white minds

第二十一章 ずれ始めた心‐11

 怪我人の治療が終わり、ひとまずの休息が訪れた。だが危機は乗り切ったものの、体は疲れきっているし精神の消費もかなり激しい。皆は疲弊した表情で廊下やら食堂やらに座り込んでいる。
「……青葉?」
 少しずつだがぼんやりと意識に光が差し、梅花はその名を口にした。青葉はその声にはっとし、腕の中の彼女を見る。だがまだ状況を確認しきれていないらしく、彼女は小首を傾げたまま辺りに目をやっていた。
「食堂。……わかるか?」
「うん」
 梅花はうなずいた。青葉は安堵して微笑み、その頭を優しくなでる。梅花は視線の定まらない状態で、それでも何とか彼を目だけで見上げた。青葉の微笑みは、今まで見たこともない程柔らかい。
「梅花、気がついたのか?」
「あ、滝にい」
 青葉の側に滝が歩み寄ってきた。彼は背もたれに手をかけると、梅花の顔をのぞき込むようにする。
「……滝先輩。はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
 梅花は微笑しながら体を起こそうとするが、しかし全身に激痛が走り眉根を寄せた。青葉はそれに気がつき心配そうに目を細める。
「みんな、ここに集まってたんだな」
「レーナ……」
 そこへ入り口からレーナが姿を現した。戦闘の後は治療に専念していたのだろう。疲れきっているらしく、顔色が悪い。
「レーナ、聞きたいことがあるんだけど」
「青葉……?」
 いつになく真顔で、そして張りつめた声の青葉。滝は驚いてその方を見た。だが青葉の視線はレーナだけを射抜いている。
「転生神、のことだろう?」
 レーナは、微笑んだ。いつも通り変わらない穏やかさに変わらない余裕。青葉はゆっくりとうなずき腕の中の梅花をちらりと視界に収める。わけがわからない滝はただ青葉とレーナを交互に見ていた。梅花も、首を傾げている。
「だがそれは、人を集めてきてからにしよう。これは、皆に関わってくることだから」
 レーナはそう告げて踵を返した。去り際に揺れる長い黒髪が皆の視界に残る。
 十分程で、動けるメンバーは顔を揃えた。いっこうに目覚めないレグルスに付き添っているサイゾウ、すいたちを除けばほぼ全員である。疲れ切った重々しい空気に、食堂は飲み込まれる。
「すまないな、急に呼び出して」
 カウンターの前に、レーナは立っていた。その側には気遣わしげに彼女を見るアースの姿がある。これから何が起こるのかわかってはいないが、しかし彼も、彼女が口にする話の重みは薄々感じ取っていた。
「率直に、言ってくれ」
 すぐ目の前の椅子に座ったまま、青葉が言う。アースの鋭い視線を受けても彼は動じなかった。レーナは微笑し、静かにうなずく。
「ああ、そうだな。いずれは言わなければならない話だ。五腹心が思っていたよりも早く目覚めてしまったから、予想外に告げるのが早くなったが。まあそれも仕方がない。転生神の話は、覚えているだろう?」
 レーナは皆の顔を見回した。各々がゆっくりとした動作で相槌を打つのを確認し、彼女はまた口を開く。
「転生神の到来を、神は望んでいる。だがそう、もう既に彼らは転生していたのだ。神たちが、気づかなかっただけで」
 何を言おうとしているのか、ほとんどの神技隊はわけがわからなかった。ざわめきが生まれ、疑問の表情が皆に浮かぶ。
「まさか転生神が人間として転生してくるなんて思ってもいなかったのだろうな。われとて、あの日までは思いもしなかった」
 過去に思いをはせるかのようなレーナの視線。だがそこからは何の感情も読みとれなかった。無論その言葉の意味もよくわからず、結局周囲は黙りこるしかない。
「あの日……?」
 しかしその状況で、梅花は一人首を傾げ声を上げた。今彼女は青葉の腕の中を離れ、彼に体を支えてもらっている。そんな彼女に微笑みかけながら、レーナは少し頭を傾けた。
「われが最初に地球に降り立った日だ。その時われは、運良く、転生神四人を見かけた。偶然としか言いようがなかった。地球での大戦も終わりに近づいていて、彼らも切羽詰まっていたのだろう。あのときの驚きは、忘れられない」
 レーナと梅花はただ見つめ合った。これから放たれる何かを予感してるのか、梅花は無意識に唇に力を込める。レーナの口が、そっと開かれた。
「転生神アユリは……われと同じ顔をしていたのだから」
 一瞬、全ての音が止んだ。
 彼女の言葉、その意味がすぐには理解できなくて、皆は一様にぼんやりとした顔をしていた。そんな中で青葉が目を細めて彼女を見やる。
「それが、梅花がアユリだっていう証拠なのか?」
「そう。そしてそれは実際現実だった。まさかあのブラストがアユリと会っていたなんて知らなかったが……五腹心が言うんだ、決定的だろう」
「似てただけっていうのはないのか?」
「瓜二つ。前にも言っただろ? 我々にとって外見は力の発現に重要な役割を果たす。別の視点から考えれば、これだけ似ている人間を、転生神が放っておくわけがない。それに……気が全く同じだ」
 青葉とレーナはにらみ合った。交わる視線は強く鋭く、それなのにどこか悲しい。その間に挟まれた梅花は、小首を傾げたままレーナを見上げた。
「宮殿にあったアユリの結界の気は、梅花の気と全く同じだった。あそこはあまりにも気が入り乱れていてわかりづらいがな。梅花……結界に精神が引きずり出される、そんなようなことは今までなかったか?」
「……え?」
