white minds

第十七章 白き空間‐3

 朝の食堂。
「って、本当にもうできたのか!?」
 食事を終えたばかりの滝は、大きな箱を持った梅花たちの方を見てそう言った。華奢な彼女がもつにしては重そうな感がある。
「はい。朝一番にもらってきました。どこに置きますか?」
「えーと、まあ、修行室がいいだろうな。にしても……」
 滝の視線は梅花ではなくて、その後ろに注がれる。
「……何でアースたちが手伝ってるんだ?」
「レーナが貸してくれました」
 聞かれて梅花はにこりと微笑む。と同時に、アースが眉をひそめて口を挟んだ。
「貸すって……我々は所有物か?」
「ん? あ、えーと、大変だからって頼んでくれました」
 不機嫌なアースのことは大して気にした様子もなく、でもとりあえず言い直す梅花。だが、まあ、カイキたちは気にとめていないようだし、アースの不満顔はいつものことだ。
「それにしても早いだんべな」
 するとすぐ側で食事をしていたミンヤが、手を止めて顔を上げた。その向かいのホシワも同じように入り口を見やる。
「そうですね。確かに早すぎだとは思いますけど……。とりあえず、修行室に置いてきます」
 そう答えて梅花は軽く頭を傾けた。荷物が大きすぎて礼ができないからだろう。そして、それを合図にネオンたちがゾロゾロと食堂を出ていく。
「ああ、悪いな」
「足下気をつけるだんべ」
 滝たちは彼らの背中にそう声をかけた。
「いいなー、いいなー。僕も食べたかったなー」
 食堂のドアが閉まった途端、イレイは口をとがらせた。まだ中のいい匂いが若干廊下に漂っている。
「あれ? ついさっき果物なんかもらって喜んでなかったか?」
「あんだけじゃ足りないよー」
「オレたちゃ食べなくても平気なの!」
 イレイとネオンがお互い顔も見ずに言い合うのを聞きながら、梅花は独りごちた。
 何でここまで言うことが同じになるのかしら……。DNAの力ってそんなに大きいもの?
 半分あきれかえった気持ちで彼女が何気なく視線を横に向けると、丁度階段を下りてくる青葉と目が合う。
「あ、梅花。何運んでんだ? 何ならオレが――――」
 そう言いながら階段を飛び降りて駆けよる青葉に、思いもよらぬ方向から強引に箱が押しつけられた。
「どぅわっ! で、なっ、アース!?」
 何とか両手いっぱいの数個の箱を落とさず抱えて、青葉は文句を言おうと口を開く。が、それより早くアースはすたすたと歩いていってしまう。
「なー、おい、アース!」
 カイキが声を上げるが、彼は完全にそれを無視している。振り向きもしない。
「何だよアイツ!?」
 青葉は顔をしかめて憤慨した。
 何も言わずに押しつけるなんて、なんつー奴だ!!
 彼は心中でそう叫ぶと、とりあえず荷物を丁度いい具合に抱え直す。このままじゃ足にでも落としかねない。
「まあ、しょうがないわね」
「そうそう。代わりだと思って手伝ってくれ」
 被害のない梅花やネオンは当たり前、といった感じで青葉の顔を見た。
「どうせレーナんとこだろ? 昨日の晩から……ってか、ここしばらくずーっと機嫌悪いからな」
「そう、シリウスと会ってから」
 そのアースと同じような顔をした青葉は、長ーいため息をついた。
「修行室まで。運んでくれるんでしょ?」
 梅花が言う。
「え? あー、もちろん」
 ひきつった笑顔だと自覚しながら、それでも彼は精一杯明るい声を張り上げた。



 全員が朝食を終える頃、修行室へ向かうよう、基地内放送が流れた。
「みんな来たか?」
「えーと、たぶん」
 ラフトと北斗がぐるりと周りを見渡す。ここまで人数がふくれあがると点呼でもしなきゃならなそうである。窮屈に感じないここの広さがまだ救いではあるが。
「で、滝先輩。急に何の用事ですか?」
 よつきは頬をかきながら尋ねた。滝は彼を一瞥すると、後方――入り口近くの山積みの箱を指さす。
「一つはあの中の服のことだが、もう一つの方はレーナに聞いてくれ」
 オレも知らん、と言いたげに滝は軽く息を吐いた。よつきは適当に相槌を打ちながら、そのレーナの姿を群衆の中に捜す。
「とりあえずこの注文した服、みんなに渡してしまいましょう」
 山積みの箱の前でその一つを開けながら、レンカがそう言った。
「そうですね」
「でもどれが誰のかわかりますか? ん? あー、それ私の!」
 レンカのすぐ側にいた梅花とリンは口々に答え、そしてリンは、梅花の開けた箱に入っていた服を指さし、すぐにそれを取り出した。
「結構いい肌触りっ」
「あ! それって作ってもらった服!?」
「本当だ! オレのは、オレのは!?」
 すると箱の中身に気づいた面々が次々に群がり始めた。それを見て滝は、あちらの世界で目撃した『バーゲン』とかいうものを思い出す。
「あー、ちょっと押さないでください!」
「こら、そこ! ぐちゃぐちゃにしない! 放り出さない!! 子どもじゃないんだから!」
「……混乱してるな」
 触らぬ神にたたりなしとばかりに、遠巻きに眺めるホシワ。哀れ。自分の服もどうなっているか見当がつかない。
 ピーッ! ピッ!
