white minds

第二十章 平凡な戦闘‐4

「人数こそ前回よりも大幅に多いが、やってることは変わらないな」
ため息をつきながら、滝は大きく頭を振った。今司令室にいるのは待機メンバーである滝たち第一班と、レーナだけである。他にも戦闘に参加した者はいたが、とりあえず今は出ていってもらっていた。いつもの椅子に深々と座ると、滝は天井を見上げる。
「ああ、前回と変わらない。おそらく目的もそう変わらないだろう。何かの……カモフラージュ、か」
 彼の背後で、レーナは腕を組みながらそううめいた。おそらくは何かを隠したいのだ。それがどこで行われている何なのか、予想もできないが。
「カモフラージュ、ね。そうなってくるといろんな可能性があって困るわよね」
 滝の右隣で、レンカがつぶやく。彼女は滝と目を合わせると、困ったような顔で笑みを浮かべた。彼は、そんな彼女の手にそっと触れる。
「まあ考えても仕方ないな。こちらが悩んで、神経をすり減らすのも奴らの狙いかもしれない。とりあえずわれが厳重に奴らの動きを監視しておくから、お前らはあまり気にするな」
 ふっと体の力を抜いてレーナが告げた。滝とレンカは驚いて彼女を見るが、しかし彼女は平然とした様子で微笑んでいる。
「ん? 何か問題か?」
「いや……監視って」
 滝は言葉を濁した。その様子を見て、レーナはぽんと手を叩く。
「ああ、われ、いつも奴らの気の動きを感知してるんだ。妙な動きがないか。あと妙な技の気配、空間の歪みがないか」
 ごく当たり前のように説明し、レーナは相変わらずの微笑を浮かべた。滝とレンカは顔を見合わせ、それから複雑そうに苦笑する。滝がその長い腕を組みながら、口を開いた。
「それってひょっとしてまさか、魔族全員とかだったりするのか? んでもってまさかとは思うが、四六時中だったりするのか?」
 彼の質問に一瞬レーナは目を丸くする。それから彼が言わんとしてることを察して、ぱたぱたと手を振った。
「全員ではない。魔族界まで行かれると、強い奴らしかわからないからな。それと、とりあえず意識が落ちない限りは感知してる。ずっとだ。って別にそのせいで死ぬ程疲れるとかそういうのはないから心配するな。もうかれこれ二億年近くやってることだし」
「桁がおかしいんだが……。いや、おかしいのはレベルか」
「うん、わかった。とにかくそのことでアースに責められることはないのね」
 滝は困惑した様子で、レンカは妙に納得した様子でレーナを見た。会話が聞こえていない周囲の者たちは、そんな彼らの様子を不思議そうにうかがっている。
 レーナが、小首を傾げた。
「最近よく思うんだが、われが喋るといっつもアースの名前が出てきてないか?」
「仕方ないじゃない、レーナ。アースあなたのこと熱愛してるんだもの。まさか、気づいてないわけじゃないでしょ?」
「う、いや、その……」
 レーナは心底困った顔で、視線をさまよわせた。ついに核心まで触れてしまったレンカを、滝は横目で見る。その強さというか何と言うかには、彼は脱帽だった。誰もが言いたくて、しかし面と向かっては聞けなかったことだ。
「できればあなたが彼の愛をすんなり受け入れてくれると、私たちとしてはものすごく平和になるんだけどね。まああなたにも色々あるみたいだけど」
 レンカの言葉は続く。レーナがこれほど困っているというのは珍しくて、気づくと滝は凝視していた。
 ……見た目は、普通。というかむしろか弱いんだよな。口調と不敵な笑顔、気配のせいでやたらと強く感じるけど。
 彼はあらためて思う。それは梅花にも言えることなのだが、レーナの方がその落差は大きかった。それはおそらくその戦闘能力を知ってしまっているせいだろう。
「お前らの平和のためか、うん、そうなんだよな……。でもわれ、大丈夫だろうか。まだ、壊れないだろうか。受け入れても、壊れないだろうか」
 レーナは口の中でそれらの言葉をつぶやいた。それはあまりに小さくて、すぐ側のレンカの耳でも聞き取れない程だった。小首を傾げながらレンカは眉根を寄せ、うつむくレーナの横顔を見る。
「……善処する」
 はっきりと音となったのは、その最後の言葉だけだった。



