white minds 第二部 ―疑念機密―

第三章「誰かのための苦い口実」9

 滝は一瞬思考を止めた。何を言われているのかわからなかった。技の発現という表現は耳にしたこともない。それはどうやらネオンも同じだったらしく、また怪訝そうに首を傾げた。
「は? それってどういう意味だ? 技の発現?」
 やはりネオンたちとレーナとでは、知識量に圧倒的な違いがある。その理由についてはいまだ滝たちにも知らされていない。彼女は自分自身のこととなると口が重くなる。気にならないと言えば嘘になるが、しかし今追及すべき点ではない。
「以前、容姿は技使いの強さに関連すると説明しただろう? だがそれはただ顔がどうのこうのという話じゃないんだ。服装、髪型、全てが関係する。それぞれの精神や気にとって、最も力が発揮しやすい見た目というのが存在する。だから最低限の装備は必要なんだが、増やしすぎると合わなくなる場合がある」
 レーナはネオンへと一瞥をくれながら、よどみなく淡々とそう説明した。その全てが滝にとっては未知の情報だった。見た目が技と関与するというのか? そんな話など聞いたことがない。
 ――いや、強い技使いは年をとっても若く見えるだとか、そういう噂は耳にしたことがあったか。
「え、え、それってつまりもしかして、服が違うと弱くなったりするってことなのか?」
「ああ。だからわれは髪を短くしないし、結わえたままだ。実は上着はない方が技の発現はいいんだが、これがないと気を隠す時に不便なので着たままにしている」
 ごく当たり前のようにレーナはそう続けた。突然の情報量に思考がついていかない。滝が瞳を瞬かせていると、呆然としたネオンも「知らなかった」と呟く。
 どうやら滝たちが想像していたより、彼女が知っていることは多いらしい。強くなるためのやり方は様々だが、知識を得るのもその一つだ。これは今のうちに吸収しておくべきだろう。
「わ、わかった。参考にする。……その特徴ってのは、レーナにはわからないんだよな?」
「もし傍から見てもわかる程度ならば、当人にとっては相当な違いだろう。見た目との関連を意識しながらあれこれ技を使ってみたらわかるとは思う。……大技や繊細な技じゃなきゃ気づきにくいのが難点だな。まあ、だからこその訓練室なわけだ」
 そう指摘され、滝は周囲を見回した。白くて天井の高いこの巨大な空間は、自由に技を使っても大丈夫なように作られたものらしい。つまり、何らかの技を試してみたい時にも使用できるということだ。
 外はただの草原だからそこでもかまわないのが、周囲の目がある。特に近くの町の人間の目に留まるような派手なものは使えない。
「なるほど」
 振り返ってみれば、今までも技を使っていて何となく調子がよい、悪いという感覚はあった。それは自身の心情、精神の安定の問題とばかり思っていたのだが、もしかしたら服装の相性というものも関与していたのかもしれない。そういう意識が全くなかったため、気にしたことがなかった。
「他にも今のうちにできることや、知っておいた方がいいことはないか? ――もっと強くなるために」
 新たな視点を得た滝は、さらにそう問いかける。いざという時になって後悔するよりは、時間のあるうちに最大限の努力をするべきだろう。するとレーナはうーんと唸りながら天井を見上げる。
「そうだなぁ。装備の話も知らなかったとなると、色々気をつけるべきことはあるが。手っ取り早いのは大会かな」
「……え?」
 レーナの口から放たれたのは予想外な提案だった。意味を掴み損ねた滝は素っ頓狂な声を上げる。大会とは何の大会のことだろうか。咄嗟には思い浮かばない。
「人間というのは、何故か競う時に力をつけることが多いだろう? だから大会。場所によっては武道大会だとか武術大会だとか、そう呼んだりもするのか?」
「あ、ああ、そういう話か……」
 そう続けたレーナはこちらを見遣った。ようやく何を言われているのか理解し、滝はぎこちなく相槌を打つ。この世界でも昔に開催されていたという競技会のようなものを想像すればよいだろうか。技の力を競って戦うというものだ。しかしぴんとこない部分はある。
