white minds 第九章 半魔族‐3
 
 
「役者はそろったようだな」
 そんな中、突然声が響きわたった。聞き慣れた透き通った声。全てを見透かしているような口振り。
「レーナか!?」
 ラウジングが声の方を仰いで叫ぶ。皆の予想通り彼女はいた。やはり木の上。火はかなり迫っているのにいまだに倒れていない巨木の上に、彼女は立っていた。今度はアースたちも一緒だ。どうやら彼らは高みの見物が好きらしい。
「またあなたですか。失敗作の小娘」
 魔獣弾は敵意むき出しでそう吐き捨てた。それを聞いてレーナは軽く失笑する。
「失敗作か。それを言うならそこにいる男がそうだ。完全な失敗作」
 レーナはそう言って魔神弾を指さした。これだけの人数が集まっているというのに、それでも彼は全く反応していない。
「器が小さすぎたんだ。今、彼の精神はどんどんあふれ出している。今はまだ少しずつだからいいが、これが一気にあふれ出したらとんでもないことになる。もし誰かがスイッチを入れたらな」
 意味ありげな彼女の言葉に魔光弾は顔をしかめた。スイッチ? 一体何のことだろう? それに対して魔獣弾はあからさまに不快な表情をしている。
「魔神弾が失敗作ですと? そんなことはない。封印されるまでは彼はこんな様子ではなかった。それどころか、彼は我々の中で一番強かったのですよ? 何の根拠があってそのようなことを言うのですか!」
 レーナは答えない。その態度についに魔獣弾は切れた。
「あなたたちのような失敗作が我々半魔族を侮辱するというのか――!?」
 魔獣弾は叫びながら彼女の方へ飛びかかった。レーナはそれをひらりとかわす。
「ビートブルーだ!」
 レーナは四人に向かってそう叫んだ。うなずく四人。
『ビートブルー!』
 五人の声が見事に重なって、白い光が放たれると同時に青い髪の男が現れる。ビートブルーだ。
「くらいなさい!」
 魔獣弾は本気だ。両手から次々と光弾が生み出されては放たれる。
「やめろ! 魔獣弾! 彼女たちと争っても意味がない!」
 魔光弾はやめさせようと必死で大声を上げる。しかし魔獣弾にそれを聞き入れる様子はない。神技隊はただ黙って見ているか消火活動に励むかのどちらかだ。ラウジングはことがどう進むのか見計らっているようである。おそらく、彼らがつぶしあってくれることを願っているのだろう。
「止めないでください、兄上! 私は今ここで彼らを殺します! 神は憎い。しかし弟を侮辱する彼女はもっと憎い!」
 怒りのためか魔獣弾の攻撃は荒く、ビートブルーには一発も当たっていない。だが場所が場所なだけにビートブルーも避け続けるのは辛くなっていく。
「ねえねえ、レーナ。攻撃しようよ。このまま逃げてるだけじゃやられちゃうよ!」
 イレイがねだるようにレーナに進言する。
「そうだぜ。アースだってスピード専門じゃないんだから限界があるし。一発ぶちかまそうぜ!」
 ネオンもイレイに賛同する。カイキもうなずいている。何も言わないがアースもそのような気持ちなのだろう。だが――――
「ダメだ。われの攻撃はあいつを刺激してしまう。スイッチを入れてはいけない。反撃するならアース、お前の刀でやってくれ」
 レーナはそう答えた。少し残念そうにアースは抜刀する。
「攻撃するつもりですか!? 私を倒そうというのですね!」
 ビートブルーが構えた刀を見て冷笑する魔獣弾。
「やめろ! やめるんだ魔獣弾! そんなことに意味はないと言っているだろう!」
 魔光弾は叫びながら彼らの前に立ちはだかった。反射的に止まる魔獣弾。
「兄上! どうして彼女たちの肩を持たれるのですか!? 兄上には魔族の誇りはないのですか!?」
 魔獣弾は魔光弾に食ってかかる。魔光弾は何も言わない。
「そうですか。兄上には失望いたしました。兄上にはもう魔族としての誇りも何もおありではないのですね」
 魔獣弾は悟った様な顔で兄を見つめた。でもどこか見下しているような表情。
「いいですよ、兄上。兄上に手伝ってくれとは言いません。しかし、もしも兄上が私の邪魔をするようであれば、遠慮なく私は兄上を滅ぼします」
 鋭い笑みが魔光弾に突き刺さる。立ちつくす魔光弾の横をすり抜けて魔獣弾は再びビートブルーと対峙した。
「全力で行きます!」
 彼の言葉が戦いの合図となった。炎系、水系、雷系。あらゆる系統の光弾を魔獣弾は放つ。彼は遠距離向きのようである。対するビートブルーは刀のみしか使えない。ひたすら避ける、跳ね返す。そんなやり取りがかなり長い間続いた。
 最初に気がついたのは梅花だった。
 視線を感じて彼女はその方を向いた。そうすると、あの魔神弾と視線がぶつかった。
 私を見ている……?
