white minds

第十八章 追い求めるもの‐5

 総当たり戦も今日で三日目を迎えた。皆も大分慣れてきたようで、初めのように緊張しすぎることはなく、しかし勝負へのこだわりを持ちながら試合をこなしていた。
「今のがえーと、五十五試合目か。いまんところ、一位は全勝で滝、レンカ組と青葉、梅花組。その次が一敗のシン、リン組。オレらはえーと四位? やりぃー!」
「うるさいってばラフト。単純に喜んでいいもんじゃないでしょ? 二敗してるとこはいっぱいあるんだから」
「わかってら! だから次は、絶対負けられねえ!」
 ラフトとカエリ、二人は勝敗表を見ていた。つるつるの真っ白な壁に不思議とぴったり貼られたその表は、修行室でもかなり目立っている。全てその大きさ故にだ。
「次の対戦……ゲイニとミンヤの組とだもんね。そりゃ、負けるわけにはいかないわよっ」
 カエリが拳を力強く握った。と、次の瞬間、ギャラリーが急に静まりかえる。
「そこまで! この勝負、サイゾウ、レグルス組の勝ちだ」
 レーナの声が響き渡った。どうやら試合に決着が付いたらしい。再び修行室にざわめきが戻る。
「あ、終わった。出番ね出番。ほら、ラフト」
「おう!」
 二人は中央の方へ目を移す。力一杯喜んでいるサイゾウとレグルスの後方に、ゲイニミンヤの姿が見えた。
「あ、ほら始まる! 早く早く!」
「え? 始まる?」
「本当?」
 すると出入り口からどやどや人が押し寄せてきた。あまりのことにラフトとカエリは言葉を失う。
 入ってくる人数が半端じゃないのだ。
 試合数がかさむにつれて、見物する人はどんどん減っていた。次の試合の待機を除けば、五人――これは常時いるビート軍団は除いてであるが――いればいい方であった。先程の試合を見ていたのも、青葉たち数人である。だが――――
「全員いるんじゃない?」
「かも」
 二人は顔を見合わせる。まさか何か起こっているのでは、と不安になったカエリは、丁度横を通り過ぎようとしたダンの袖を引っ張った。
「ねえ、ちょっと」
「あ、カエリ先輩。楽しみにしてますよ」
「ってそれで行こうとしないでよ! 何でこんなに人いるのよ?」
「は? 何言ってるんすか? 先輩たちの戦い見るために決まってるじゃないですか! ライバル対決ですもんね!」
 ダンは言うだけ言うと軽い足取りで歩いていった。カエリは所在のなくなった右手を見つめてため息をつく。そしてラフトを見やる。
「あんたたちが初っぱなから燃えてたせいだって」
 迷惑そうに目を細めて言うと、カエリは中央へ向かった。ラフトが慌てて追いかける。既に準備を始めていたゲイニが、ちらりと二人に目を向けた。
「負けねえからな」
「当たり前だ。お前に負けてたまるか」
 ラフトとゲイニがにらみ合った。研ぎ澄まされていく感覚が互いの『気』を捉え、体の底から高揚してくる。昔と、同じように。
「じゃあそろそろ始めるぞ。いいな?」
 レーナが静かにそう告げた。




