white minds

第十八章 追い求めるもの‐8

 総当たり戦もついに二巡目を迎えた。
 今度の舞台は外。基地前の草原である。所々はげた短い草を、風がなでていく。
「何でこんなに人来てるんだぁぁっ!?」
 草原に立ちつくしたままカイキは叫んだ。遠くにできている幾つもの人だかりを見ながら、彼は頭を抱える。
「そりゃさーカイキ、やっぱりさっきの戦闘音を聞いたんじゃない?」
「ぬぁぁっ! 何てことだ!」
「落ち着けカイキ。なあに、どうせオレらの仕事が増えるだけさ」
「何悟ったようなこと言ってんだネオン!?」
 対してイレイとネオンはほがらかだった。そのまま空気に溶けてしまいそうな、そんな穏やかな笑顔でさえある。そんな二人に囲まれてしまったカイキは、苛立ちと焦燥の混じった表情でひたすらうめくしかない。
「いや、でもまあ、ちょっとまずいなあ」
 一人孤立するカイキに助け船を出したのは、レーナであった。彼女は近づきながら、人だかりを見やる。今は第二試合の準備中。連日の仕事で審判もさぞ大変だろうが、そんな風には見えない顔で、彼女は頬に手を当てた。
「見られてどうこう言うつもりはないが、万が一攻撃が当たったりなんぞしたらあれだしな」
「あ、そっか。僕らみたいによけたりできないもんね」
 イレイがうなずく。
 一巡目の時でさえ、常にギャラリーは危険にさらされていた。何事もなかったのは、彼らが皆技使いだったからである。舞台が外となれば広範囲の技が多く使われるだろう。一般人がそれに対処できるとは、到底思えない。
「うーん、どうしたものか。……仕方ない、カイキ、ネオン、イレイ、悪いがあの連中をできるだけ遠ざけてくれないか? その間に結界張ってくるから」
 彼女がそう告げると、ネオンは顔をしかめてその右腕をつかんだ。彼女は怪訝そうに振り向く。
「結界って、お前が張るのか? 頼むからこれ以上無理すんな。オレらが何とかするから」
 いつになく真面目な表情のネオン。カイキは目を丸くしてそんな彼を見た。イレイはというと、ただ黙ってレーナの横顔を見つめている。
 レーナは優しく微笑した。
「大丈夫、心配するな。結界を張るのはわれじゃなくてこの基地だ」
 彼女の言葉に、一瞬三人は耳を疑った。
 基地が……結界を……?
 そんなことあるわけがないと、そう言いたそうな様子で三人は顔を見合わせる。だが突然、イレイがぱっと目を輝かせた。
「あ、そっか! バリアだね! 基地には付き物だもんねー」
「……おい、イレイ。その発想……どっから来た?」
 カイキは半眼でうめいた。ネオンもあきれた眼差しでイレイを見やり、ようやくレーナの腕を放す。しかしそんな二人を意に介した様子もなく、イレイはやはりにこにこしていた。
「バリア……まあそんなところってことにしておくか。あの基地の特殊設備の一つ。蓄えておいた精神を使って作る結界。なかなか便利だろ? でもまあこれは真似だけどな……アスファルトの」
 レーナはそう言ってクスリと笑った。そして、じゃあそっちは頼んだぞ、と言い残し歩き出す。
「一つってことは、まだあるんだよな、きっと」
 カイキのつぶやきは、吹きすさぶ風にかき消された。



 何故こんなところでこんなことをするのか。
 再びよぎったその思いに、サツバは足を止めた。前を歩いている北斗はそれに気がついていない。吹き付ける風に手をかざすようにして、サツバは顔をしかめる。
 神技隊に選ばれた。一度決まればそれは逃れようのないことであり、また名誉なことでもある。異世界に派遣され、また呼び戻される。それもまあ仕方がないだろう。現状を考えれば。
 けれどもこれはどうだ?
 元敵であった奴らの作る基地で、これまた元敵であった奴の言うことを聞いて戦う。
 おかしい。
 これはおかしい。
 サツバの胸にどんよりとしたものが浮かんでくる。
 助けてもらった……そのことはよく覚えている。それが何度であったか、思い出したくもない程に。でも同時に抑えがたい反発がある。そう、それはまるで――――
「あのくそ親父と、同じか」
 サツバは独りごちた。
 わけわかんないことを勝手にやって、オレを混乱させて、でも本当に困った時には手をさしのべてくれる。ずるい。そうやってオレを手なずけていくんだ。
 サツバの顔に苦笑が浮かぶ。
 この数日……いや、彼らビート軍団が来てから自分の胸を覆っていたもやもやしていたものに、彼はようやく気がついたのだ。
 全部あいつのせい。
 彼は奥歯に力を込める。
 脳裏によぎるのはしわが深く刻まれた厳格な顔。鋭い、しかし優しさをたたえた眼差し。『長』という皮を地でかぶってるような人。でもその横顔は、ひどく悲しげで。
「おい、サツバ! どうかしたのか?」
 そこでサツバの変化に気がついた北斗が、ようやく駆け戻ってきた。心配そうな北斗に、サツバはいたって陽気な顔で答える。
「あ、いや、天気あんまりよくないなあと思って」
 その言葉につられて北斗は空を見上げた。灰色がかった薄い雲が上空を覆っている。強い風に押し流され、でもそれでも途切れない雲、雲。
「雨は降らなさそうだけど……確かに悪い天気ではあるなあ」
 北斗はそう言った。彼の長めの髪がさらさらと揺れる。その光景を何故か直視できずに、サツバは目を細めた。
 疑問に思うのは……オレだけなのかな。
 その言葉を飲み込んで、サツバは笑いかける。
「まあでも何とかなるか。次、勝とうな!」
 北斗は大きくうなずいた。

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