white minds

第十三章 始まり‐1

 緩やかに風が吹いていた。少し肌寒いが心地よい風。突き抜けるような空に小さな雲がぽっかり、数個仲良く浮かんでいる。それらを眺めながら北斗は小さく息を吐いた。
「何かさ……秋ってしみじみだよな」
 ぽつりともらした言葉が体中に染みていくのを彼は感じ、身震いする。
「そうです……ね。もう秋なんですよね……。時がたつのが早い……」
 彼のつぶやきに答えたのはローラインだった。二人そろってアパートの前で空を見上げる――ちょっと変な光景。
「そうだよな。何だかさ……異変が起こって、みんなで力を合わせるって約束して、それからビート軍団が現れて……。武器を取りに異世界行ったり、ひょんなことから神魔世界に戻ることができたり……。本当、急にいろんなことがあったもんな。でもまだ半年しかたってないんだぜ」
 北斗は過去を思い浮かべているのか、ぼーっとした表情で次々と言葉を並べた。
「そうですね。そして今度は……この世界とのお別れなんですね」
 ローラインはそう言って深く目を閉じる。
 魔光弾兄弟が三人が死に、レーナが仲間になると承諾したあの日。彼らは基地で『上』――神から正式な決定事項を聞かされた。それは、『今後ずっと神魔世界にとどまり、魔族からの防衛に全力を掛けろ』、というものだった。
 そういうわけで、彼らは今、神魔世界を出て最後の後片づけをしているのである。細かい事情説明は後回しというところはいつも通り。しかし北斗やローラインなんかは、もう全ての事務処理を済ませてしまっていた。彼らには約三週間という時間が与えられている。シリウスが地球に留まっていられるのが一ヶ月ぐらいだということで、それまでに準備をしろという意味なのだろう。だがこの二人には少し長すぎたようだ。しかも、梅花がいないと移動はできないため、先に戻ることもできない。
「そう言えば、シンとリンの奴はどこ行ったんだ? 確かサツバは仕事仲間への挨拶回りだろ? いくらレーナの技のおかげである程度は元気になったからって、頑張りすぎだよな」
 北斗はふと気がついたように尋ねた。
 どこをどうしたらそんなに仲のいい仕事仲間ができるのか不思議なのだが、サツバには多くの気の合う友がいた。そんな人たちに彼は『アフリカの辺境地に行く』と言って回っているはずだ。そんな嘘でごまかせるかどうかは知らないが、ご苦労なことである。
「確かリンさんは買い物に出かけるって言ってましたよ。もう来られないから買い込みするって。シンさんはきっと荷物持ちですよ、美しい」
 ローラインが答えると、北斗はああそうか、とうなずいた。語尾についているものはあえて無視しておく。問いかけても無駄なことはこの二年半でもうわかりきっている。
「そうか……じゃあローライン、オレたちも娯楽なんて全然してないし、博物館か美術館にでも行こうぜ!」
 思いついた北斗は誘いかけた。
「そうですね、美しい!」
 ローラインが答える。彼らは久しぶりにお金のことを気にせずに、歩き出した。




「皆さん、寂しそうでしたね……」
 ジュリが申し訳なさそうに声をもらした。
「そうですね。まだ一年もたっていないんですけど」
 よつきもうなずく。
「でも毎日一緒にいたようなものでしたよ? 私たち」
 コスミは上目遣いでよつきを見上げた。
「ですね……。何て言うかオレたち、きっと、やかましい台風みたいなものだったと思うし」
 たくは回想しながらそう言う。
「そうそう。雅樹とか、寂しがるかな?」
 乱暴息子を思いだし、コブシはフフッと悲しそうな笑いを浮かべた。
 ピークスは五人そろって大通りを歩いていた。先ほど辞職のむねを伝えてきたところだ。そのときの皆の表情がこびりついて離れない。
「何ていうか……あの人たち、オレたちのことどっかの国の特別捜査官とかそういうのと勘違いしてませんでした?」
「そう、何というか……『皆まで言うな、わかっているさ』みたいな感じだったし……」
 そこで急に思い出したのか、コブシとたくが口々にわめき始めた。それは誰もが感じてはいたが口にしなかったことだ。できるならばあまり信じたくない。
「そうですよね。そう言えば……一度神魔世界に戻って、それからまた帰ってきたときからじゃないですか?」
 ジュリが過去の様子を頭に浮かべながらそう口に出す。
「確かに……。その間の穴埋めは、ハイスト先輩たちがしてくれたんでしたよね? 何か変なことでも吹き込んだんでしょうか?」
 よつきがそう予想すると、四人はうーんとうなった。それしか考えられない。少なくとも、それまではそんな素振りはなかった。変わった家族ではあったが。
「この際だから、ハイスト先輩に聞いちゃいましょうか? 後で全員で挨拶するって滝先輩たちは言ってたけど、その前に」
 提案するコスミ。
「ま、そうですね。特にすることないですし」
 よつきがうなずく。
「そうそう、隊長、忘れないでくださいよ、雅樹との約束。遊園地は明後日ですからね」
 たくが、言い忘れてたというような声で付け加えた。忘れるはずなどないのに。
「わかってますよ。みんなの憧れの遊園地ですから」
 よつきはそう言って苦笑した。