 灰色の壁に囲まれた部屋。そこにただ一つある窓から、一人の男が外を眺めていた。少し長めの空色の髪が微風に揺れている。
 彼から少し離れたところには、ワインレッドの髪を無造作に流した美しい女が立っていた。彼女は気怠そうな顔で殺風景な入り口を見つめている。しばらくすると、その金色の瞳は、暗闇の中から浮き出る何かを捉えた。
「おっはよう、そんでもってお邪魔しまーす」
 ふざけた口調で入ってきたのはやや背の低い男だった。長めの髪を頭の上で結んでおり、服装もどことなく奇怪である。彼は軽い足取りでレシガに近づくと、彼女の背後に回り抱きしめた。
「おっはよう、レシガ。僕目覚めの気分は最高なんだけど、君はどう?」
「現状をのぞけば最高よ、ブラスト」
 のぞき込むようにしてくる灰色の瞳を横目に、レシガは冷たく言い放つ。ブラストと呼ばれたその男は軽くため息をつくと、部屋の主であるイーストに視線を移した。
「だってよ、イースト。この部屋の空気悪いんじゃない?」
「淀んではいるね。風がないのだから仕方ない。それよりブラスト、そろそろ離してやらないと制裁が加わると思うが?」
 振り向いたイーストは楽しそうに微笑を浮かべ、ブラストとレシガとを交互に見る。その一瞬後には、思いっきり足を踏みつけられたブラストが、大げさに悲鳴を上げながら床を転がり始めた。
「茶番はそこまでにして、ブラスト。あなたが機嫌がいいのはよくわかったから」
 放っておいたらしばらく続けるだろうと判断し、レシガはそう言いながらブラストを見下ろした。その金色の瞳と目が合うと、彼はつまらなそうにゆっくりと起きあがる。彼のぐしゃぐしゃになった黒い髪がしっぽのように揺れた。
「だってせっかく外に出られたんだから、もうちょっと色々楽しみたいなあって」
「それは役目が終わってからにしてちょうだい」
「一生来ないんじゃない?」
 音が、止んだ。わかってて言ったのだろう、ブラストは意地悪そうな笑みを浮かべながらレシガを見つめている。細められた目からのぞく感情は、ひどくねじ曲がっていて簡単には読めない。
「ブラストがさぼっていたら、確かに来ないかもね」
 イーストが爽やかな笑みを浮かべながら二人に近づいてきた。彼の言葉で、重苦しくなった空気が一掃される。口の端を上げながらレシガは長い髪をかきあげた。
「そうね、ブラストが色々楽しんでいる間に、私たちは死に絶えてしまうわ。だからとりあえず今は我慢して。ところでイースト、戦力の方はどうなの?」
「大分集まってきてる、かな」
「そう。こちらも今のところは順調よ」
 レシガとイーストは微笑み合った。それは安堵の笑顔であり、それと同時に緊張を和らげる意図もある。
 その時は、近い。
「なになに、戦略家のお二人さんはまた何か企んでるわけ? 僕にも教えてよ。ほら、僕っていっつも実行担当じゃん?」
 ブラストはそんな二人の肩に手を置いた。そのいたずらっぽい表情は子どものようでいてどこか妖艶だ。レシガは彼の手をのけ、肩にかけてある大判の布を正す。
「もちろん。そのために、私たちはこんなところに集まったんじゃなくて?」
 ブラストを見据えて、レシガは同じく妖艶な微笑を浮かべた。

◆前のページ◆   目次   ◆次のページ◆

このページにしおりを挟む