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第十四章 課せられた使命‐3

 シンたちから連絡を受けた神技隊は、ワープゲートを利用してアールの町までやってきた。その店の場所は証書に記してある。ゲートからそれほど遠くはなかったので、彼らは歩いてそこへ向かった。
「あ、あの辺りですね」
 よつきが指さした。彼はアール出身で、地理にも詳しい。
「あの辺りって……どう見ても野原にしか見えないんだけど」
 ラフトは手をかざしてそうつぶやいた。目を凝らしてみても、見えるのは、広い草原とその真ん中に建つ小屋一軒だけ。
「どうやらあの家らしいですね」
 よつきは証書を見て言った。皆はもう一度その小屋をじっと見つめてみる。
「本当かよ?」
 思わずゲイニが声をもらした。
 あんな馬鹿高い――しかし彼らはタダだが――服を取り扱う店が、野原に建つ一軒の家とはどういうことだろう?
「とにかく行ってみるしかないな。道はあるみたいだし」
 滝は気を取り直して皆を促した。
 小道――人一人がやっと通れるほどの道――を彼らはゾロゾロ歩いた。唯一の救いは草丈がかなりあったことだ。歩きにくい、と思うかもしれないが、大の大人が一列になって歩くという光景は、とても見られたもんじゃない。
「確かに、店の名前は合ってますね」
 古びた木の看板を見上げて、たくがうなずいた。家の屋根に高々と掲げている割に、それは目立っていない。
「じゃ、入るぞ」
 滝が軽くノックしてドアノブを押す。ギギッ、という音の後に、長いひもでつるされた鈴がリリンと鳴った。
「失礼しまーす」
 おそるおそる滝は中の様子をうかがった。内装は思ったよりずっと綺麗だ。それに、外から見た感じよりは広い。カウンターもある。少し安心して、彼はその中へと入った。
「お客かい?」
 すると、奥の部屋から仏頂面の女性が顔を出した。年の頃は四十過ぎ。いかにも職人、というような格好をしているが、そのあまりの汚れのなさに、単にそれらしくしているだけなのだとわかる。
「あの、こういう者なんですが」
 後から入ってきたよつきが、そう言って証書を手渡した。初めはうさんくさそうに受け取ったその女性は、それに目を通すと、パッと目を輝かせる。
「ほれ! マルル! カリス! お得意さんだよ!」
 彼女は奥の方に向かってそう叫んだ。すぐにそこから二人の男女が飛び出してくる。顔つきや髪質なんかから、兄弟なのだとはっきり知れた。
「ようこそ。こんな狭いところですが、どうぞお入りください」
 少女がそう言ってにっこり微笑む。ふっくらとした体つき。華美すぎず、しかしかわいらしい服装にまとめてある。
「ちょっと待っててくださいね。カウンター退けますから」
 男性が言った。それは単なる飾りのようなものだったのだろう。つくづく見かけにこだわっている、と滝は思った。
 カウンターがなくなると、部屋はかなり広くなった。メンバー全員が入っても、そう窮屈には感じない。
「あれ? そういや誰かいないぞ?」
 と、ここでラフトはそのことに気がついた。
「ああ。既に持ってる組。レンカにローライン、梅花、よう、それとコスミ」
 カエリが説明する。そしてすぐに、気づくのが遅い! と言って彼を小突いた。
「ジナルは強制的に買わされるらしいよ。後は金持ちってとこ?」
 ミツバが付け加える。まあそうでしょ、とカエリは答えてため息をついた。
「まず、基本的なことからご説明します」
 彼らの話がとぎれると、タイミングを待っていた少女が話を始めた。