 その憧れの遊園地に、先に行っているメンバーがいた。
「ねえねえ、サイゾウ! どれ最初乗る!? これにする? あれにする?」
「ミーはあれがいいでぇーす!」
「オレ、ジェットコースター」
 シークレットだ。もちろん今度の目的はここで遊ぶこと……と言いたいのだがそれだけではなく、もう一つある。
「そうそう。やっぱり最初ははしゃぐよな。オレも初めて見たときどんなに乗りたかったことか……」
 そう言ったのは乱雲であった。この『遊園地ツアー』は乱雲たちによって組まれたものなのだ。梅花が最後の挨拶にと訪れた際に、あすずが最初に提案した。その時の親たちの驚きようといったらものすごかった……と、梅花は記憶している。
 驚いたと言えばサイゾウたちもそうだった。
 初めて青葉と梅花の関係――要するに、いとこであるということを知らされたのだ。
『何でそういうことをもっと早く言わねえんだ! バカじゃねえの!?』
 特にサイゾウの場合は、驚きよりも怒りの方が勝っていたと思われるが。しかし今日はそんな様子は微塵もなく、どうやら機嫌を直してくれているようである。アサキやようとともに先ほどからはしゃぎっぱなしだ。
 あすずはと言えば、今は恥ずかしそうにうつむいたままだった。
「よっしゃ! じゃあとにかく全員でまずはジェットコースターだ!」
 そんなあすずと、乗る気がなさそうだと推測される梅花の手を取って、青葉は意気込んだ。ここはリーダーの見せ場である。
「行っくでぇーす!」
「僕でも乗れるかなー?」
「平気平気、壊れやしないって!」
 アサキたちはわいわいと騒ぐ。
「いいんですか? 本当に」
 梅花は肩越しに二人を見てそう言った。
「あすずが一緒に行きたいって言うんだからいいのよ。それに……もうこれで本当に最後なんでしょ?」
 寂しそうにありかはうなずいた。梅花もやはり辛そうに、だが微笑んでうなずく。
 同じだ。レーナと。
 青葉は彼女の横顔を見てそう思った。切なそうな、けれども温かい瞳。
「青葉ー! さっさとその二人連れて来いよ! 置いてくぞー!」
 サイゾウが遠くで叫ぶ。彼らがもう並ぶ所まで行っているのを見て、青葉は慌てた。
「今行くって! ちったぁー待ってろ! ほら、走るぞ!」
 少女二人を引っ張って青葉は走り出す。
 そんな彼らを、乱雲とありかは笑顔で見守っていた。