 気がつきはしたということだろう。しかし何もしない。ただ見つめているだけ。よく考えると先ほどのうめき声は消えていた。表情も割と落ち着いている。
 何か嫌な予感がする――。
 梅花はゾクッとしたものを感じてとっさに後ろに下がった。それと同時に魔神弾も動き出す。
「お前だ。お前が丁度いい!」
 ややくぐもった声を魔神弾は発した。彼が真っ直ぐに自分に向かってきていることに梅花は気づいた。
「け、結界!」
 結界を張りつつ梅花は彼の一撃を何とかかわす。しかし彼の攻撃はそれだけでは終わらない。
 魔神弾の腕が触手のように伸びる。結界を張っていたからこそ防げたものの、それがなければ確実に捕らえられていた。
「梅花!」
 彼女のもとに青葉が駆け寄る。右手にはすでにあの剣が握られている。
「魔神弾が攻撃を始めた!? 一体どうなってるんだ!?」
 他のメンバーもそのことに気がついて彼女の周りに集まる。魔神弾の急な攻撃に誰もが驚いているようである。
 それはレーナも同じだった。
 な!? オリジナルを狙っただと! 迂闊だった。あいつに目を付けられるほど、オリジナルの精神力が上がっていたとは――――。
 そして魔光弾や魔獣弾も――――
 魔神弾! 一体どうしたんだ!?
 魔神弾が攻撃を始めた? しかも神でも未成生物物体でもなく人間の娘を――――!?
 驚愕した表情で攻撃を続ける弟を見つめた。
 魔獣弾などは、攻撃するのも忘れて突っ立っているのだが、ビートブルーにはそもそも戦う意志がないので彼が隙をつかれることはない。
「時間がない――!」
 低いうめきのように魔神弾は声を発した。彼の両腕の触手が無数に分かれる。そしてそれらから一斉に四方八方を目掛けて光線が発射された。
「何と――――!?」
 それに気づいたラウジングの一瞬の判断で、神技隊は守られた。彼が広範囲の結界を生み出したのだ。
『魔神弾!?』
 魔光弾と魔獣弾の声が重なった。魔神弾の放った光線は見境なしだ。それらは同じ半魔族であり、兄である彼らをも標的にした。
「私に攻撃をするというのですか!? 兄上だけでなくお前までもが、魔族の誇りを失ったと――――!?」
 魔獣弾はそう吐き捨てて唇をかんだ。予想外の展開だ。魔神弾を味方に付けて一気にエネルギーを集めようと思っていたのに、これでは生きて帰れるかも危うい。
「――――兄上、魔神弾。私は一旦引かせてもらいます。正直言って私は失望しました。これからは私一人で任務を遂行いたします。あなたたちが敵として私の前に立ちふさがらないことを願っております」
 鋭い目つきをたたえたまま魔獣弾はそんな言葉を残して姿を消した。
「魔獣弾……」
 魔光弾は苦しそうな顔で弟が消えた方を見つめる。その間も彼は結界を張っている。魔神弾の攻撃は続いているのだ。ラウジングも同じだった。
「ラウジング! あなた結界は得意じゃないんでしょ!」
 心配してレンカがそう叫ぶ。彼の顔色は刻々と悪くなっている。無茶な精神の使い方をしているのだ。
「しかし今結界を解けばあの光線の餌食だ。一発でも当たれば立て続けにやられる」
 ラウジングは必死だ。
 そんな様子をレーナはじっと見つめていた。彼らも結界は張っている。しかしそれは非情に少ない範囲のもの。
「魔光弾、お前は一度ここで引いてくれ。見ての通り、お前の弟はかなり狂っている。お前の知っている魔神弾ではない」
