「この薔薇は、わたくしの命と同じなんです」
うっとりとした表情で告げるローラインを、リンは見上げた。座卓でクッキーをつまみながら紅茶を飲む、午後のおやつの時間のことだ。
久しぶりの休みだったローラインは、朝から好調だった。歌いながら掃除をする姿を、シンとリンは奇異な目で見つめたものだ。
ひょっとして壊れちゃったの?
いや、いつもだ、これがいつもに違いない。
立ち上がることもなく顔を見合わせてたリンとシンは、目だけで会話した。
神技隊としての仕事をするシンやリンと違って、ローラインたち三人は生活費稼ぎのために日々の仕事に忙殺されている。慣れない世界での生活に壊れたのかと心配もしたが、彼が変わり者であるという事実を二人は思い出した。
彼は花が好きだ。とりわけ薔薇が。そのことを知ったのは一ヶ月程前のことだった。給料日、ローラインがうきうきとして買ってきた嘘くさい程いっぱいの薔薇の花束が、その発端だ。
「へー、そうなんだ」
とりあえず何か返事しなくてはと思い、リンは相槌を打った。ローラインは満足そうに口角を上げる。手にして赤い薔薇がくるくると回っていた。
「そうなんです。わたくしは薔薇に育てられたようなものです。わたくしのエネルギーは薔薇です。だから薔薇はわたくしの命を同じようなものなんです」
付け加えられた説明は、さらに二人を混乱させた。だが反論しても無駄なことは、一ヶ月前の薔薇の花束事件で明らかになっている。適当に話をあわせておくのが無難だ。
「そうだったのかあ」
気の抜けた声のシンの返事も、ローラインは意に介しなかった。彼は一輪の薔薇を手にして、ステップを踏みながら部屋を出ていく。
「あ、洗濯始めた」
「まあ上機嫌で何か壊れるわけでもないから、いいのか」
「家事やってくれるしな」
「うん」
シンとリンは再度顔を見合わせた。彼らの調子が崩されること以外は、何ら問題はないのだ。扱い方さえ、間違いなければ。
「これも聞き流しておきましょう」
「そうだな」
二人は同時にうなずくと、お茶を再開した。