 神魔世界。神技隊の基地となっていたあの建物の周りは、一風変わった状態になっていた。
「しばらく整理してないからバラバラだな……。まずは一旦整理しないと」
 目の前……というか建物の側一帯に置かれた鉱石のような物、金属のような物を見渡して、レーナはそう言った。
「こんな物……一体どこにあったんだ?」
 驚きを通り越してあきれたような表情で、アースが尋ねた。
「ここ」
 レーナはくいっと自分の頭の髪飾りのような物を指さす。金色のくの字形の物が二つくっついている、よくわからないデザイン。確かかんざしのような物だったとアースは記憶している。
「その中にか?」
「そう。異空間みたいになっているらしい」
 冗談のようなことを、レーナはあっさりと肯定してしまった。
 そんな物だったとは……。
 アースは驚いた。
 もしかして、役に立たない物など彼女は何一つ持っていないのかもしれない。
「しかしまったく、すごい量だな」
 そこへ二人の邪魔をするがごとく口を挟んだのはシリウスであった。
「まあな。われの自慢のコレクション」
 冗談めかしてレーナは言う。シリウスはそれらのがらくたをじっと眺めた。そして眉根を寄せて、もう一度じっと見つめる。
「……おい。まさか……これはエメラルド鉱石ではないか?」
 シリウスは半信半疑の様子で尋ねた。彼は自分の目に自信を持ってはいたが、目の前の物をあっさりと信じる気にはなれなかった。考えられない量だったからである。
「ああ、そうだよ」
 今度も彼女はすぐに肯定した。しかも――――
「まだもっとあるよ。この中に」
 と言って彼女はちょこんと髪飾りを指さす。
 シリウスは言葉を詰まらせた。
 アースは、彼女のかんざしとただの黒い石ころにしか見えない鉱石とを、何度も見比べた。
 シリウスの表情から察すれば、かなり価値のある物のようだが……どう見てもそのようには思えない。石炭よりつやがあって頑丈そうだが、それ以外にこれといった特徴もない。若干緑がかっていると言われればそうかもしれないと思うぐらいの暗緑色で、手で握れるくらいの大きさだ。
「そんなに珍しいのか……?」
 思い切って彼は聞いてみる。するとシリウスはあきれたような、いや、すぐに仕方がないのか、というような顔をして、彼を見やった。レーナはと言うと、いつもの――底知れぬ無限の微笑みを浮かべたまま、軽くうなずく。
「希少な物だ。この鉱石が数個あれば、一生裕福な生活が送れるぐらいにな。何てったって今のところ見つかっている量が少ないし。それにもちろん、折り紙付きの性質だ。どの物質よりも硬く、そしてある意味しなやか。注ぎ込める精神力は計り知れないし、技によっては何だかの能力を付け加えることもできる。まさに万能」
 そう説明してレーナはフフフ……と笑った。
「問題があるとすれば、数が少ないことと見分けが付きにくいこと。それと、加工するのに精神が必要なことぐらいだ」
 シリウスがそう付け加える。
「それで……どうしてお前はそんな物をこれだけ持ってるんだ?」
 話を聞いて状況をつかんだアースは、再びレーナに尋ねた。それはシリウスの疑問でもあり、彼も怪訝な眼差しを彼女に向ける。
「集めたからに決まっているではないか。魔族から奪ったり、あらゆる星に行っては探してみたり。ま、われにとってはついでだがな」
 レーナはけろっとした声で返した。
 答えを聞いたアースは、興味を失ったのか他のがらくたを眺め始める。だがシリウスは、それでも納得できないような顔で彼女を凝視した。
「それにしたってすごい量だな。大体、こんな物を大量に出して何をするつもりだ?」
 しゃがみ込んだままの彼女を見下ろしながら、シリウスは問う。アースは彼女を一瞥した。
「この基地を強化する」
 レーナはにっこりと笑う。
『は――――?』
 思わず彼らは間の抜けた声を発した。けれどもレーナは何事もなかったかのように、整理の続きを始める。しかも、どういった分類の仕方かは、傍目からはわからない。
「このわけのわからない建物を強化するのか!? 一体何のために!?」
 勢いよくアースは身を乗り出した。片膝をついて、彼女の肩をがっちりつかんで問いつめる。
 また無駄なことに労力をつぎ込もうとしている。
 彼にはそう思えたのだろう。
 実際、今までだって、彼女のやっていることの八割方は、彼には無駄としか思えなかった。カイキたちから見ても……少なくとも半分はそう思えたはずだ。
「何のためって……今後のためだ。これからジャンジャン魔族が攻めてくる。だから安全な砦が必要だろう?」
 レーナの言葉を聞いて、シリウスは片眉をぴくりとはね上がらせた。そしてアースと同じように彼女に詰め寄る。
「『魔族がジャンジャン攻めてくる』とはどういうことだ!? お前はまた何か知っているな!?」
 怒声を上げるシリウスに向かって、レーナは淡々と言い放った。
「知らないのか? 五腹心の……イーストの封印が解けたんだ」




 澄んだ空。白い雲。心地よい風が吹いてもいいはず……な天気の中、二人は熱気のこもった街の中にいた。ビルやデパートに挟まれ、日陰はできるものの気温も上がる。
「さすがに買いすぎたかな?」
 言葉とは裏腹に、実感のこもっていない声でリンは言った。
「買いすぎだろ……どう見ても。大体、これだけの物を買うお金が一体どこにあったんだよ」
 かなりお疲れ気味のシンがそう応対する。休みたいところだがそうはさせてもらえないらしい。青葉だったらこんなのも平気なんだろうな……とふとシンは考える。もっとも、梅花に付き合っての買い物、は百パーセント考えられないが。
「だってもうこっちの世界には来られないのよ? それじゃあ、貯金してたの全部無駄になるじゃない! だったら使い切るのみ!」
 リンの意気込みはすごい。それにしても、いつの間にこれだけの貯金をしていたのかは、やっぱりわからない。謎だらけ。
 謎と言えば――――
 シンは自分の持っている紙袋やら何やらを眺める。
 絶対、自分用以外の物も入ってるよな、これ。
 不思議ではあるが、聞く気も起きない。
「そろそろお腹空かないか? 昼食時だし」
 腕時計……は見ることができないので、広場の時計を見てシンは提案した。何としても荷物を下ろしたい一心だ。
「そうね。じゃっ、ちょっと豪華に外食でもしちゃおっか!」
 シンは天に感謝した。