 レーナは唐突にそう言った。魔光弾は見上げる。木の上に立つビートブルーの姿を。
「――――わかった。だがお前たちはどうするのだ?」
 彼が問うとレーナは静かに言い放った。
「こうするのだ――――!」
 突然ビートブルーの放っている気が膨張した。いや、今まで隠していた気が現れただけだ。魔神弾の攻撃がやみ、彼はビートブルーの方を振り向く。
「レーナ! お前何するつもりだ!?」
 驚きと非難の声をアースが上げる。レーナは即答した。
「われが囮になる!」
 四人が異論を唱える隙もなく、レーナは強制的に合体を解いた。アースたちが呆気にとられている間に彼女は魔神弾の前に立つ。
「ラウジング! お前は神技隊を守れ! そしてこの火を何とかしろ! そうすればわれがこいつを一時的ではあるが追い返してやる!」
 レーナがラウジングに言い放つ。ラウジングが何か文句を言おうとする前に、レーナは再び彼にこう言った。
「これは取引だ。必ず神技隊を守れ。特にオリジナルを。そうすればこいつはわれが何とかする」
 一方的な交渉をすると、レーナはすぐに魔神弾との戦闘態勢に入った。ラウジングが呑むと最初から確信しているかのように。
「……いいだろう。ただしお前を完全に信用しているわけではないからな」
 ラウジングは仕方なく承諾すると、捨てぜりふを吐く。
「ああ、わかってる」
 レーナは小さくうなずいただけだった。
「レーナ! 一人で戦うの!? 僕たちも手伝うよ!」
 そんな彼女の側にイレイが降り立つ。
「そうだぜ。無茶だ! ビートブルーになった方がいい!」
 ネオンも同じように彼女の隣りに立つ。
「いや、ダメだ。あいつにわかりやすく『器』を示した方がいい。でなければ、奴はオリジナルを狙う可能性がある」
 アースやカイキが言うより早くレーナが否定の意を表す。
 そこでついに魔神弾が攻撃を再開した。一直線にレーナを目掛けて突っ込んでくる。彼女はひらりと飛び上がってそれをかわした。
「ならばこれならいいのだろう――!」
 アースは思いたったように叫んでから、三人の腕を引き寄せる。
「ビートブルーだ!」
 彼の言葉に三人はハッとしてうなずいた。そして彼ら四人の声が森に響く。
『ビートブルー!』
 再び白い閃光が生まれ、青い髪の男が姿を現す。ビートブルー。
「これなら文句はあるまい。お前、これからどうするつもりだ?」
 彼女の隣りに立ってビートブルー――声はアースだが――がそう尋ねる。
「あいつに深手を負わせて異空間にたたき込む。そうすればしばらくは出てこられないはずだ」
 レーナは素直に答えた。
「よし、我々が捕らえる!」
「われが斬る!」
 二人は同時にそう言い切った。そしてすぐさま行動に出る。
「早く、早く! 手に入れなければ!」
 魔神弾は低い声で叫んだ。少しずつだが顔が狂気じみたものに変わってきている。
「今だ!」
 ビートブルーは彼の背後にうまく回り込んで取り押さえた。魔神弾の動きは至って単調なため、思っていたよりは造作もない。
「当たれ!」
 そこへレーナが斬りかかる。青白い刃。おそらくは精神系のもの。
 その刃は見事に魔神弾を切り裂いた。かなり深い。魔神弾は悲鳴を上げてもがき苦しむ。
「抑えておいてくれ! 今異空間を開く!」
 彼女は同じ刃ですぐ側の空間も切り裂いた。魔光弾たちのものとはまた別のようだ。裂け目から見える空間は奇妙な色をしている。