「それで、本当に強くなれるのか?」
「ああ。新しい武器を試す機会にもなる。使用してみないと調整は進められないしな。二人組を試す機会にもなるだろう? 実戦での配置の参考にもできるし、技の発現の違いもわかるかもしれないぞ」
 流暢に紡がれていくレーナの指摘に、滝は気のない声を漏らした。そう言われれば納得はする。いきなり魔族と直接相対することになるよりは、少しでも戦う感覚を身につけておくのも悪くないだろう。元々彼らは戦闘するための訓練を受けていないから、緊迫感に慣れておくのも意味がある。
「なるほど、わかった。じゃあその件についてはオレから皆に提案してみよう。他にも武器を希望する人がいるのか、とりまとめておいた方がいいよな?」
 ここまで来たら腹を括るしかないと、滝はさらに確認する。希望者を募るところまでやるべきか悩ましいが、今の話で決心がついた。
 レーナに頼るつもりがない人間にまでは強要できないが、この空気のせいで言い出せない者も中にはいるはずだ。いちいち各々の心境をおもんばかってもいられない。機械的に淡々と、当たり前のごとくこなす方がうまくいく。
「そうしてくれると助かるな。できれば得意な武器や戦い方がわかった方が調整しやすい。だから直接話を聞けるのが一番いい」
「了解した。直接話ができそうな人はそれで、そうじゃなければ……梅花に確認しておくのが一番だな。そういう情報は覚えているはずだ」
 また梅花に頼ることになるなと思いつつ、滝はそう口にした。どうしたって彼女には無理をさせることになりがちだ。その分どこかの負担を軽くしてやりたいのだが、今のところ良案は浮かんでいない。滝自身が請け負おうとすると彼女は嫌がるので、それはなしだ。難しい問題である。
「ああ、よろしく頼む。信用してくれなくてもかまわないが、利用してくれるとありがたい」
 ふわりと、またレーナは顔をほころばせた。まるで内心を見透かされたようで、滝は顔が引き攣りそうになるのを自覚する。
 ――全て彼女はわかってやっている。そう考えると、彼の胸の内に苦いものが広がる。それで本当によいのだろうか? 彼女の負荷を減らすことこそが、本当は必要なのではないか?
 現状、最も強いのは彼女かシリウスだろう。シリウスがずっとこの星にいるのかどうかもわからないが、彼女が力を発揮できるようにしておくことは、神技隊の生存確率を最も向上させる方法とも言える。
 それでも「今は信用している」と口にするほどの勇気はなかった。彼はどうにか笑顔を保つと、静かに頷いた。


「絶対に今日だから」
 何故か自信満々にそう宣言してそわそわとしているリンを、シンは遠目に眺めていた。基地の出入り口までやってきてからというもの、彼女は扉の前を行ったり来たりしている。そんな彼女を置いていくわけにもいかず、彼は壁に背をもたせかけていた。
 新しい神技隊がやってきそうだと彼女が言い出したのは、朝食をとってしばらくしてからのことだった。そのままこの広間までやってきて、現在に至る。
 遅い朝食だった面々が時折こちらを不思議そうに見ていたが、うまく説明もできなかったのでシンは黙っていた。途中で合流したのはジュリとよつきだけだ。今もジュリは、うろうろしているリンの傍で片腕を抱え込んでいる。
「リンさん落ち着いてください。確かにサホさんの気は感じられますけど。でもたまたま宮殿の外に出ているだけじゃないですか? 梅花先輩からは何も聞いていないですよね?」
 そうたしなめるジュリ自身も、やはりしきりに視線を彷徨わせていた。内心はリンと同様なのだろう。ただ、冷静でいようと努めているだけだ。するとリンはぴたりと足を止め、やおらジュリの方を振り返った。
「うん、そうだけど。でも梅花は朝から調子が悪いでしょう? さっきまで青葉の部屋にいたって」
 怒りと呆れがない交ぜになったような声で、真顔になったリンはそう告げた。シンは思わず噴き出しそうになる。それは初耳だった。朝食の時に一緒にいるのは見かけたが、そんなことが起きていたとは。
「そ、それは大丈夫だったのか?」