「結界の場所に近づくと、自分の精神が引っ張り出されて苦しくなるとか、そういうのはなかったか? われはそれをずっと心配していたのだが」
 梅花は、大きく息を呑んだ。
『中央会議室、その側の結界に近づくと、原因不明の激痛に襲われることがあるんです。そう、まるで精神を引きずり出されるような……』
 いつだったかリューに述べた自分の言葉が、脳裏に浮かんでくる。梅花は一度瞼を落とした。青葉の腕が体に回され、彼女をしっかりと抱き寄せる。
「よく似た精神は引き寄せあう。同じ精神なら、なおのことだ」
 レーナの声は淡々としていた。事態をまだ完全には飲み込めていない周囲には、それはひどく冷たく映る。だがレーナはかまわず話を続けた。
「われが姿を見かけた転生神は、アユリ、シレン、ヤマト、リシヤの四人だ。アユリがわれとそっくりだったのは先ほども言った通りだが、だが似てたのは彼女だけじゃなかった。……シレンは、アースに似ていた」
 突然自分の名前が飛び出し、アースは驚いて彼女に目をやる。彼女は少し微笑して彼を見返すと、それから青葉の方に向き直った。その言葉を予想していた青葉は、何も言わずに彼女を見つめる。
「それで全てが決定的となった。アユリは、シレンを追ってやってきていた。ならばその生まれ変わりがほぼ同じ時期に現れるのは理にかなっている」
 そこまで告げるとようやく周囲も状況を飲み込んできたのだろう。レンカが声を上げた。
「それじゃあ梅花と青葉は……神だってこと? それも、伝説になるような」
 レーナはうなずいた。すると食堂が再びざわめきだす。レンカの端的な言葉に事態が体にすっと染み込んでいったのだろう。その動揺が静まるまで、レーナはしばし言葉を閉ざした。
「だが果たして転生したのはこの二人だけだったのか? それがわれの疑問だった。リシヤたちはほぼ同時期に姿を現した。ならば次もそうではないか? だからわれはここに、この星に戻ってきた。予想は、見事大当たりだ。われはここに来てもう二人の転生神を見つけてしまった」
 いたずらっぽくレーナは笑った。そのことは予想外だったのだろう、青葉も目を丸くして辺りに目を走らせる。
「それは、神技隊にいたんでしょう? 誰だったの?」
 レンカが問いかけた。彼女の拳には不思議と汗がにじみ、そして呼吸が深くなる。何か予感があったのだが、しかしそれは別段悪いものではなかった。ただひどく心の奥を揺さぶっていた。レーナの黒い瞳がゆっくりと細められる。
「転生神リシヤは……レンカと瓜二つだった。転生神ヤマトは……滝と似ていた。もう意味することは、わかるよな?」
 紡ぎ出される事実はひどく重く、どこか残酷だ。だがレンカは気丈にも微笑み、滝に目を向ける。
「だそうよ、滝。私はあなたと一緒で心強いんだけど」
「……一緒なのがお前でよかったと、今はっきり感じた」
 滝は苦笑していた。こういった種の驚きには、彼は慣れていた。ただの子どもから技使いへ、ただの技使いからヤマト一の技使いへ、そして若長、神技隊、どんどん飛躍していく自分の立場に、彼はもはや衝撃など感じていなかった。だから、何だかその延長にこの事実があるような気がしてならなかった。
「それで、じゃあそうだったら、一体何が起こるんだ?」
 ラフトが、やや声に怒りを含みながらそう問いかけた。レーナの瞳がまたすっと細くなる。
「転生神は、魔族にとっては最も恐るべき存在だ。彼らがその事実に気がつけば、全力で殺しにかかってくる」
 食堂内の温度が、一気に下がったように感じられた。誰もが言葉を失った。
「……つまり、私たちが五腹心のターゲットになるってわけね」
 そんな中、冷たい事実をレンカが口にする。
「そうだ。それにだ、転生神がこれだけとは限らないということも考慮しなければならない。前回発見された転生神は六人だが、それが全員だとも限らないしな。人間として転生も可能だとなれば、いるならばここにいる確率が高い。転生神が同時期に現れるならば、だが。つまりお前たち全員が転生神候補というわけだ」
 さらに動揺は広まった。
 先ほどまでは自分は範囲外だった者たちにも、急に火の粉が降りかかってきたのだ。ざわめきは、なかなか止まない。
「……何で、言わなかったんだよ。前の説明の時に」
 青葉はレーナをにらみつけた。知っていて黙っていた。その事実がどうしても重い。
「言って、それで受け入れられたか? 転生神という神がいます。そしてその一人が、お前だよ、なんて言われて」
「……」
「われとて、黙っているのは辛い。話すのも辛い。だがいずれは言わねば、身が危険にさらされるのだ」
 そう言うレーナの肩を、アースが叩く。そして彼はそっと彼女の頭をなでた。彼女は少し目を丸くして、でもすぐに霞のように微笑む。
「レーナ……無理しないでね」
 梅花は、彼女を見上げた。
「ああ、大丈夫。それはこっちの台詞だぞ? お前こそ、無理しすぎるな。急に力を使うと、それは体に大きな負担となる」
 梅花の言わんとすることを察して、レーナはぱたぱたと手を振る。
 転生神は誰一人死なせてはいけない。だから、ここにいる誰であろうと死なせるわけにはいかない。
 それがここにいる意味。ここに来た意味。
「辛い思いをさせてばかりで……ごめんな」
 誰にも聞き取れないような声で、レーナはそうささやいた。

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