「ひぇー、結構スリルあったなー」
「怖かったねー」
 ジェットコースターを降りるとサイゾウ、ようが口々にそうもらした。技使いといえども、楽しめるものらしい。
「本当でぇーす! 次早く行きましょーう!」
 アサキも勢いに乗っている。あまりはしゃぐのも傍から見れば何だと思うが。
 そして先に駆け出そうとするサイゾウたちを、あすずが制止した。
「あ、待って。お姉ちゃんが……」
 彼女の二メートル程後ろに梅花がいる。いつも通り無表情――と言うより、明らかに顔色が悪い。
「大丈夫か、梅花? もしかして酔った?」
 駆け寄った青葉が彼女に尋ねる。梅花は小さく左右に首を振った。
「ううん、別に。ただちょっと嫌な経験と感覚が似てて……」
 ぼそりと言う梅花。そこへあすず、アサキ、サイゾウ、ようもやってくる。
「大丈夫でぇーすかぁ? 顔が青いでぇーす」
「何、梅花。意外にこういうの苦手?」
 アサキ、サイゾウがそう言って、彼女の顔をのぞき込むようにする。それに対して梅花は、目を伏せるだけだった。
「と、とりあえず、こんな道の真ん中じゃ邪魔になるから、ベンチにでも行こうよ。そ、それと、飲み物でも買ってこようか?」
 あすずが突然気がついて、慌てたように彼らを促した。賛同した彼らはベンチへ赴く。飲み物はようが進んで買いに行った。
「何か嫌な経験と感じが似てたんだってさ」
 その途中で青葉は軽く皆に説明する。あすずはちらっと梅花の様子を見た。梅花にさしたる表情の変化は見られない。心ここにあらずといった状態だろうか?
「嫌な経験? どんな?」
 目を丸くしたサイゾウが尋ねた。アサキは気が気でない様子で彼女を見下ろす。
「……無重力室っていうのがあって、そこで修行させられたことがあるんだけど……。途中で子どもがわけもわからず装置を勝手にいじったらしくて、ひどい目にあったの」
 アサキの心配をよそに、梅花はすらすらと話し始めた。完全な真実ではないが。
 あれは意図的だった。彼らの仕業だった。でも、そこまで言う必要はない。
 彼女は軽くベンチに腰掛ける。
「無重力室?」
「通称。要するに重力とかの環境を色々と変えられる部屋のこと。強さだけじゃなくて引かれる方向まで変えられるから……ゴムまり状態だったわ」
 青葉が聞くと梅花はそう答えた。どことなく目が据わっている気がする。ゴムまりという表現を聞いて、アサキたちは唾を飲み込んだ。
「自分の体が思うように動かないところとか……よく似てる。ま、あのときは全治一週間ぐらいだったけどね」
 どうしようもなくて、青葉はポンポンと彼女の肩を叩いた。あすずは困ったような顔をしている。梅花は彼女に静かに微笑みかけた。
「大丈夫。一時的なものだし。慣れれば平気」
 梅花がそう言うと同時に、丁度ようが飲み物を買って持ってくる。
「買ってきたよー梅花! これ飲んで元気になってね」
 ようはにこにこ笑いながら紙コップを梅花に手渡した。コクリとうなずいて彼女はそれを受け取る。
「しっかし驚いたよなー。こっちの世界に梅花の親がいて、しかも妹までいるなんて」
 梅花がコップに口を付けると、思い出したかのようにサイゾウが口を開いた。
「そうだよね。それにさ、青葉と梅花、いとこだったしね」
 ようもそれに同調する。あすずは背を丸め、青葉は鼻の頭をかいた。アサキは複雑そうな笑みを浮かべながら、サイゾウとようを見つめる。
「ったく、何で言わなかったんだよ!」  サイゾウは、梅花に言っても無駄だと思ったのか、青葉を小突いてそう言った。青葉はただ、あははは……とから笑いするだけ。
「まあ、まあ、いいじゃないでぇーすか! せっかく記念に遊びに来たんでぇーすから、もっと楽しみましょーう!」
 不穏な空気を察して、アサキがまくし立てる。すると丁度いいタイミングで梅花がジュースを飲み終えた。
「そ、そうそう! せっかく来られたんだから、楽しまないと損、損」
 青葉も慌ててサイゾウの背中を軽く押す。
「ま、いっか」
 サイゾウもすぐに気を取り直した。
「じゃあ、次はどこに行きまぁーすか?」
 アサキの嬉しそうな声が心地よく響いた。

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