 皆の予想通り、勝負はなかなかつかなかった。
 幼い頃からやり合った仲だけに、ラフトもゲイニも決定的な一撃が決められない。ミンヤとカエリも、土系と水系が遠距離向きなために、うかつに大技が使えない。結局は牽制しながら隙をうかがうのみ。
「ラフト!」
 そこでカエリは賭に出た。
 ミンヤの姿を目の端に捉えながら、彼女はラフトの方へ駆ける。そして両手に精神を集中させる。
 彼女の意図にミンヤは気づいたようであった。彼は慌てて阻もうとするが、一歩遅い。
「行けぇぇっ!」
 カエリは右手を左手に添えて、そして真横に突きだした。手のひらからものすごい水流が吹き出す。狙いはゲイニとミンヤの丁度中間。
「!?」
 巻き添えを食らいそうになったギャラリーの一部が、瞬時に左右に飛んで逃げた。とっさに行動できたのはさすがと言うべきだろうが、「いてえ!」だの「キャ!」だのと悲鳴が上がる。
 誰にも邪魔されなくなった水流は、そのまま壁にぶち当たった。
 そして見事に跳ね返る。拡散されて。
 水の勢いが弱ければ、もしくは水量が少なければ、大したことではなかっただろう。しかし彼女が放ったものは、そのどちらをも満たしてはいなかった。
「よけろって意味だったのかよ!?」
 味方といえどもその標的を逃れられるわけもなく、ラフトは毒づいた。拡散された細い水流が複数、彼の側をすり抜けていく。ゲイニとミンヤもよけるのが精一杯のようだ。
 しかし事態はそれだけでは収まらなかった。
「でぇぇぇ!?」
「うわぁ!? 結界!」
 水に襲われるのは、当事者たちだけではない。ギャラリーめがけてやってくる水流に、慌てて何人かが結界を張った。再びはじかれる水。その結果、ラフトたちは四方八方から向かってくる水に対処しなければならなくなった。
 くそっ、カエリの奴、視界利きづらいっての!
 ラフトは腰を落として頭上を通り過ぎる水流をやり過ごすと、目だけで周りを確認した。彼の毒づき通り、何度も拡散された水によって部屋の中は霧のような状態だ。
 しかし彼は地を蹴った。
 目指すはゲイニ。見えなくとも『気』で居場所はつかめる。彼は全てを勘に任せた。頬をまた水がかすめていく。
 彼が全力で繰り出した拳は、水を避けるがために体勢を崩したゲイニの腹にめり込んだ。うめくゲイニ。ラフトはとどめとばかりにもう一撃くらわせようとする。が――――
「ゲイニ!」
「ラフト!」
 突如飛んできた岩石に彼は突き飛ばされる。続けて襲いくるものは、上から降り注いだ水流に粉砕された。
「上だんべ!?」
 ゲイニをかばうように前に立ち、ミンヤが声を上げる。どうやら大技を放った後、カエリは一人で避難していたようだ。空中で静止したまま、彼女は叫ぶ。
「ラフトっ! 今!」
「――おう!」
 カエリの言葉に、ラフトは反応した。痛む左腕のことは無視して、彼はミンヤたちの方へ駆け出す。構えるミンヤ。
「行けっ!」
 再びカエリは水を放った。先ほどよりは威力はないが、連続でである。狙われたゲイニは腹部を押さえながらも懸命によける。が、避けきれずはずもなく、足を直撃されよろめいた。
「!」
 ミンヤの動きが一瞬止まる。迫るラフトを何とかするのが先か、それともゲイニを助けるのが先か。その迷いで。
『甘いっ!』
 ラフトとカエリの声が重なった。ラフトの全力の体当たりを、続けてカエリの攻撃をくらって、ミンヤは倒れる。そして動かない。
 なお詰め寄ろうとするラフトの右腕に、光のひもが巻き付いた。
「そこまでだ」
「バカ言うなっ! オレたちはまだ戦える!」
 試合終了を宣言するレーナに、ゲイニがくってかかった。カエリはとりあえず床に降り立つ。
「いや、終わりだ。これが何のためのものかわかっているよな? 相手が魔族なら、これだけじゃすまない」
 静かに告げられたレーナの言葉に、ゲイニは黙り込んだ。ミンヤが何とか体を起こすのと同時に、ラフトの右腕が解放される。
「この勝負、ラフト、カエリ組の勝ちだ」
 言葉をなくした会場に、レーナの声が響き渡った。
「おめでとうですわ、ラフト!」
 ヒメワが駆けよる。再びギャラリーにどよめきが生じた。
「すごかったよな!」
「ああ、あの水にはびっくりしたけど」
「やっぱ迫力がちげぇ」
 各々の感想が飛び交う。どうやら見物人への被害はゼロらしい。
 だが修行室はそうはいかなかった。霧はもうかなり晴れたが、あちこちが水滴だらけだ。このままでは次の試合にも影響が出る。
「えーと、皆さん、一時撤収。整備しまーす」
「ほーら、出ろ出ろ」
 もはや完全に小間使いと化しているネオンとカイキが叫んだ。会話を続行しながらも、神技隊はぞろぞろと出ていく。そんな彼らの背中を眺めながら、カイキがつぶやいた。
「後かたづけする身にもなれよなぁ」
「やるのはお前じゃねえだろ!」
 カイキはネオンにどつかれた。
 この修行室には実は様々な機能が付いている。それを利用するだけで、彼ら自身の仕事はほとんどないのだ。
「いてぇな! ったく。にしても、すげぇもん作るよなぁ相変わらず」
 カイキは感嘆とあきれのこもった声でそう言った。

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