞は自ら消えるんだ。それが皆のためならば、と思ってるかどうかは知らないけどね」
 とってつけたようにそう言って笑う彼は、いつもと同じ澄んだ目をしていた。だけどやっぱり私は、何で彼がそんな話をするのかわからなかった。
 わからないけど、聞いている。彼の話が私は好きだった。
 話している時の彼が、誰よりも輝いて見えた。


 それから三日後、私は崖から海へと身を投げた彼の話を人づてに聞いた。

 

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