「お値段の方は、生地の面積とデザインによってほぼ決まります。オプションをつけるとさらに高くなりますけど、脱ぎ着を考慮されるのでしたら、そちらをお勧めします。色はこちらの見本からお選びください。こんな感じで、と決まったら、奥の方に来ていただければ映像化いたします。今、色見本と百通りほどの例が載ったカタログをお持ちいたします。カタログの中から選ばれるのでしたら、大分安くなりますよ」
 少女は終始にこやかに、てきぱきとした口調で説明をした。彼女の話が終わるとタイミングよく、そのカタログと色見本を持った先ほどの女性が現れる。
「質問があれば、何なりとお申しください」
 横に控えていた男性が、そう言って軽く会釈した。
「はあ……」
 何となく圧倒された神技隊は、気の抜けた返事をする。
 相当売れないのね。
 リンは悟った。
「じゃあ早速見てみようぜ」
 好奇心からラフトが素早くカタログを取った。ちゃんと何冊も用意してあるところが憎い。
「どんなのがいいかなんて、ちっとも想像できないだんべ」
 そう言ってミンヤはラフトの後ろからのぞき込んだ。同じようにヒメワとゲイニも傍らによる。
「ふ、私はもう決まってるからさっさとその映像化とやらをしてもらうわ」
 そんな中で、リンは一人勝ち誇ったように言い放った。
「マジかよ?」
 シンが怪訝そうな顔で振り向く。彼女はうなずいた。
「もちろん。後は値段の交渉ね。五千ケント以内に収めなきゃ」
 彼女は拳をギュッと握って気合いを入れる。ずいぶんやる気満々だ。
「おい、どんなのにする気だよ。オレたちも見られないのかな?」
 北斗が問いかけた。リンは、さあ、と首を傾げる。すると聞かれる前に、という勢いで、控えていた男性が答えた。
「ご本人が承知なら、かまいませんよ」
 あまりの反応の早さに、笑って応えるしかない北斗。サツバが、見せろ見せろとけしかける。
「別にいいわよ」
 リンはそう言いながら奥の部屋へと入っていった。
「お決まりかい? さあ、どうぞ座って」
 中には先ほどの女性が立って待っていた。あの若い男女とよりは少しリラックスできると思いながら、彼女はイスに座る。『映像化』とかいいつつ、用意してあるのは色鉛筆のようなものである。
「色は?」
「上下ともこの青」
 リンはデスクに貼り付けてある色見本を指さした。シンたちが興味津々にのぞき込む。
「形は?」
「えーと、上は半袖かな。まあその辺は値段との相談ね。下はスカート、タイトね」
 聞かれてリンが答えると、その女性はサラサラと描き始めた。
 え、映像化……には違いないが……。
 北斗がそれを見て気抜けする。宮殿専属とはいっても設備は大したことないらしい。
「襟はブイの字。あ、でもちょっとなめらかにね、そうそう。で、ふちは白、こっちの方。同じ色でこういう感じで入れて。それと、こういう感じでボタンつけて欲しいの、内と外。そうそう二つずつ。それで、こんな風にひもで結んで」
 彼女はその絵を指さし、見本から色を指定して、次々とデザインを伝えていく。描き直されていく絵を見て、シンは、彼女がどういう服にしようとしているかがわかった。
「えーと、何だっけ。そう、チャイナドレスって奴だな」
 シンは言った。リンは顔を上げずに人差し指をたてる。
「そうそう、あくまでチャイナ風だけどね。結局ゲットできなかったからなー、欲しかったのに。だから気持ちだけ」
 確かに、予想外の展開が続き、あっという間にこちらの世界に戻ることになってしまった。だけども――――
 何もそれをこんな時に実現しなくても……。動きやすさを優先しろ!