 シンは思わず壁から背を離す。そう問いかけてしまったのは、昔の行いを思い出したからだ。もっとも、あれは女性側の方が大抵積極的だったようだが。
「ええ、大丈夫。ちゃんと梅花には言い聞かせておいたから。確かに今まで一緒に生活してたんだからって思うのはわかるんだけど、でも部屋で二人きりはよくないわよね。うん、本当によくないわ。でもあの子危機感ってものがないから。危ないと思ってないから」
 シンの方へと振り返り、リンは早口でそう告げた。彼女が今後についてしか指摘していないということは、今朝は特に心配するようなことはなかったということだが。
 それでもシンの胸中は複雑だ。部屋で二人きりという状況に関して言うなら、今までの自分たちとてそうだった。もちろん、いつ誰が帰ってくるかわからない状況という違いはある。
「そういうわけで梅花は強制的に休ませてるところだからね。当てにしちゃ駄目なのよ」
 その話はこれで終わりだと言わんばかりに、リンは首を振った。シンもあえて追及はしなかった。そうなると、梅花に確認するという選択肢はないわけだ。かといって、ずっとここにいるというのも変な話だが。
「あ、ミケルダさんの気もありますね」
 するとジュリがはっとしたように顔を上げた。そう言われてシンも気を探る。指摘の通り、確かにあった。先ほどまで感じられなかったミケルダの気が、宮殿の外に出現したのがわかる。今までは隠していたのか。それとも宮殿の中にいたのか?
「ほらね!」
「いや、でもそれだけで決めつけるのも……」
 そこで、それまで黙りこくっていたよつきが困惑気味にそうこぼした。首の後ろを掻きつつ何か言いたげにしている。
 彼がここについてきているのも、シンとしては意外だった。まさか、よつきの知り合いもゲットに選ばれているのだろうか? その可能性は否定できない。シンの知り合いの技使いというと、年下ではもう青葉の弟くらいしか心当たりがないが、皆がそうではないだろう。
「ねぇ、シン先輩」
 と、よつきの青い瞳が突然シンを捉えた。急に矛先を向けられて、シンはたじろぐ。下手なことを言ってリンたちに水を差すのも憚られるが、何かの勘違いではないかと思っているのは隠しようもない。
「……オレにはよくわからないけど、何にしろ確証はないよな。それはともかくとして、そう予測するなら先に滝さんに話しておいた方がいいんじゃないのか?」
 仕方なくシンは無難な意見を述べるに留めた。そして左手の大きな扉へと視線を転じる。その先は中央制御室だ。もっとも今そこに滝はいない。最近では珍しいことだった。
 すると同じように扉へと視線をやったリンが大仰に頷く。
「もちろん、そうなんだけど。でも今朝から滝先輩は忙しく走り回ってたから、確認してからの方がいいかなって思って」
 リンの言う通り、今日の滝は何故だか動き回っている。色々な人に話しかけては何かを確認しているようだが、まだシンたちのところには来ていなかった。だから何をしているのかは不明だ。梅花もそうだが、滝も忙しい人間だ。仕事を増やしてしまう性格とも言える。
「そうだな。決まったわけでもないからな」
「でしょう? だから滝先輩の手を煩わせるのもねぇ」
 苦笑しつつこちらを振り返ったリンは、右手をひらりと振った。彼女が時折そんな風に発言するのを聞く度に、少しだけ胸の奥にもやもやとしたものが溜まる。彼女にとって元若長というのは、やはり意味があるものらしい。そう知らしめられるのは痛かった。
「あ、リンさん。動き出しました。サホさんたち動き出しましたよ!」
 すると、ジュリが慌てたようにリンの袖を引いた。やはりジュリも気が気ではなかったようだ。
 シンは自分のことに置き換えて考えてみる。子どもの頃からずっと面倒を見ているような後輩が神技隊に選ばれ、ここにやってくるのだとしたら。普通にしていろと言われても無理な話かもしれない。久しぶりに会えるという高揚感と、この騒乱に巻き込んでしまうという罪悪感が混じり合う。どうしたって平静ではいられない。

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