「はい、こら! そこ! ストップ!!」
 どこからともなく取り出した笛を鳴らしてリンが叫んだ。ようやく皆が静まっていく。
「上にあるのから誰のか聞いて渡すこと! もう、床に落ちちゃってるじゃない」
 彼女の言葉に渋々皆は従った。満足そうな顔でリンはにっこり笑う。
「相変わらずですね、リンさん」
「はい、本当そうですね」
 そんな彼女の後ろ姿を見て、ジュリとサホは顔を見合わせた。彼女たちは小さい頃からリンと親しいのである。
「……われ、いつになったら話ができるんだろうか?」
 一部始終を離れて観察していたレーナは、自分の腕を抱えるようにしてつぶやいた。少し顔色が悪い。
「もうちょっと時間かかりそうやなー」
「そうでございますね」
「あ、レーナはん。何ならわれが小話でも?」
「……いや、結構だ」
 彼女の周りに何故か嬉しそうに集まっているすいとレグルスは、先ほどからずっとハイテンションだった。ゲットの五人は既に戦闘用着衣を持っているらしい。
「いや、あの、レーナ……この二人、いっつもこんな調子だから……」
 するとすぐ後ろにいたときつがそっと耳打ちする。しかしそれを聞きつけたすいは、力一杯ときつをにらみつけた。
「あれ? 静かになったし、何かもう終わったみたいだよ」
 にこにこしながら会話を聞いていたようが、入り口近くの人混みがなくなったのに気づいて声を上げる。同時にレンカが彼らの方に向かって歩いてきた。
「ごめんなさいね、待たせて。こっちの方は何とか終わったから。話があるんでしょ?」
 レンカはそう言った。
「ああ、まあな。声の届くところまで呼んでもらえるか?」
「ええ、もちろん。みんなー! ちょっとこっちに集まってー!」
 レーナに頼まれて、レンカは大声でメンバーを集める。
「なんや、レーナはん。自分で呼べばいいやないか」
「全員に信用されているわけじゃないからな……」
 すいに聞かれると、レーナはそう答えてかすかに微笑んだ。
 大半の者は、自分の服を抱えたまますぐにやってきた。若干、離れたところにいる者もいるが、声が聞こえない程というわけでもない。
「われから一つ提案があるんだが」
 レーナはまず第一声にそう言った。皆が聞いていることを確認しながら、彼女は話を続ける。
「個人個人の技を磨くのも大切だが、このままでは強くなっているかどうか実感できず、不安も大きいだろう。そこでだ。まず、今後実際の戦闘の際を含め、必ず行動を共にするメンバーを決めたいと思う。できれば二人だ。そして一週間後ぐらいに、その組を使っての総当たり戦をやりたいと考えているんだが」
 予想外の話に、神技隊の中にざわめきが広がっていった。
 んなこと、一体いつ考えた……?