「押し込んでくれ!」
 レーナの言う通りにビートブルーは行動した。魔神弾をその中に放り込む。彼は苦しみながらも裂け目から這い出そうと懸命の努力をしている。
「無駄なあがきはやめた方がいい」
 レーナは冷たく言い放って、器用にその裂け目を閉じた。結界の応用だと思われるが、高度であるには違いない。
「ふうー、これで完了」
 裂け目を閉じると安心したように、レーナは息を吐いた。
「大丈夫か?」
 すぐさまビートブルーへの合体を解いて、アースが彼女のもとへと駆け寄る。続いて三人も。
「ああ、大丈夫。それより火は消えただろうか?」
 答えてレーナが周りを見渡すと、消火はほとんどされていた。あれだけの神技隊が集まれば、ということだろう。
「無事に追い返せた様だな」
 ラウジングがそれに気づいて彼女に声をかける。
「まあな。われにかかればこんなところだ。じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
 レーナはうーんとのびをすると、アースたちにそう問いかけた。
「素直に私が帰すと思うのか?」
 苦笑するようにラウジングが彼女の方を見る。
「ああ」
 レーナは即答した。
 しばらくラウジングは黙り込む。
「お前には敵わんな。いいさ、今回は無駄な戦闘は避けておこう」
 そしてフッと笑って後ろを向いた。
「それでは帰ろうか」
 レーナは満足そうに微笑んだ。




 太陽がようやく顔を出し始める。まばゆい朝日がリシヤの森を綺麗に染め上げた。森だけではない。大河も町も皆一斉に光を浴びている。
「よかったな、森が全部焼けてしまわなくて」
 滝は窓から外を見つめるレンカにそう話しかけた。
「そうね。本当によかった」
 軽く返事して再びレンカは外を見つめる。本当によかった、全てが無くならなくて。あの森には多くの動物たちが暮らしている。彼らはあの森がなければ生きていけない。
「でも、あの魔神弾とかいう人、ずいぶん様子が変だったわね」
 今度はレンカが話を振る。滝は、ああ、とうなずいた。
 本当におかしな奴だった。最初はオレたちのことなんか眼中にもなくて、それなのに急に梅花に攻撃を仕掛ける。レーナはそれが何故だか知っていたみたいだったけれど……。
 滝は大きなため息をついた。
 またレーナ。彼女はいつも何でも知っている。誰も知らないことを知っている。そしてその全てを説明しようとしない。あいつは本当に何者なんだ?
 ふと我に返ると、レンカが自分の顔を心配そうに見つめていることに彼は気がついた。
「大丈夫? 滝。何か深刻そうな顔してるわよ」
 そう言われて滝は軽く微笑んで彼女の肩を叩いた。
「大丈夫大丈夫。ちょっとした考え事だ。いつものこと」
 滝は彼女に言いながら、自分にも言い聞かせていた。
 そう、いつもの考え事。気にしても仕方がないことを気にすること。あれこれ推定しても無駄なだけ。彼女に関する情報は少なすぎるのだから。
 基地の外壁も朝日を浴びて輝いていた。朝は必ずやってくるのだ。だから暗闇に隠れているものも見ることができる。同じように、暗闇に潜む謎もいつかは明かされる日が来るだろう、と彼は思った。

 

 
 
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