white minds
第十九章 意識‐4
「梅花先輩はどう思います?」
闇夜に浮かぶ月を見ながら、ジュリは尋ねた。モニターで機器類の調子を確認していた梅花が、ゆっくりとした動作で顔を上げる。
「この二回の魔族の来訪と――この基地内の浮かれようについて」
ジュリの言葉をたまたま聞いてしまった青葉は思わずむせそうになった。真夜中の司令室。そこには、待機組である青葉たち十人のみがいる。だがほとんどの者が眠そうな顔でモニターやらコンソールやらをただぼーっと見つめているだけだ。
「魔族の来訪についてね……一回目のはよくわからないわ。ただ今日の五人の様子はちょっと変だったわね。引き際がよすぎるし、それに何て言うか、攻撃に殺意がこもってなかった」
梅花は昼間の魔族たちを思い出しながらそう答えた。ジュリは神妙にうなずき、隣で何故か嬉しそうにしているよつきをちらりと見上げる。彼は何故彼女が自分を見たのかわからずに、小首を傾げた。
「何ですか? ジュリ」
「いえ。同じことを言うんだなと思っただけです。気にしないでください隊長」
ジュリはすぐによつきから目を離し、梅花のその憂いを含んだ横顔を眺めた。梅花は一つため息をついて、巨大な画面越しに月を仰ぐ。
「で、浮かれようの方だけど……かなり末期のような気がするわ。いくら二回とも圧勝だったとはいえ、油断はできないのに」
梅花はそう言いながら青葉を一瞥した。その目はいつも異常に冷たい。青葉はそれに気づいて一瞬顔をゆがめたが、またもとの笑顔でコンソールを叩いて見張りを始めた。
「……まあそうですね。でも梅花先輩、青葉先輩のは少し別ですから」
ジュリは苦笑しながら一言そう付け加えた。梅花は怪訝そうに眉根を寄せる。無視を決め込もうと堪えていた青葉は、しかしそれも叶わず、モニターに勢いよく頭をぶつけた。その音で、眠りへのドアの一歩手前にいたミンヤ、よう、たくが、意識を覚醒させる。彼らは慌てて辺りを見回した。
オレは単に、素直に行動しようとしただけなのに……。
青葉のそんな心中の言葉は、無論梅花には届かない。
「別……?」
顔をしかめたまま青葉を見る梅花。今目を合わせるのは危険だと感じた青葉は、頭をぶつけた体勢のまま動かなかった。ジュリとよつきが顔を見合わせて微笑み――いや、堪えきれずに笑い声をもらす。
「梅花先輩、青葉先輩は大丈夫ですから気にしないでください」
「そうです。まあある時期特有の病みたいなものですから」
そう告げるジュリとよつきに、梅花は不思議そうな視線を送った。全く何もわかっていないらしい。ようもやはり状況を理解していないようで、心配そうに青葉に駆けよった。
「大丈夫なの青葉?」
「……ア、アア。ダイジョウブダイジョウブ」
ようの問いかけに、どうでもいいという気分で青葉は答える。アサキの憐れみの目さえ、今の彼には耐えられないものだった。
にぶいって……怖い。
彼は胸中でつぶやく。
「でもあいつら、何か企んでるには違いないと思うな、オレは」
そんな中で、話を元に戻したのはゲイニだった。皆の視線が集まり、彼は嫌そうにそっぽを向く。皆は一様に浮かない顔をして、再びモニターやらコンソールやらに目を向けた。
油断はできない。
ただそれだけが重い事実として彼らにのしかかっていた。
どうなる? どうする? どう来る?
何度も問い返すその言葉。無論、答えが返ってこないのはわかりきっている。
お前は何を考えている?
そして再び問いはそこへ戻ってくる。結局はそれだけなのだ。それさえわかればいいのだ。
相手の思考を推し量り、対処する。それさえできれば何も問題はないのだから。
それが、難しいのだけれど。
――――お前は、一体何を考えている?
尋ねる声は、静寂に包まれまた霧散した。
三度目の襲来も、神技隊は難なく乗り切った。やってきた魔族は今度は三人。出撃したのはラフト、カエリ、ゲイニ、ミンヤのフライング組である。だが何ら苦戦することなく勝利を収めることができた。
今、基地内には安堵と余裕、そして危惧が入り混じった複雑な空気が流れている。
「まずいってことはわかってるんだけどな……」
司令室、そこで専用となりつつある椅子に身を沈めながら滝はつぶやいた。巨大なモニターに映る外の世界はやけに静かで平和で、かえって不気味だ。
「まずい? ……そうね、まずいわね」
その隣で、びっしり文字が詰まった紙に目を落としていたレンカが顔を上げた。一瞬顔をしかめたものの、彼の言わんとすることをすぐに察して、彼女は表情を強ばらせる。
「不安と緊張が大きかっただけに、これだけ余裕の勝利となるとな……」
「ええ、まあ、浮かれるなって言う方が難しいわよね」
横で話に花を咲かせているサイゾウたちに、二人は目を移した。浮かれているとまではいかなくても、行き過ぎた安堵感をかもし出しているその様子は、やや危なっかしく感じられる。
ちょっと強いだけの一般人から突然命をかけて戦わねばならない人となった。それもあまりに短期間に。その無理から生じたゆがみがこの油断の根底にはあるのだと、滝は思っていた。
でも、それじゃあ、何故この違いが生まれる――――?
彼はそう自問する。この状況に危険を感じる者とそうでない者の差。その答えを求めて、いつものように彼は右に立つレンカを見上げた。
「この気の動きを、この気の入り乱れようを少しでも感じ取れるかどうか、それが違いね」
彼女もいつも通りすんなりとその問いに答えを出す。そしてやや寂しそうに微笑んだ。
気の……入り乱れよう?
彼は精神を研ぎ澄ませる。が、それらしい気の動きは全く捉えられなかった。ただ感じるのは、ぼんやりとした不安、胸騒ぎだけで……。
「ほんのわずか、だけなんだけどね。私も細かい動きまでは読みとれない。ただ、その、何となく嫌な予感がするの」
嫌な予感。
滝は彼女の言葉を反芻し、表情を険しくした。レンカの嫌な予感というのは、その根拠こそ曖昧であれ、的中率はかなりのものである。『何となく』であるとはいえ、重い気持ちはぬぐえない。
「まあ、注意しておくに越したことはないよな。それもできるだけ多くの奴が」
「そうね。意識しておくだけでも、いざというときの対応が違うし」
二人はモニター越しに空を見上げた。その先にある『何か』を求めるように……。