 レーナの後方で、やはりいつものように壁にもたれていたアースは眉をひそめる。
 ほとんど一緒にいたが、そんなそぶりはちっともなかった。
「それで、その組のことだが――――」
 皆が落ち着くのを見計らって再びレーナは口を開く。
「できるだけ、お互いの足りないものを補い合い、かつ息が合っている者同士ににしてもらいたい。たとえば一方が遠距離向きならもう一方が接近戦向きとかな。まあ、常に後方支援にまわるような組があってもいいと思うが。だから、大事なのは相性だ。足を引っ張り合わなければいい。自分を守るのは自分だけ、だとちょっときついからな」
 レーナは微笑みかけた。ずいぶん見慣れてしまった、そしてずっと変わらない笑顔。
「それで、総当たり戦ってのは……?」
 滝が尋ねる。レーナはビシッと人差し指をたてた。
「強さを実感するにはもってこいだろ? それに、お前たちみたいなタイプはお互い競わせた方がずっと早く、より確実に、強くなろうとする。ついでに、どの組がどういった戦闘を得意とするかもわかるしな」
 彼女の説明に、滝は曖昧な表情で軽くうなずくだけだった。だが中にはもうさっそく感化された者がいるようだ。
「おーっ、血が騒ぐって言うか何て言うか。ゲイニ、ようやく白黒つける時が来たって感じだな」
「フン、ラフト。負けても相棒のせいにするなよ」
「何!?」
「やるか!?」
「あー、どうどうどう、二人ともまだ早いって! 一週間後!」
 にらみ合うラフトとゲイニをカエリがなだめる。慌ててミンヤも駆けよってくる。
「ほらな?」
「……いや、まあ、反論はしないけど」
 滝の心境は微妙だった。
 オレたちってそんなに単純……というか、こんなんだったか……?
 そう思うとやたらと疲れてくる。
「お前だって、剣では負けたくないだろ?」
 そんな彼に、レーナはそう尋ねた。痛いところを突かれて、彼は言葉に詰まる。
「そういうこと。要するに、負けず嫌いが多いってわけだ。別に悪口を言ってるわけじゃない。それが長所でもあり短所でもある。生かせばいいわけだ」
 レーナは周りを見回した。何か言い足そうな顔をしている者もいるが、言わないのならあえては聞かない。
「じゃあ、嫌だという声もないようだかし、そういうことにしよう。総当たり戦は……そうだな……十一月一日にでもするか。それまで、まあ頑張ってくれ。じゃあわれはこの辺で。ちょっと司令室の手直しをしてくる」
 彼女はそう言い残すとくるりと向き直って歩き始めた。彼女と目が合うと、アースも体を起こして入り口の方へ向かう。
「滝にい、どうするんすか?」
「まずは――――組決めだろ?」
 青葉に聞かれて、滝はため息混じりの声を発した。
 何かこういうの多くないか? しかも、やたらと時間かかりそうだし……。
 滝はこっそり皆の様子を観察する。
「まあ、まあ、まあ、どうしましょう?」
「誰と組めばゲイニの奴に負けねえかな……?」
「みぃーんなぁー、どうするーんでぇーすか?」
「隊長、どうしましょう? 私、誰と組んでも足引っ張っちゃいそうです」
「いやいや、そんなことありませんよ」
 何故かやる気満々だ――――。
 飛び交う会話に滝は頭を抱えたくなる。オレは、ひょっとして、これをまとめなきゃならないのか?
「じゃっ、決まった人から奥の方で修行に入ってもらいましょう」
 レンカや梅花はもう準備を始めようとしている。
 さっさと終わらせるよう努力するしかないか。
 滝は苦笑しながらそう思った。と、次の瞬間、彼のすぐ右にいたはずの青葉の姿がかき消えた。
「梅花!」
 いつの間にか青葉は梅花の隣に移動しており、その両手をギュッと握る。
「あー、はいはい、他の人とは合わせられないんでしょ? なってあげるから心配しないで」
「いや……そういう言い方されると、何て言うか、こう微妙なんだけど……」
「じゃあやめる?」
「あ、いや、ダメダメ。やめないやめない」
 二人のやりとりを聞いて何とも言えなくなり、滝はレンカと顔を見合わせた。シンはそろりそろーりとリンの方に視線を向ける。
「ん? 何? シン」
 リンは自分の服を抱きしめたまま、彼の方を振り向く。
「え、あ、えーっと――――」
「絶対勝つわよね? シン」
「は?」
「青葉と梅花に」
「え? あ、ああ、もちろん」
 シンは満面の笑みを返した。
「何つーの、これ。何か、すっごーくムカつくって言うか何て言うか――――」
「こう、胃がムカムカしてくると言うか」
 北斗とサイゾウは白けた顔でそうつぶやき合う。
「そりゃ嫉妬やなー」
『言うなっつーの!!』
 そしてまともに答えたすいが、二人の怒りの鉄拳にあい、倒れ込んだ。心配そうに駆けよるレグルスに向かって、すいはぼやく。