 彼は心の中でつっこんだ。
「あ、よくないそれ? オレもそうしようかな、中国風」
 すると北斗が目を輝かせてそう言う。
「は?」
 サツバは声を上げた。
「ほら、チャイナ服とまでいかなくてもさ、拳法着みたいなもんだったら、よくない? 気分も乗るし。オレそうしよう」
 北斗は一人で納得して、うんうんうなずく。オレはパス、と言ってサツバはその部屋を出ていった。
「シンはどうする?」
 北斗は問いかけた。シンは考え込んでうなる。その間も、リンはてきぱきと女性に修整を加えさせている。値段との折り合いのためだ。
「まあ、別にどうしたいってのもないし。雰囲気だけな。問題は値段だけど」
 頭をかきながらシンはそう答えた。北斗は、おし! と言って親指をたてる。
「んじゃ、色決めよーぜ、色」
 何故かノリノリで、シンの背中を押す北斗。が、すぐに彼らは呼び止められた。
「あ、私も決めたい口出したい!」
 そう叫んだのはリンだ。シンと北斗は彼女の方を振り向く。
「お前、自分のは?」
「もう終わっちゃった」
 シンが尋ねると、彼女は満面の笑みで答えた。この先の展開を考えて、二人は顔を見合わせる。
「ま、まーいいけど」
 承諾するシン。ダメだと言っても首を突っ込んでくるのは目に見えている。その人なつっこさが、彼女の取り柄であり欠点だ。
「じゃっ。見に行こ見に行こ!」
 すごくうれしそうにリンは笑いかけた。
 三人が奥の部屋を出ると、多くの人はカタログや色見本などに群がっていた。一つはラフト率いるフライングチーム。ただしカエリは除く。もう一つは、青葉中心のシークレットプラスコブシのチーム。さらにストロングプラスよつきのチームと、カエリとジュリの二人組。最後のたくとサツバは色見本だけだ。
「サツバ、決まったか?」
 北斗が気さくに声をかけた。顔を上げるサツバ。たくも気がついて三人を見る。
「色だけでだぜ? 決まるかよ」
 むくれた顔でサツバは口をとがらせた。今日の彼は何となくご機嫌斜めだ。
「オレたちにもちょっと見せてくれないか?」
 シンが朗らかに頼んだ。たくは、はい! と返事して、彼らの方に色見本を向ける。まだむくれているサツバは、リンにつつかれてさらに機嫌を悪くした。
「オレは緑っぽいのがいいなー」
 見本を見ながら北斗がつぶやく。緑系の色だけでもかなりの数がある。染色方法は知らないが、ずいぶんなサービスである。
「ふーん、上下で色は変えるの? だったら上が明るい方がいいと思うけど。」
 リンは後ろからのぞき込んで助言した。これとかこれとかと言って、適当なものを指さす。北斗はそれらを見てしばらく考え込んだ。
「北斗先輩はどんなのにするんですか?」
 すると悩む彼にたくが尋ねる。
「えっと拳法着みたいな感じ。ゆったりした奴」
 顔を上げて北斗は答えた。
「あーなるほど」
 たくは相槌を打つ。どうやら彼も、どういったものにしたらいいかと困っていたようだ。
「いいですねー。オレもそうしようかなー」
 たくはそう言った。サツバが、ゲッ、と声をもらす。
「何でお前ら、そう単純に決められるんだよ。これからしょっちゅう着ることになるんだぜ!?」
 サツバはそう叫ぶ。不思議そうに四人は彼を見つめた。
「サツバ、お前どうしたんだ? そんなに叫ぶことじゃないだろ?」
「そうよ。それに、短時間で決めなきゃいけないんだから、仕方がないじゃない。別にこの服装で全人格が決定されるわけじゃあるまいし」
 シン、リンがそう言うと、ムスッとしてサツバはそっぽを向いた。彼自身、本当に何故こんなにイライラするかは、よくわかっていないのだ。
「ま、いいか」
 北斗は気にしないことにした。ほっとけばそのうちよくなるだろう、と。そして彼は再び色選びに専念する。
「あ、この色いいな。オレこれにしよう」
 たくが横から指さした。薄い、やや紫がかった青色だ。
「いいんじゃない? 似合いそうよ」
 リンが微笑む。たくは満足そうに笑みを返した。
「じゃっ、オレはこれかな」
 すると続けて北斗も声を上げた。彼が指したのは淡い緑。ややくすんだ色。
「下は?」
 リンが問う。
「これ」
 彼は即答した。深い青緑で、落ち着いた色だ。彼らしい気もする。
「で、シンは?」
 自分は決まって余裕ができたのか、北斗はシンにそう問いかけた。聞かれたシンは、うなりながら眉根を寄せる。
「これなんかいいんじゃない? これ、この赤」
 すかさずリンが口を挟む。ワインレッドに近い、暗めの赤。
「なるほど、赤青緑でバランスよくなるしな。いいんじゃないか? シン」
「似合うと思いますよ」
 北斗とたくも同意を示す。だがシンは決めかねて、腕を組んで考え込んだ。
 いいのか? こんな簡単に決めて。
 先ほどのサツバじゃないが、やはりそう思ってしまう。
「いいじゃない、いい。これで決定!」
 リンは意気揚々だ。複雑な気持ちで、彼は彼女の顔を見つめる。
 オレの選択権はいずこ……?
