white minds

第十九章 意識‐9

 少し長めの空色の髪をなでつけて、イーストはつぶやいた。
「……失敗、か」
 彼のその青い瞳がすっと細くなる。
 灰色の塔の中には、以前にもまして重い空気が流れていた。その重さの所以は、もちろんイーストである。彼の放つ『気』がそうさせているのだ。
「イースト様……」
 側で控えている暗緑色の髪の男が、遠慮がちに声をかける。イーストはゆっくりと振り返った。彼は悲痛の色を目にたたえたまま、柔らかに微笑む。
「大丈夫だよ、フェウス。彼女の判断が速かった、ただそれだけのことだ。それに準備も足りなかったしな。仕方がないだろう」
 しかしその言葉とは裏腹に、彼は辛そうであった。
 自分のせいで犠牲を増やしてしまった。
 彼の顔はそう語っている。
「イースト様は、優しすぎます」
 フェウスはそのごつごつとした拳に力を込めた。誰も死なない戦いなど、あるはずがないのだ。その一つ一つを気に病んでいたら、戦いが終わる前に心が死んでしまう。
「優しくはない、卑怯なだけだ。そして馬鹿なだけだよ」
 イーストは笑った。
「守るための戦いで、その守るものを次々と失っていく。皮肉なものだな」
 彼のその小さな声は、無機質な灰色の壁に吸い込まれていった。



「反省しろとは言わない」
 第一声がそれであった。
 戦いが終わり怪我人の治療もとりあえず終わった。休憩も終わった。そして開かれた会議。この巨大な会議場を使うのは神を交えた事情説明の時以来である。あの重い話の記憶もあり、皆の表情には若干の影がある。
「だが気をつけてくれ」
 壁際の椅子に手をかけながらレーナはそう続けた。
 会議はほぼ全員参加。フライングからゲットのメンバーはもちろんのこと、ビート軍団五人もいる。他は一人幼いメユリが下の食堂で片づけをしているだけだ。
「油断するな。意識は全てに関わってくる。相手にはもう、イーストがいるんだ。あいつは考え無しに部下を送り込む奴じゃない」
 レーナの声は張りつめていた。そして、いつものように笑っていないというだけなのに、何とも言えぬ威圧感がありすさまじかった。神技隊は声を出すことすらできない。
「……まあ、言わずとももうわかっているとは思うがな」
 そこで彼女はようやく頬をゆるめた。かすかに浮かべた微笑み。たったそれだけのことなのに、空気ががらりと変わる。
「悪かった」
「お前が謝っても意味ないだろ? 滝」
 謝罪する滝に、レーナは苦笑した。彼が何かを言おうするのを制し、彼女は口を開く。
「責任感は大事だが、潰れるなよ? これだけはちゃめちゃな奴らが集まってるわけだし。というか別にお前が責任者とか決まってないしな」
 滝は言葉に詰まった。彼が視線を落とすと、白っぽいつやのある床が目に入ってくる。汚れ一つないが、それなのにどこか暖かみがある。
「潰れるのはわれだけで十分だ」
「お前の言ってることがいつにもましてわからないがとにかくやめてくれ。背後からオレが刺し殺される」
 レーナの言葉にすぐさま滝は切り返した。後方から突き刺さるアースの視線が、滝には痛い程感じられる。
「うん? まあいいが」
「感謝する」
 ほぼ棒読みの滝。彼は小さく息を吐きながら隣のレンカと目を合わせた。彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「まあ、またすぐ攻撃を仕掛けてくるってことはないだろうからな。少しは休んだ方がいい。見張りはわれがやるからお前たちは休め」
 レーナは滝の腕を軽く叩いた。そう、この時間は丁度滝たちを中心とする第一班が待機組なのである。滝は困惑した表情を浮かべる。
「気持ちは嬉しいがやっぱり刺し殺されそうだから遠慮しておく」
「遠慮するな。アースたちも連れて行くから」
「……」
 滝は何を言うべきか迷って再びレンカを見た。いつも通りの笑顔の彼女は、しかし彼を助けてはくれない。
 ……どうせならアースだけ連れてってくれ。それならきっとオレは刺されないから。
 戦いが実は終わっていなかったことを、彼は理解した。



 世界に色が戻ってきた。
 それまで暗闇としか言いようのなかった世界に、次第に光が差し込んでくる。
「――――っ」
 しかしまだ声は出ない。空気を切るような――いや、空気など実はないのだが、そんなような音が喉からもれるだけ。
 そう、震える喉が揺らすのは空間その物だ。
 暑いのに寒い。
 手に力を込めてみるとゆっくりとだが動いてくれた。まだ完全ではない。しかしもう少しだ。
 目覚めはもう少し。
 戦場へ、私は戻る。
 指先で自分の首筋をなぞると、そこが異様に熱くなった。自然と口角が上がる。
 触覚も戻ってきている。本当にあともう少しだ。
 眠りは終わり。私は戦場へ戻る。あの狂おしい戦場へ、また。
「わた……し……は――――」
 絞り出した声はひどく切なげで、しかし力にあふれていた。そこには強さがあった。
「目覚め……なければ……いけない」
 世界に色が戻ってきた。
 黒一色の世界に、再び光が灯りはじめた。
 目覚めはもうすぐだった。

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