「どうせなら可愛い女の子に心配されたいんやがなー」
「心配されるだけいいでしょ! その口少しは閉じなさい!!」
 そんな彼にはときつの鋭い蹴りがお見舞いされた。レグルスはおろおろしながらそれでも口を開く。
「いや、あの、ときつさんは心配してないでございます」
「わてが何であんたに蹴られなきゃならないんや!!」
 すい、レグルス、ときつの漫才もどきには、さすがの北斗やサイゾウも笑うしかなかった。二人は目と目を合わせて苦笑する。
 そんなこんなで組決めはもたつくわけだったが、それでも少しずつだが組み合わせは決まっているようだった。ミツバとホシワが談笑しながら奥の方へと歩いていく。
「ダン先輩、わて遠距離で土系でっけど、どうやろ?」
 気を取り直したらしく、ダンの背中を叩いてすいが声をかけた。ダンは振り向いて、にっと歯を出して笑う。
「すいか。面白そうだな。じゃっ、ちょっと試しに合わせてみっか?」
「がってんや!!」
 二人はさも旧友であるかのように肩を組みながら歩いていった。ときつはその様子を半信半疑の目でもって見つめる。
「これが世に言う、類は友を呼ぶ、って奴なのかしら?」
 ときつの言葉に、北斗とサイゾウは必死に笑いをかみ殺した。
 そしてそれとほぼ同じ頃、全く決まっていないピークスのメンバーは大いにうなっていた。
「隊長ー、どうしましょう」
「隊長ー」
「情けない声出さないでください」
 先ほどからこれの繰り返しである。
「私たちピークスは最初から偏ったメンバーですからね。他のところと組まないときついと思いますよ」
「まあ確かにそうですけどね、ジュリ。何というかノリが違うと思いませんか? リズムというか」
「いや、まあ、言いたいことはわかりますけど」
 ジュリとよつきは周囲を眺める。特にフライングとシークレットとかとはテンションが大分違う。少なくとも当人たちにはそう思える。ジュリが小さなため息をつくと、よつきは視界の端に恰好の獲物を見つけて声をかけた。
「やあー、アキセ。まだ相手は決まってないんですか?」
 怪しくなる程の笑みを浮かべたよつきを見て、しまった見つかった! とでも言うような顔で、アキセはから笑いする。
「あー、いやー、そのー」
 言葉を濁すアキセ。よつきは何も言わずにニコニコしている。
「隊長、後輩いじめはダメですよ」
「そんな、ジュリ、いじめだなんて。わたくしはただ――――」
「ダメです」
「仕方ないですね」
 よつきは少し残念そうに首をすぼめた。難を逃れたアキセは、見失ってしまった目標を捜して辺りをキョロキョロ見回す。
「わたくしが余ったらジュリのせいですからね。その時はジュリが組んでくださいよ」
「隊長、子どもみたいなこと言わないでください」
 ジュリは頭を抱えて、よつき、コブシ、たく、コスミを順に見る。
 本当に、早く片づけないと、私が余っちゃいますよ。
 ジュリは心中でぼやいた。
 そこに――――
「おいジュリ! お前ひょっとしてまだ余り?」
 ラフトが気安く話しかけてきた。頭の上で手を組みながらにーっと笑っている。
「余りって言い方悪いですけど、まあそうです」
「じゃあオレと組んでくんない? ゲイニの奴、ミンヤとつるんでよ。あっちは息合うだろ? ヒメワは戦闘向きじゃないし、カエリはどうせ組みたくないって言うだろうし。お前なら何か合わせてくれそうだからよ」
 ラフトは屈託のない笑みでそう言った。だが、ジュリが答えようとする前に、よつきが口を挟む。
「ダメです、ラフト先輩。ジュリはわたくしの相手が見つからなかったときの相手ですから」
「ちょっと、隊長。何ですか、その発言は」
 さすがのジュリもムッとしたようだ。眉をひそめてよつきをにらむと、打って変わったように笑顔になり、ラフトの方を見る。
「力になりたいのは山々ですけど、ラフト先輩。私、遠距離はできますけど技、補助なんで、攻撃系は使えませんよ。それでもいいんですか?」
 それを聞いてラフトは目を丸くした。
「あれ、そうだっけ? 何かできるような気がしたんだけど……。あー、そっか。んじゃ他のあたるわ」
「すいません、お力になれなくて」
 ラフトはすぐに身をひるがえした。
「さすがジュリ」
「そういうつもりじゃありません。それよりあの三人をどう片づけるんですか? 私たちが手配しないと、きっと余っちゃいますよ」
「はー、そうですねー」
 よつきは遠い目をして適当にうなずいた。
 やはり組決めは困難なようである。
 皆の様子を傍観しながら、滝は心底大きなため息をついた。

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