 しかし、それから彼に決定権が与えられることはなかった。
 そうやってスピリットがワイワイやっている一方、他のグループでも話は盛り上がっていた。とりわけテンションが高いのは、シークレットのところだ。その先頭に立って話を進めていたのは、アサキであった。
「ミーは絶対に忍者がいいでぇーす!」
 彼の第一声はそれであった。もちろん他の三人は、何を言ってるかわからずキョトンとする。
「それって、忍者装束みたいなのがいいってことか?」
 ようやく察知して青葉が聞く。
「そうでぇーす! ミーは忍者になりたいんでぇーす!」
 アサキは声高らかに答えた。あまりに突拍子もないことに、サイゾウはぽかんとした表情をしている。コブシも何と言っていいかわからないようだ。
「……そりゃまあ、それはアサキの好きにしていいと思うけど」
 青葉は適当に答える。アサキはとても満足そうな様子である。
「ハイ! みんなそろえるでぇーす!」
 だが続く彼の言葉に、さすがの青葉も咳き込んだ。サイゾウは顔を引きつらせる。
「な、んな、マジか!?」
 叫ぶ青葉に無邪気な笑顔を向けるアサキ。コクコクとうなずく。
「みんな一緒の方が楽しいでぇーす! 気持ちだけでもいいでぇーす!」
 あまりに彼がうれしそうなので、コブシは思わず助け船を出す。
「忍者っぽくっていったら、暗い色にするとか、ダボダボのズボンにするとかでいいんじゃないですか? 他にも、レーナさんみたいな上着にしてみるとか」
 コブシの意見にアサキはにこにこする。青葉とサイゾウは、少しは落ち着きを取り戻した。
「レーナの上着って、ありゃ忍者っつーより襟が和風なだけだ。んでもって暗い色にしたら、思いっきりビート軍団とかぶるじゃねえか! あいつら黒ずくめだろ?」
 青葉はしかめっ面で文句を言った。そして彼はサイゾウが応援してくれるものと思い、彼の方を向く。
「ダボダボかー。それならいいかもな。オレゆったりしたの好きだし」
「って、サイゾウ! 懐柔されてどうする!」
 サイゾウのつぶやきを聞き、アサキは顔を輝かせる。
「なあ、青葉。いっそのこと、レーナとおそろいにしてみるってのはどうだ?」
「な、んなアホな! そんなややこしいことできるか!? ただでさえ、こう、何つーか、複雑な関係だってのに」
「いいじゃんよ、別に。だってその方がおもしろそーじゃん? レーナ、どんな顔するかな?」
「だー、おもしろいとかそういう問題じゃないだろ!」
「レーナさんよりも、アースさんの反応の方が気になりますけどね、オレは」
 説得されたサイゾウによる、青葉の懐柔作戦が始まる。コブシも含め、彼らはもう完全にアサキの仲間だ。
「第一、オレは重ね着がしたいの!」
「重ね着したら値段かかるぞ? あ、そっか。ベストぐらいにならできるか」
「そうですね。じゃあそのベストの襟を和風にすれば!」
「うぉう! レーナともかぶらずに、かつ重ね着、アサキの希望も叶うってわけだ!」
「おい、おめぇら」
 青葉を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでいく。
「これで形は決まった。後は色だな」
「そうですね」
「やっぱ下は黒だろ?」
「おい、聞け、そこの二人」
「やっぱり黒でぇーす!」
「うん。アサキも賛成してる。じゃあ上か。ベストの下はどうする?」
「無難に白がいいんじゃないですか?」
「なるほど、じゃあこの白だな?」
「ミーもいいと思いまぁーす!」
「オレを置いて話をするな!」
「ベストは?」
「うーんどうしよう」
 青葉はもう限界だった。
「だー、てめえら、一体何考えてんだ? オレのものはオレが決めるのが当たり前だろ」
 彼の怒鳴り声を聞いて、三人は会話をやめる。
『チームワークのためだ(でぇーす)!』
 サイゾウとアサキは全く同じタイミングでそう叫ぶ。青葉は言葉に詰まった。
 チームワークとか、みんなのためとか、そういう言葉には弱い……。
 こういうときに、リーダーという言葉が彼の脳裏には浮かんでくる。過去散々、それらの言葉で、梅花をいいように扱う、もとい説得してきた自分の行動を振り返り、彼は観念する。
「あー、わかったわかった。わかったから、ベストの色はオレが決める!」
 彼は半分やけになって、宣言しながら拳を突き上げた。

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